義烈奮戦! 原子兵器強襲艦隊⑰

モンタナ州:フラットヘッド



「ええッ、ムロメッツ号が盗まれたってんですかい?」


「ああ。サンタクロースの代わりに泥棒が入りやがったんだ、畜生ッ!」


 怒りに満ち溢れた何でも屋のハバロフは、ガレージの外壁を思い切り殴打した。

 がらんとしたそこに本来、小型の動力橇が格納されているはずだった。レニングラードの戦いで活躍したというアエロサンを参考に、農業用複葉機の廃品を搔き集めて自作した自慢の一品で、特に冬場はそれなしでの稼業などもはや考えられなかった。


 だがクリスマスの夜が明けたと思ったら、大事な商売道具が盗まれていたのだ。

 なお犯人については、心当たりがありまくった。1年ほど前から住み込みで働いていた従業員が、忽然と姿を消していたからである。流れ者のイワンを名乗っていたそいつは、ロシヤ語を話す割に酒は呑まなかったが、仕事ぶりは大変よかった。そのため色々と世話をしてやっていたのだが……状況から察するに、すべては人を欺くための演技だったに違いない。


「とにかくあの糞野郎を一刻も早く見つけ、ムロメッツ号を取り戻さにゃならねえ。だからお前等、休み明けのところ悪いが、捜索に協力してくれねえか」


「舐めたコソ泥が出たんだ、そんな奴は沈めて魚の餌にしちまうのが俺等の流儀だろ」


 スラブ系仲間の1人が猟銃を片手に言い、それから不可解そうな顔をした。


「ただちょいと気になるのは……店の金が無事だったってところだ。話を総合するに、イワンのゴミ屑にはそれができた。しかしそれをやってないってことはだ、奴はスパイだったんだよ」


「おいイーゴリ」


 ハバロフは忌々しげに眉を顰め、


「こんな時にまた陰謀論か? いい加減にしやがれ」


「戦争中なんだぞ。実際、ホワイトハウスにガスが撒かれたのもスパイのせいだ。それにここフラットヘッドにゃ奇妙な工場が建設され、今もモクモク煙を上げてやがる。とすればムロメッツ号だけ盗んだのも、あれに爆薬を載せて工場に突っ込ませる心算だと考えれば……」


「どうでもいいけどよ、さっきから妙な音がしねえ?」


 また別の仲間が割って入り、不愉快そうな声が幾つか上がる。

 とはいえ耳を澄ませてみれば、航空エンジンの多重奏らしき音響が、確かに北方から響いてきていた。しかも次第に喧しくなっていくそれらは、まったく聞き慣れたものではなかった。


 そしてロッキー山脈の合間から朝日が昇り、一帯が明るんだその直後、驚くべきものが目撃された。

 群れをなしたる大型飛行艇が、フラットヘッド湖に降り立たんとしていたのだ。美しい機体だとは思えた。だが胴体にはっきりと描かれていたのは、禍々しく赤い円であり……ハバロフは思わず顔が引き攣らせ、恐怖のあまり絶叫した。


「糞ッ、泥棒の次はジャップかよ! サンタクロースの野郎、枢軸に加担しやがったのか!」





 現地時刻午前8時。前代未聞の米本土強襲作戦は、遂に敢行された。

 ロッキー山脈の合間を縫うようにモンタナ州へと侵入した、合計17機の二式大艇。諸々の陽動攻撃と英連邦軍の意図的罷業の甲斐あって、まるで迎撃を受けなかったそれらは、たちまち一糸乱れぬ単縦陣を組み直した。そうして高度を下げながらフラットヘッド上空へと到達し、旭光に煌めく湖面に飛沫を上げながら着水していく。熟練の操縦士を選抜しただけあって、ここでの被害は1機が破損したのみに留まった。


 かくして舞い降りた大艇は、予定通り湖中島のバード島近傍へと移動し、挺身第1連隊の将兵を降ろしていく。

 都合20時間近い飛行のため、彼等も相当に消耗しているはずだが、疲労の色は微塵も見られない。まさに踏み締めた敵国領土の感触に、誰も彼もが意気軒高といった様子で、現代の兵糧丸たる強壮チョコレートなど頬張りながら、寒々とした針葉樹の下で急ぎ身支度を整えていく。制圧するべき黒鉛炉施設群のあるフィンリー岬までは、凍結した湖面を踏破する必要があるから、まずかんじきを履くなど準備をせねばならぬのだ。

