義烈奮戦! 原子兵器強襲艦隊⑯
太平洋:ダッチハーバー沖
「糞ッ、何だってジャップ機動部隊がこんなところに? マリアナ沖にいるんじゃなかったのか?」
「ジェイソン、確かに折角の休暇が吹っ飛んじまったのは俺も腹立たしい。だがここで敵空母を沈められれば、子々孫々に至るまで自慢できる最高のクリスマスプレゼントになる。どうだ、違うか?」
不満げに愚痴を零す副操縦士を、ライアン少佐はまるで映画館にでも行くかのような口調で諭す。
太平洋で戦うB-29乗りの中でも、とりわけ勇猛果敢なことで知られる人物だった。実際彼は3か月前、機動部隊捜索任務で地獄のマリアナ沖へと出撃し、恐るべきジェット戦闘機によって乗機と部下の半分を喪った。それでも火の玉のような闘魂はまるで潰えず、すぐに飛行隊指揮官として戦場に舞い戻ってきたのである。
故にそう言われると、誰であれ奮い立たずにはいられなかった。
加えて今日は新兵器が搭載されている。赤外線誘導爆弾のフェリックスだ。軍艦の煙突から放出される熱を探知し、自動でそちらに吸い付いていく優れもので、AZONだのBATだのというガラクタとは次元の異なる性能が期待できるとのこと。ついでに開発者によると、機器の冷却やら相対温度差やらの影響で、気温が低ければ微妙に命中精度が改善するとの話だった。
「まあ原子爆弾の大威力を目の当たりにして、敵はここがちょいとおかしくなっちまったんだろう」
ライアンは額を指で叩き、分析する。
「ダッチハーバーには原子爆弾はない。だが敵は万が一に備えねばならんから、奴等の本土を攻撃できそうな基地を、片っ端から破壊しようと思ったんだろう。実際、俺はクリューガー基地から千島上空まで偵察に出たことがある」
「爆撃任務だと2000ポンド爆弾1発が限界でしたよね」
「ああ。だが片道飛行なら原子爆弾を搭載して東京まで行けるし、恐らくはその価値がある……と敵サンは判断したに違いない。まあ妥当ではあるが、結果としては間違いだ。その代償を支払わせてやればいい」
「なるほど。ところで少佐、あの編隊は何でしょう?」
操縦士は唐突に指差し、反射的にそちらへ視線を移ろわせる。
大型機の編隊らしきものが発見された。速力はおおよそ180ノットでほぼ同高度、針路は真東であった。
「ん……攻撃を終えて帰投中のB-24か? だがだとすると奇妙だな」
ライアンは顎に手を当て、少しばかり考える。
違和感を覚えたのは、アンカレッジよりB-29で出撃した自分達が、ほぼ先陣のはずだからだ。機動部隊発見の報を受けて、バンクーバーやポートハーディの部隊が出たとしたら、到着はもう何時間か後になる。
「とすれば避退中の機体か? あるいは……」
「な、七番機被弾ッ!」
突如、劈くような悲鳴が耳朶を叩く。
後部機銃手によると、敵機は真下から突き上げてきたとのことで、しかもプロペラがないらしかった。
「糞ッ、奴のお出ましか」
流石のライアンも恐怖を覚えて歯軋りし、しかし怖気を一気に抑え込む。
「各機、密集しろ。間もなく敵機動部隊だ」
「了解」
僚機の元気のよい応答が、航空無線電話に次々と木霊した。
かつては自分も乗機から落下傘で脱出し、潜水艦に救助されるまで十数時間も海原を漂いもしたが、今日これから海に放り出されるのは貴様等だ。愾心をめらめらと燃やしたライアンは、ジェット戦闘機の母艦を見事葬り去ってやろうと意気込み……先程目撃した謎の編隊のことを、綺麗さっぱり忘却してしまった。
ブリティッシュコロンビア州:海岸山地上空
現地時刻で日付が変わった頃。漆黒の空を征く銀翼の群れは、遂にカナダ領内へと侵入した。
過酷な旅路であったのは言うまでもない。寒風吹き荒れるアッツ島を出撃した二式大艇25機のうち、既に4機がエンジンの不調で引き返し、もう2機が占領したてのクイーンシャーロット諸島に不時着することとなった。それでも最悪の場合、敵戦闘機に遭遇しなかったとしても、フラットヘッド湖着水までに半数が脱落と見込まれていた。とすれば今のところは武運に恵まれていると言えそうで、誰もが南無八幡台菩薩と唱えたくなるところだった。
一番機に便乗している九大助教授の古渡博士にとっても、それはまったく同じであった。
浦研究室の次席として炉心設計等の実務部分を担当してきた、烈号作戦を成功に導く上で鍵となる人物に違いない。無論、黒鉛炉施設をただ破壊するだけであれば、空挺隊員だけでも可能だろう。しかし確実に再起不能となるだけの被害を与えるには、やはりその道に長じた専門家の協力が不可欠で……米国に先を越されたのが悔しくてたまらなかった彼は、どう考えても生還を期せそうにないと知りながら、渡りに船と同行を志願していたのである。
「それに……」
窓の外に広がる、平衡感覚を失いそうな闇の世界。宛もなくそれを眺めつつ、古渡は呟いた。
