義烈奮戦! 原子兵器強襲艦隊⑲

モンタナ州:フラットヘッド



 付近にほとんど守備隊が配置されていなかったこともあり、黒鉛炉施設群は迅速に制圧することができた。

 更には中継点となったクイーンシャーロット諸島より、後続の五式輸送機43機が到来。かくして増強された挺身連隊は、フラットヘッド湖周辺の飛行場を含む要地を確保した。その途上、恐慌状態になった"民兵"との間で銃撃戦が多々発生するといったこともあったが……ともかくも容易に駆逐されざる態勢を整えたのである。


 加えて原子爆弾の原料たるプルトニウムについても、概ね回収することができた。

 天佑神助と言うべきか、何故か道端で追突事故を起こしていたトラックの荷台に、15キロほどのそれが積まれていたのだ。どうやらロスアラモスへと搬出される間際であったようで、死ぬほど背筋の凍る展開ではあったものの、とにかく懸案は解消された。それから黒鉛炉に隣接する化学処理施設内にも、抽出されて間もないプルトニウムが相当量保管されていたり、黒塗りのリンカーンの運転席でくたばっていた高級技術者の鞄から運転手順書が発見されたりと、烈号作戦は今のところ大成功といった雰囲気だった。


「そして、残るはこいつだ」


 眼前の直方体を凝視しながら、新進気鋭の古渡博士は知恵を巡らせていた。

 一辺が10メートルほどもある、巨大な黒鉛ブロックの集合体。これこそが米国の原子爆弾生産の要である。自分達が九大の敷地内に拵えたそれと比べると、規模の差は歴然と実感せざるを得ず、何としてでも使用不能にしたいところだった。


「この構造物を如何に破壊していくか。壊滅的に、不可逆的に……」


「ふゥむ、爆薬を仕掛けるだけでは駄目なのですかな?」


 第1挺身集団の指揮官たる塚田少将が、首を傾げながら尋ねる。


「木っ端微塵に粉砕してしまえば、そう易々と復元できぬと思いますぞ」


「少将殿、黒鉛炉は原理的にはそこまで難しいものではありません。それ故、可能な限り施設に致命的打撃を与え、復旧意欲を阻喪させねばならぬと考えております。できれば黒鉛炉という技術体系自体に、重大な不安を惹起するほどのものとしたいのです」


 古渡はそう言って決意を新たにし、改めて正面を見据えた。

 一面に数千もの金属管が、ウニのように突き刺さっている。黒鉛ブロックの端から端までを貫く燃料管の入口で、大型エレベータに乗った作業員が、それぞれに燃料たる天然ウラニウムを納めたアルミ容器を次々と挿入していくのだ。そうして適切に燃料を配置した上で、制御棒を引き抜いていくと、炉は臨界状態に到達する。すなわちウラニウム235原子の核分裂反応によって生じた高速中性子が、黒鉛を構成する炭素原子との衝突によって熱領域にまで減速し、別のウラニウム235原子に吸収されて更なる核分裂反応を引き起こすという連鎖が、炉内で持続するという寸法だ。


 なおこの過程において、天然ウラニウムの大部分を占める上に燃料にならぬウラニウム238が、中性子を吸収することがある。

 実のところ黒鉛炉においては、この反応が一番重要なのだった。原子量が1増えてウラニウム239となったそれは、2度のベータ崩壊を経てプルトニウム239へと変わっていく。そのため炉内に数週間から数か月ほど装荷された後、燃料管の出口からポロポロと排出されるアルミ容器には、一定量のプルトニウム239が含まれており――これらが十分に冷却した後に化学的手法によって分離抽出され、原子爆弾の原材料となるのだ。

 付け加えるならば、そこにはプルトニウム239が更に中性子を吸収することで生成されるプルトニウム240も微量ながら混ざっていて、原子爆弾においてはこれが深刻な問題を引き起こす。そのため炉全体の核分裂反応を抑制し、厄介な放射性同位体の生成割合を低減すべしと、運転手順書には記されていた。


(であれば……)


 核分裂反応を最大限加速させ、ついでに水冷系統を破壊すれば、炉の構造を破壊することもできるかもしれない。

 だが果たしてそれで、致命的と言えるだけの打撃を与えられるだろうか。古渡は鉛筆を凄まじい速度で走らせ、己が思考内容をノートに記述しまくりながら、独り検討を続けていった。


「ところで博士」


 塚田が唐突に尋ねてきて、


「まったくの素人考えで恐縮ですが、核分裂でプルトニウムが生成されるのでならば、燃料を交換することなく炉を運転し続ければ、プルトニウムの溜まり過ぎでドカンと大爆発したりはせんですかな?」


「その理論は、自分も以前考えてみたことはあります」


 古渡は楽しげに苦笑い。

 発生する中性子を効率的に利用すれば、炉内での核分裂反応を持続させながら、消費した分より多くの燃料を生産できるのではないか。原子炉に携わる科学者であれば、一度は抱くであろう半永久機関的な夢想であり……実際かなり後になってからではあるが、高速増殖炉という形で、それは実現することになる。


