義烈奮戦! 原子兵器強襲艦隊⑳

モンタナ州:フラットヘッド



 率直に言って、米軍の初動対応は遅れに遅れた。

 乾坤一擲の烈号作戦が、それだけ奇襲的であったということである。厳重な警戒態勢を敷いていたはずの英連邦軍が、何時の間にかただのカカシになっていたとは普通思わぬし、万が一上陸されるとしても西海岸の何処かだろうという思い込みもあった。まあ中継地となったクイーン・シャーロット島はどうなのかと思うかもしれないが、こちらは占領されたと判明したのが、モンタナ州に日本軍が空挺降下したという報告があった後という始末である。


 加えて流言飛語の類が、異常な速度で拡散したことも見逃せない。

 あまりの事態に仰天したフラットヘッド湖近隣の住民達は当然ながら、電話であちこちに緊急事態を知らせまくった。結果、シアトルからヒューストンに至る広大な地域において、


「親方、空からジャップクロースが!」


「インディアンが日本に寝返ったらしい」


「工作員がフッ素を水道に入れているッ!」


 などと支離滅裂な風説が飛び交い、心臓の弱い人間がポックリ逝ったりした。

 しかも幾つかの地域において、大規模な騒乱が同時多発的に発生。例によって有色人種がスパイの汚名を着せられ、奇妙な果実が近年稀に見る大豊作になるなど、とにかく無軌道極まりない事態に発展し……事実関係の確認と混乱の収拾に、大変な手間がかかってしまったのだ。


 もっとも降着から2日が経過した今、空は翼に星を描いた猛禽の絶対的支配下にあった。

 米本土には元々、何千何万という軍用航空機が配備されていた訳だから、至極当然の結果ではあろう。ともかくも間を置くことなく、四方八方からP-51やらP-47やらが殴り込んできて、熾烈かつ執拗な機銃掃射やロケット弾攻撃を仕掛けてくる。うっかり黒鉛炉施設を破壊してしまう危険があるからか、大型の爆弾は用いられておらぬようだし、逃げ惑う米市民を誤爆していった例も相当にあるようだが……第1挺身連隊の損害もウナギ上りであった。


「だからこそ、軽挙妄動は慎まねば」


 特別陸戦隊の日高大尉は、そう言って逸る気分を抑制する。

 彼の背には擬装網を被せた米国製高射砲。二式大艇が湖面に着水する直前、敵陣を奇襲して分捕った代物で、それでもって一矢報いてやりたいという気分は、当然この場の全員が持ち合わせていた。


 だが所詮は蟷螂の斧。高射装置に繋がってもいない砲で射撃したところで、返り討ちに遭うばかりである。

 であれば今はひたすらに耐え忍ぶべきだった。いずれ敵は地上部隊を動員し、フラットヘッドの奪還に向けて動くだろうから、その時に弾が尽きるまで撃ちまくればよいのだ。懸念があるとすれば、黒鉛炉の破壊工作が完了せぬうちに米陸軍が現れ、すべてが水泡に帰してしまうことで……少しばかり気を揉んでいたところ、空襲の合間を縫って伝令兵2名が駆け込んできた。


「本部より伝令ッ! 信号弾赤3発を確認し次第、黒鉛炉ポンプ施設を射撃、これを破壊せよとのことです」


「おおッ、分かった。伝令ご苦労」


 日高は現地風の大袈裟な態度で伝令兵達を労い、菓子でも振る舞ってやるよう部下に命じた。

 それからポンプ施設に爆薬が取り付けられていく様子を、双眼鏡で覗いていたのを思い出す。恐らくは本命の時限爆破装置もあって、高射砲での射撃はそれが故障した場合への備えと思われたが、ともかくも黒鉛炉破壊の準備は間もなく整うようだ。


(それに……)


 第1挺身連隊はここで心中する心算はないようで、それが少しばかり嬉しかった。

 米国で何年も隠密活動を続けているうちに、惰弱な価値観に染まった気がしないでもない。しかし烈号作戦部隊は実際、黒鉛炉を破壊した後に北上し、カナダ領内に潜伏する計画となっている。無論、それがどれほど現実的かは分からぬが……数人であっても生き残び語り継ぐ者がいたならば、十二分に価値があるだろうと思われた。





サウスダコタ州:エルスワース飛行場



「おい、もたもたするな。早くしないと原爆工場が吹っ飛んでしまうぞ!」


「神聖なる米本土に踏み込んだ言語道断の糞野郎どもを、1匹残らず燻してやるのだ」


 陸軍航空軍のルメイ少将は、とにかくB-29の出撃を急がせる。

 包囲下のパリを爆撃した件で自由フランス軍の将校に刺され、危うく死にかけたこの人物は、療養も兼ねて米国内に戻ってきていた。そこでの仕事は新戦術部隊の指揮で、研究課題の1つに化学制圧爆撃があった。つまるところ大型爆撃機に搭載された大量の化学兵器でもって戦線に穴を穿ち、地上部隊の突破を支援するという内容であり……彼は着任早々、「何故これを欧州でやらなかったのか」と、己が至らなさを大層悔んだ。


 とはいえ先立たなかったそれを試す機会は、思ったより早く訪れた。

 モンタナ州に日本軍が空挺降下したと聞いて恐慌状態に陥ったアーノルド元帥が、何でもいいからどうにかしろと、電話口で猛烈に捲し立ててきた。そこで賢明なるルメイは、施設に被害を出さずにやる方法があると即座に返答。無茶な空輸を最大限効率的に実施したにもかかわらず、失敗の責を問われて欧州戦線から追い出された輸送軍団のタナー大佐を巻き込み、化学制圧爆撃と空挺降下を組み合わせた一大作戦を、急ぎまとめ上げたのである。

 ただ最大の問題は、化学爆弾の換装で時間を浪費してしまったことだ。基地に在庫のあったマスタードガスを搭載し終えたところで、代行大統領の横槍が入り、非殺傷性のそれに積み替えねばならなくなったのだ。


「糞ッ、航空戦の世界では、時は金どころでないのだぞ」


 ルメイは鬼の形相で歯軋りする。


「時は兵器、時は原子爆弾だ」


「少将、特別空輸部隊は出撃準備完了とのことです」


 副官が畏まりながら報告し、


「またタナー大佐より、空挺降下を先行させてはとの意見具申がございました」


「駄目だ、それでは奇襲が成立せん」


 即座に却下。この点ではまだあいつも輸送屋だと思った。

 だが同時に、やはり時は兵器だと改めて実感された。それに奇襲性が最重要であるならば、投下する化学爆弾の数はそこまで重要ではないとも考えられる。もちろんその思考から、予定の半数が準備を終えた時点で出撃させる心算であったが……これを更に切り詰めるべきかもしれぬ。


「おい、あと30分で何割くらいが飛べるようになる?」


「予定の2割ほどかと思われます」


「よし、ならばそれらを先行して飛び立たせろ。あとの機は準備ができ次第出撃、エンジンを目一杯吹かして追い付かせればいい。ここは欧州でも太平洋でもない、ガス欠になっても降りられる場所は幾らでもある」


 ルメイは決断し、タナーにはもう少しだけ待つようにと伝えさせた。

 それでも脳裏を過るのは、マスタードガスを搭載させたままB-29を出撃させられなかったかという後悔だった。もちろん換装命令が出たのは、市民が攻撃に巻き込まれる可能性がまったく無視されていたためではあるが……筋金入りの爆撃屋なる彼に言わせるならば、それは悠長極まりない愚劣な思考でしかない。


 そして結果論的にどちらが正しかったか知るアメリカ人は、当然この時点では1人もいなかった。

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