昔は聞かん坊で辟易とさせられたが、そのうち兵学校に入って豪放な飛行艇乗りに育った弟。そして北米爆撃行の末にワシントン州の何処かで戦死したらしいその魂に、先程から呼びかけられているような気がしたのだ。
「あいつも、こんな風に米本土に乗り込んだのでしょうかね」
「兄弟とも米本土作戦に参加とは、まったく鼻が高いですよな」
指揮官の秋津中佐が相槌を打ち、
「あいつのことは今でも覚えておりますよ。やたら喧嘩っ早くて酒が入ると手が付けられず、おまけに単車で騒音を撒き散らしまくるところ以外はいい部下だった。あの時の作戦はなかなか無茶な内容だったとはいえ、還らなかったのが残念でならん」
「自分も弟の後を追うことになるのやも」
「むッ、戦死は自分等軍人の専売特許ですぞ」
秋津は厳然とした口振りで断じる。
「今次大戦が無事片付けば、何処も暫くは軍縮って世相になるでしょうから、職業軍人は死んだって構わない。しかし原子物理の世界は違う。原子兵器や原子動力機関を巡る世界的競争において我が国の研究開発を牽引し、大東亜に夜明けを齎していただく必要があるのですから、学者先生には絶対に生きて故国の地を踏んでもらわにゃなりませんぞ」
「はあ……とはいえ、この作戦はほぼ片道切符でしょう」
「色々と秘策がありましてな。まあ大船に乗った心算でいて下され。実際、このフネは総身に知恵が回りかねるくらいでかい」
やたらと自信満々に秋津は言い、それから特別電を打つからと通信士席の方へと向かった。
何でもそれはリンチ中佐直伝の、敵がこちらを空飛ぶ橇と勘違いしてくれる御呪いとのこと。聞くだに胡散臭い気配がしてくるが、既に英国は大戦からの離脱を決めているとのことで、確かにその後も夜間戦闘機の類は現れなかった。
(とすれば案外、本当に秘策があるのかもしれんな)
古渡は首を傾げながらもそう思った。
ただ本来敵国であるはずのカナダの上空を、事実上素通りする権利というのは、いったいどれほど高くつくものか。商売をしていたら何時の間にか帝国が出来ていたと嘯く元海賊の紳士達は、相当に狡猾な人種であるはずで……暫くの後、彼もまたその一端を目の当たりにすることとなる。
モンタナ州:フラットヘッド
「おッ……ポルソン飛行場の戦闘機は全部、真西へと飛んでいったようだぞ」
インディアン部族風の秘密指揮所の傍ら。酋長に扮した北郷少佐が、驚異的な夜目で偵察しながら言った。
立川飛行機が米本土爆撃を目指して開発し、最近になって翔龍という愛称の与えられた双発長距離爆撃機。500キロの爆弾を搭載して6000キロの飛行が可能なそれらが、シアトルやポートランドを闇討ちした結果であった。
もちろん2年半も潜入工作を続けてきた特別陸戦隊の面々に、陽動の詳細を知る術はない。
それでも滑走路上にあったP-61がいなくなったことは、何より歓迎するべき話だった。性能のよい機上電探と20㎜機関砲4門を有するかの重武装夜間戦闘機は、間もなく到着する飛行艇にとって最大の障害となり得、必要とあらば肉弾攻撃を実施してでも破壊せねばならぬ存在だったからである。
「となれば最大の脅威となるのは、この高射砲陣地だ」
ランプの薄明かりの中、北郷は現地調達した地図の一点を指差し、
「あまり時間がないが、黎明までにこれを制圧。可能ならば奪取し、空挺部隊を直協支援する態勢を作りたい。志願する者は?」
「自分が参ります」
誰より早く挙手し、はっきりと宣ったのは、風来坊のビリーと名乗って潜入戦をやっていた日高大尉だ。
極寒の湖水を泳いで消耗したかと思いきや、秘蔵の牛缶詰を食したことで、見事に体力と大和魂を回復させたようだった。
「この付近の地形に一番詳しいのは間違いなく自分ですから、自分が適任と存じます。5名をいただけますか?」
「では日高大尉、頼んだ。人選は任せる」
北郷は委任し、敬礼を交わす。
久方ぶりに見た忍びの勇士どもが、餞別のコンビーフとコンソメスープ入り水筒を受け取った後、足早に闇の中へと消えていく。今生の別れとなる公算が著しく高そうだ。しかしこの2年半の総決算として、米最終兵器の供給遮断という使命を果たすのであるから、今日は死ぬのに良過ぎる日だ。ならば皇国のため喜んで命を投げ出してやろうと、彼は大いに意気込んだ。
「少佐、大艇隊より入電」
耳を欹てていた無線手が声を弾ませ、
「カナダ上空、第二旋回点を無事通過とのことです」
「ならば運命の時まで、あと3時間半ばかりか」
そして日の出と同時の着水となりそうだ。北郷は頭の中で逆算し、不寝番を置いて休むよう命じた。
すると程なくいびきが聞こえてきた。一世一代の大作戦を前に、遠足前の童のように眠る部下の寝顔が、まったくもって微笑ましく……彼もまた安堵した面持ちで、朝飯まで暫し微睡むこととした。そうして体調を万全に整え、奢れるアメ公どもに驚天動地のプレゼントをくれてやるのだ。
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