義烈奮戦! 原子兵器強襲艦隊㉑

モンタナ州:フラットヘッド



 随分と早い夕暮れの迫る午前3時。フラットヘッド湖上空に、B-29の大編隊が出現した。

 言うまでもなく、サウスダコタはエルスワース基地を発った部隊である。対空砲火がまるで展開されぬ中、高度1万フィートほどを悠然と飛行するそれらが空中投下していくは、合計数百トンの高濃度催涙剤。現地に市民が取り残されている可能性から、クロロベンジリデンマロノニトリルという舌を噛みそうな名前のそれが使用することになったのだが、これほどの大量使用となると、非殺傷ガスといえど死傷者が続出してしまいそうであった。


 だが守るべき者達に多少の被害が出るとしても、黒鉛炉施設の早期奪還を期さねばならない。

 太平洋においても欧州においても連合国軍が大敗を喫した今、原子爆弾こそが合衆国の希望であり、ひいては自由と民主主義を守るために不可欠なものなのである。さもなくば世界はナチズムやショーグニズムの跋扈する地獄と化し、最悪の暗黒時代が地球全体を覆ってしまうだろう。まあ現実はといえば、英国やソ連邦といった主要同盟国が戦線離脱の動きをあからさまに見せていたりするのだが……ルメイ将軍がぶったかくの如き大演説によって、陸軍航空軍将兵の士気は天を衝かんばかりに高まり、自国内での化学制圧爆撃を敢然とやってのけたのである。


「であれば、次は俺達の番だ」


 精鋭中の精鋭たる第101空挺師団。そこで中隊を率いるニコルソン大尉は、全身に力を漲らせながら言った。

 "運命とのランデブー"という標語を掲げる彼等の花形は、もちろん落下傘降下に違いない。とはいえ今回は極寒の湖に落ちてしまう可能性があまりに高いため、C-46輸送機の強行着陸でもって南岸のポルソン飛行場を奪還、そこを拠点として黒鉛炉施設を目指す作戦となった。


 ならば駆け足で向かうというのか。そんな声も聞こえてきそうである。

 ニコルソンの視線の先には、上記のような批判に対する回答が勢揃いしていた。軽量偵察車の決定版たるジープに、ハーレーダビッドソンの単車である。降着する空挺隊員には必ずそのどちらかが割り当てられる計算で、この機械力をもって疾風怒濤の突撃を敢行、神聖なる本土を侵した日本軍を徹底的に撃滅する作戦であった。


「とにかく降りたらすぐ、スタンピードめいて爆走だ。いいな?」


 中隊長を務めるニコルソン大尉が、不敵な声色で念を押した。

 命知らずな者どもが異口同音に肯く。空挺隊員としての素養を十分に有し、しかも暇を見つけてはスピードレースやモトクロスの野良試合をやる愛すべき馬鹿どもだ。そうして磨いた技量を活かすまたとない機会が、間もなくやってくるのだ。


「不注意でつまらぬ事故を起こさぬよう安全に、敵を虚を突けるよう大胆に、黒鉛炉の破壊を食い止められるよう迅速に。この全部を同時に、また確実にやってみせろ。あとついでに、先程あった懸念についてだが……」


 モンタナが地元だというオルコット上等兵を一瞥し、


「プリンストン大学の出で実際そっちに関わっていたロートン中尉によると、プルトニウムは特殊なやり方で爆発させない限り、原子爆弾にはならないとのことだ。つまり黒鉛炉を鉄砲で撃ったらプルトニウムが誘爆するといったようなことは、まったく科学的に正しくない。多少、炉が傷ついても問題ないから、皆安心して戦え」


「了解ッ!」


 元気のいい返答がなされ、ニコルソンは満足する。

 直後、機体は緩やかな右旋回を開始。続けて降下が始まった。計画ではポルソン飛行場の南東、ロウロ国有林の辺りから一気に高度を落とすことになっていて、実際それが始まったのだ。


「間もなく着陸」


 冷静なる機長の声が貨物室に響き、誰もがゴクリと固唾を呑む。

 残留する催涙剤に備えて防毒マスクを装着し、それから天に祈った。滑走路に降り立たんとする時が一番脆弱なのは言うまでもなく、しかも生きるか死ぬかが完全に他人任せになるから、神に縋る他ないのだ。


 ともかくも機体は減速していき……遂にズシンと、大地を捉える衝撃が伝わってきた。

 その間、銃弾は1発として飛んできておらず、嬉しいことに幸運は長続きした。催涙剤がそれほどまでに有効であったのか、あるいは先に降りた部隊との交戦に敵が忙殺されているのか、理由は未だ分からない。それでもC-46は程なくして完全に停止し、胴体中央やや後方の貨物扉が持ち上がった。