「ですが今のところは、それは現実的ではありません」


「むむッ、どうしてですかな?」


「ご説明いたします。まず1回の核分裂反応によって生じる中性子は、核分裂反応を引き起こす中性子が十分に減速して熱領域にある場合、ウラニウム235で平均2.4個で、プルトニウム239の場合はこれよりちょっと多い2.9個程度です。これらのうち1個は臨界状態を維持する、つまり次の核分裂反応を引き起こすために確実に必要であり、また中性子を吸収したウラニウム235やプルトニウム239がすべて核分裂を起こす訳でありませんから、実際には1.2から1.3個ほど必要と考えねばなりません」


 古渡はノートを開き、核分裂の連鎖過程を図示したページを見せる。


「であれば残りの中性子で、1個のウラニウム238をプルトニウム239に転換できれば、理論上は炉を半永久的に運転させることが可能です。これが1個よりも大きければ、仰られた通り、プルトニウム239が徐々に増殖していきます。しかし九大の炉でやってみた限りですが、その値は概ね0.6個から0.7個といった状況で……この炉はその点でも多少効率は良いようですが、手順書の記述を見ますと、それでもやはり1個未満であることは変わらぬようです」


「なるほど。なかなか簡単にはいきませんか」


 塚田は残念そうに嘆息し、


「しかし原子物理というのは興味深い。若い頃、物理など糞食らえと投げ出さにゃよかったかな」


「えッ……」


 その時、古渡に電流が走った。唐突に何かが閃いたような気がしたのだ。

 しかも間違いなく、それは眼前の黒鉛炉を徹底的に破壊する上で必要なものだと直感された。彼は己が脳味噌を鞭打ち、先程までのやり取りを反芻し……数秒ほどの後、遂にすべてが一本の線に繋がった。瓢箪から駒というか、肥溜めから大判小判がざっくざくといった展開であった。


「少将殿、大変に良い案が浮かびました。この糞食らえな黒鉛炉に、まさに糞を食らわせればいいのです」


「ど、どういうことですかな?」


「黒鉛炉を1個体の原始生物に見立てれば、あの大量の燃料管は消化器に喩えられます」


 思い切り怪訝な顔をする塚田に対し、古渡は圧倒的気迫でもって説明を開始する。


「つまり天然ウラニウムを食い、体内でそれを消化した後、プルトニウム239の混ざった糞を肛門からひり出すということです。であれば原子爆弾に用いられているのは、糞を濃縮したものと言い換えることができ……この高濃縮糞を逆に口へと放り込んでやったならば、核分裂物質の割合が通常の100倍超の燃料が突っ込まれる訳ですから、黒鉛炉はたちまち食中毒を起こして暴走、爆発炎上すること間違いありません。ついでに崩壊した炉心が強烈な放射線を放つ危険物になり、大量の放射性物質が一帯に撒き散らされる訳ですから、付近に誰も近付かぬようになるかもしれません」


「おおッ、よく分からないが突破口が開けたか」


 塚田もまた相好を崩し、


「しかし肝心のプルトニウムはどれほど必要だ? 困難であるようなら、この湖に投棄してしまう予定ではあるが……可能であれば内地へと持ち帰り、爾後の原子兵器開発に役立てたい」


「その意味では問題ありません。概算ですが最大でも数キロ程度かと」


「よし分かった、やってくれ」


「了解いたしました、少将殿。早速、細かい計算に取り掛かります」


 この上ない自信を言葉と態度に滲ませ、双眸をチェレンコフ発光めいて輝かせ、古渡は力強く肯いた。

 それから計算尺を片手に、一気呵成に数式を殴り書きしていく。燃料管に高濃度のプルトニウム239を直接突っ込んだら、途端に反応が加速してしまうかもしれないから、制御棒を使って中性子の進行を阻害した上で挿入し、その上で一気に制御棒を引き抜くといった操作も必要かもしれない。空挺が運んできた折角の爆薬は、核分裂を加速させた後に水冷系統を破壊するために用いるべきだろう。またプルトニウム239を天然ウラニウムと1対10くらいの割合で混ぜたものを作り、それらを多数のアルミ容器に小分けにしてあちこちに装荷していくことで、炉全体を満遍なく暴走させるのもよさそうだった。


「とにかく、可能な限り破局的な爆発を起こす。それが日本を救う道だ」


 古渡は水を得た核分裂物質のように意気込みを燃やし、己が任務に集中する。

 かくして事態は、人為的な過酷原子炉事故に向かって突き進んでいく。後の世に生まれた人間であればあるいは、躊躇の一切ない彼の姿勢に多少の疑問を抱いたかもしれないが……時は原子爆弾や神経化学兵器が飛び交う、末法めいた世界大戦の終末期。生温い思考を介在させる余裕など、露ほどもありはしなかったのである。

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