 だがそのうちの幾許かは徒となった。白色人種らしき人影が唐突に現れ、すわ敵国民と誰もが身構えたが……正体は浅野部隊より派遣されたノビコフ軍曹で、しかも動力橇と氷の状態を記した地図を用意して待っていたのである。


「おおッ、何と素晴らしい」


「まさに渡りに船ではないか」


 将兵がたちまち色めき立った。

 動力橇はさほど大きくはなく、しかも盗品であるらしいが……運転手以外に5人は乗れたし、更にスキーを履いた兵隊を4人ばかし牽引できそうだ。ならばそれでピストン輸送である。


 そして栄誉ある先鋒を任された第1中隊の松谷大尉は、部下が配置についたのを確認した後、合図を送った。

 寡黙なノビコフはエンジンを始動させ、ゆっくりと動力橇を運転し始める。過積載状態での氷上走行であるから、何より慎重さが求められ、しかしそれでも人間の駆け足ほどの速度で進んでいった。


「目標は精錬工場、特に保管所だ」


 松谷は念を押すように指示する。

 巨大な黒鉛炉本体は動かせない。しかしそこから抽出される核分裂物質は多くとも数十キロ、当然ながら容易に運搬が可能である。しかもそれで何発もの原子爆弾が製造可能というから、今はその確保が最優先だった。


 そうして数分、目標たる施設が間近に迫ってきた。

 敵の反撃らしきは未だに皆無。事前の情報によると、フラットヘッド黒鉛炉施設には僅かな警備部隊以外置いていないとのことであったし、多少いたとしても未だ寝ぼけ眼のままだろう。とすれば一気呵成にいくまで……そう意を固めた瞬間、部下が重大なる異変に気付く。


「中隊長、トラックが動き出しとります」


「何ッ……」


 まったく戦慄した面持ちで、松谷は部下の示す方へと視線をやった。

 見れば確かに6輪トラックが動き出していた。単なる施設要員の避難という可能性もあるが、核分裂物質を搬出しようとしているのかもしれず、後者であれば致命的な事態という他ない。





 悪い想像とは往々にして的中するもので、実際プルトニウムは運び出されようとしていた。

 それも翌月にロスアラモスへと送り、数発の原子爆弾とする予定だった分である。どうしてこんなところに日本軍が空挺降下してきたのか、まったくと言っていいほど理解できなかったが、核分裂物質を奪われるのは絶対に拙い。即座にそう判断した管理責任者のダービー少佐は、保管容器を目についたトラックの荷台に放り込ませ、近くにいた運転手を捕まえて発車を命じた訳である。


「おい運転手、もっと速くできんか?」


 助手席に座ったハットン中尉が、切迫した面持ちで急かしてくる。


「もはや何処にジャップ野郎が潜んでいるか分からん。プルトニウムの安全のためにも、ただちにここを離脱せねばならんのだ。もっと増速しろ」


「へ、へい」


 運転手のタドニーは、気を動転させながらも命令に従った。

 ただのデュポン社に雇われに過ぎない彼は、ひたすらに混乱していた。日本軍が襲ってきたと騒ぎになったと思ったら、今度は将校が乗り込んできて、超重要物資の運搬をやれと言い出す。頭が痛くて仕方がなく、ついでに昨晩ラッパ飲みしたウィスキーの影響か、全身がやたらと疲れていた。


 それでもトラック野郎の沽券と愛国心にかけて、アクセルを踏み込んでいく。

 幸いなことに道路は舗装されているので、速度はかなり出せる。ならばとっととこの場を離脱するのが一番だ。忌々しいジャップ野郎に捕まるのは御免であったし、積荷もよくわからないが相当に重要な代物であるようだから、陸軍から謝礼金もたっぷりせしめられそうだ。それで日本製骸骨が大量生産されたのを肴に、美味い酒をまた呑めばいい……タドニーはそんなことを考え、急カーブを曲がった辺りで、一瞬気を緩めてしまった。


「おいッ!」


「あ、あッー!」


 恐慌に満ちた叫びが木霊する。

 いったいどうした不幸か、目の前には黒塗りのリンカーンが停車しており……ブレーキはまるで間に合わず、そのまま勢いよく追突してしまった。


 そしてとりわけ最悪だったのは、事故に巻き込まれた全員が、衝撃で死亡あるいは昏倒してしまったことだろう。

 結果、荷台に積載されていた約15キロのプルトニウムは、追ってきた松谷大尉の隊にまんまと押収されてしまった。アメリカ人にとっての不幸中の幸いがあるとすれば、この時の日本ではまだ爆縮レンズの設計が完了していないことくらいだった。

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