「さあ野郎ども、いよいよ男を見せる時間だ」


 神の恩寵に心よりの感謝を捧げた後、ニコルソンは真っ先に機外へと飛び降りた。

 どんな"運命とのランデブー"が待っているのかは、実のところまだ分からない。だが忌まわしき黄色人種の軍勢を完膚なきまでにぶちのめし、黒鉛炉の破壊を阻止した見事ヒーローになってやろう。赫々たる戦意を胸に、彼は単車に跨り、キックレバーを力強く蹴り飛ばす。


 そうしてエンジンをバリバリ吹かせ、部下を引き連れて目的地へと急行する。

 途中、ニコルソンは違和感を覚えた。怪しからぬと思えるほどの白煙が、黒鉛炉施設から濛々と立ち上っていたのだ。とはいえ原子炉物理が専門ではない人間には、その意味するところはよく分からない。





「そ、そう来たかァ」


 双眼鏡を覗き込んだ日高大尉は、米軍の機械化空挺作戦の手際に舌を巻く。

 友軍は黒鉛炉の中に"ダイナマイト"を仕込んだ後、捕縛していた工場労働者を解放し、それに乗じて撤収を開始していた。そのためばら撒かれた有毒気体の被害はあまり大きくはないはずである。しかし自国領内で化学兵器を使用したところに輸送機を強行着陸させ、更には防毒マスク装備の単車部隊を雪崩れ込ませてくるとは、長らく潜伏活動を続けてきた彼にも予想外だった。


 だが敵ながら天晴と感心している場合では、まったくと言っていいくらいない。

 ポンプ施設が未だに爆発していないのだ。米兵が辿り着き、仕掛けに気付きでもしたら、爆薬も時限爆破装置も取り外されてしまうだろう。そうなったら烈号作戦は取り返しのつかぬ失敗で、腹を切っても済まなくなる。とすれば独断で砲撃を命じるべきか。日高は驚異的な運転技量で迫る米兵達を睨みながら、どうするべきか逡巡する。ついでに言うなら、こちらから本部に問い合わせたり催促したりは厳禁だ。


「ううむ、やはりこうなれば自分の責任で……」


「大尉、信号弾ですッ!」


 待ちに待った報告が、ぎりぎりのところ齎された。

 部下が指さす方向に目を向けると、確かに3発の赤信号弾が炸裂したようだった。


「目標、黒鉛炉ポンプ施設。撃ち方始め」


 日高は水を得た魚の如く命じ、すぐさま偽装網が掃われた。

 そうして露わとなった米国製の高射砲が、破砕すべき目標を照準し始め……かつては戦艦『長門』の高角砲分隊にいたという西田軍曹が、自信に満ち満ちた音吐で用意よしと告げた。


「よし、撃てッ」


 号令と同時に発砲。秒速800メートル超の90㎜砲弾が、甲高く心地よい砲音とともに放たれる。

 二式大艇が着水した直後に数発撃った後は、とかく隠蔽に努めていたためか、初弾命中とはならなかった。それでも相手は動かぬ地上施設。適切な修正がただちになされ、1発もう1発と射撃し、遂に目標を捉えた。


 それから先は、まったくもって面白かった。

 友軍が仕掛けていた爆薬が次々と誘爆し、ポンプ施設はあっという間に猛煙に包まれていく。冷却水を得られなくなった黒鉛炉は、間もなく制御不能となるだろう。皇国を滅亡させんとする米国の最終兵器工場が、因果応報的に大爆発する様をウットリと脳裏に描きつつ、日高は少しばかりの戦果拡張を決断した。


「よし……目標、ポルソン飛行場。あの忌々しい輸送機に、最後っ屁をくれてやろう」





「ああッ、こりゃ拙い! どれくらい拙いかというと、マジ拙いッ!」


 現着してサイドカーから降りるなり、サイモン博士は言語能力を崩壊させた。

 原子物理学と冶金工学に精通していた彼は、デュポン社の事業マネージャーとして、フラットヘッド黒鉛炉の建設および運用に携わってきた。そうした経歴の持ち主であったが故、何が原因で異常な量の白煙が立ち上っていたかも、先の砲撃でポンプ施設が吹き飛んだことが如何なる結果を齎すかも、ついでに言うならどうして日本の兵隊が何処にも見当たらないかも、すぐさま想像することができたのだ。


「拙い、拙過ぎる。このままでは炉が暴走、ドカンと爆発してしまう」


「博士、原子爆弾にはならぬのではなかったのですか?」


 空挺部隊の指揮官たる何とかいう中佐が、この期に及んで愚かにも、批難の言葉を浴びせてきた。

 サイモンはそれに憤りを覚えた後、何割かは自分の責任かもしれぬと理解した。核分裂物質の挙動や特性は、扱い慣れた爆薬や燃料とは完全に別物で――例えば減速した中性子の方が核分裂を起こし易いなど、その道に精通していなければ直感的に理解し難いことが非常に多くある。そのため説明を省略してしまいがちであり、つまるところこの人物は端折ったそれだけを信じていたのだ。


「ええ、原子爆弾にはなりませんよ」


 超現実主義絵画の如き顔をしながら、機関銃の如き早口で回答していく。


「黒鉛炉が誘爆するとか、半径数キロが吹き飛ぶとかは絶対にない。それでも炉を最大出力で運転したところで、冷却能力を喪失でもしたら……熔けたウランがアルミ容器を破って漏洩、それによって大量の黒鉛が発火したり水蒸気爆発が起こったりと、とにかくとんでもなく大変なことになってしまうのですよ。これは仮定の話ではなく、紛れもない現実です。あの凄まじい量の白煙は炉を最大出力で運転しているが故に生じる湯気で、さっき冷却水汲み上げ用のポンプは爆発四散した」


「博士、何故そんな重要なことを説明しなかった!」


「何度しても分からんの一点張りだったでしょうが! もう少し勉強したらどうなんだ、このスカタンが!」


 あまりの無礼に、サイモンは咄嗟に啖呵を切ってしまった。

 しかし彼は直後にそれを恥じ、事態の収拾を最優先に動く。この状況での言い争いは時間の無駄で、敵の思う壺に他ならない。


「ただともかくも中佐、重要なのはジャップ野郎の中にこの辺の特性をよく理解している奴がいて、そいつが最悪な方法で黒鉛炉をぶち壊しにきたということです。悔しいでしょう、悔しかったら決死隊員を募ってきていただきたい。恐らくこの黒鉛炉は制御棒がすべて引き抜かれ、意図的に挿入不能にされておりますから……それらを取っ払って制御棒を再挿入できるよう、自分が直しに向かいます。上手くいけば被害は局限できるかもしれない、そのための人員をくれと言っています」


「し、承知した」


 名前の出てこない中佐は、その要望を迅速に容れてはくれた。

 大変な事態になりつつあることと、絶対にその進行を防がねばならぬことだけは、科学的でない脳味噌でも理解できたのだろう。今はそれだけでも感謝すべきで、いとも容易く自己犠牲的発言をしてしまったサイモンは、ここからどう巻き返すかを模索する。黒鉛炉の建屋内は既に致死量の放射線で溢れ返っているだろうが、それでも制御棒の再挿入をする必要があり……あとどれほどの時間が残されているかを、大急ぎで概算した。


「推定される炉心出力と冷却系の能力からして、概ねあと30分ほどは……」


 懸命の努力はそこで、悍ましき爆発音によって中断された。

 見れば建屋の一角が吹き飛んでいた。しかも黒鉛ブロックと天然ウランで構成されているはずの炉心が、ものの見事に露出した状態で爆発的に炎上してしまっていた。


「ああッ、神様ッ!」


 サイモンはその場に崩れ落ち、既に手遅れだと直感した。

 彼の計算が間違ってしまった理由については、もはや言うまでもないだろう。黒鉛炉の上部に装荷されていたプルトニウム入り燃料が、時限式装置によって制御棒が引き抜かれると同時に急激な核分裂反応を起こし……冷却材が喪われて間もなく、周囲の天然ウラン燃料を盛大に巻き込んで熔解したためだ。つまるところ原子爆弾の原材料として抽出されたものを、再び黒鉛ブロックの中に突っ込むという荒業は、流石の彼であってもすぐに思い至れるものではなかったのだ。


 そして当然ながら事態は、絶望的な方向へ全速力で驀進していく。

 決死の覚悟を決めたアメリカ人達を嘲笑うかのように、黒鉛炉の大火災は勢いを増し、時折あちこちで爆発が発生する。被害局限のためすぐ打てる手といったら、ポルソン飛行場に降り立ったC-46に砂や鉛を搭載し、炉心へと落として鎮火することくらいと思われ――実を言うとそちらすらも、高射砲弾が突然飛んできた関係で混乱していたから、一切と断じられるくらい救いがない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る