義烈奮戦! 原子兵器強襲艦隊⑮

モンタナ州:フラットヘッド



「おうインディアン、さっきからいったい何をやってやがるんだい?」


 凍結した早朝の湖面。ぶっきら棒な呼びかけが、遠巻きに聞こえてきた。

 声は"精錬工場"で一緒に働いている、マルティーニなる飲兵衛なイタリヤ系中年のものだった。


「見たところ、氷の上でスケートって訳でもなさそうだがよ」


「クリスマスのご馳走を釣るんだ。ローストチキンだけじゃ物足りない、でっかいカットスロートがあった方がいい。今年世話になった皆に、俺なりに感謝の気持ちを伝えたいんだ」


 風来坊のビリーを名乗る男は、ガリガリと氷に穴など穿ちながら、チェロキー訛りの英語で返事をする。

 無論のこと、真っ赤な嘘であった。何しろ彼の正体は、海軍特別陸戦隊の日高大尉に他ならぬ。一昨年前、北米大陸に上陸してワシントン州空襲を支援した後、先住民系の肉体労働者に扮してフラットヘッドへと侵入し、極秘裏に稼働する"精錬工場"の内偵を今日に至るまで続けてきたのだった。


 そうした敵中奥深くに浸透しての隠密活動は、ようやくのこと実を結ぼうとしていた。

 ベルリンやサイパン島をたった1発で吹き飛ばし、何万という人々を刹那のうちに殺傷せしめた原子爆弾。超兵器として新聞やラジオを賑わせているそれの原材料は、まさにここで生産されていることが判明し……米国の信じ難い暴虐が再び繰り返されることがなきよう、陸海軍の空挺部隊が投入されることとなったのだ。

 そして先陣を切るのはまたも二式大艇。アッツ島の秘密基地より飛来するそれらが、厳冬の湖に無事着水できるよう、氷の張り具合などを調査しているのだ。今日はクリスマスということで外出し易く、まったくキリスト様々であった。


「多分、活きがいいのが釣れる。今日はそんな気がする」


「お前さん、何時も空振りじゃねえのよ」


 マルティーニは思い切り肩を竦め、


「まあとにかく氷の上は危ねえから気を付けろよ。特に厚さが4インチ未満のところに立ったらいけねえ、下手すると湖にドボンだ。この水温じゃあ心臓が止まっちまうかもしれねえし、お前さんはクリスチャンじゃねえかもしれないが、クリスマスに死んだらやっぱ罰当たりも甚だしいってもんだぜ」


「ご忠告感謝するよ。でも大丈夫だ、ご馳走を期待しててくれ」


 ざわめく内心に反した声色で、日高は元気いっぱいに言った。

 それから度々場所を変え、その実食べると危険な魚を釣る振りなどしつつ、氷の状況を確認していく。ふと北を望めば、湖中に浮かぶバード島が目についた。二式大艇はまずその東岸の非氷結面に着水する予定で、同島から黒鉛炉施設のあるフィンリー岬までの約1マイルは、完全武装した兵隊が通っても問題ないようだった。


(よし……それでは、俺も作戦開始といこう)


 日高は燃えるような使命感を胸に、極寒の水の中に飛び込んだ。

 転落事故を装って姿を眩まし、潜伏中の味方と合流する。これまで一緒に仕事をしてきた、極まりなくがさつだが相応に気のいい連中は、本気で自分の身を案じてくれるかもしれない。そんな彼等のことを思うと、僅かながら気が引ける部分もあるが……とにかく今は皇国の安寧のため、砕身粉骨努力せねばならぬのだ。





太平洋:ダッチハーバー沖



「長官、やりました! 第一強襲艦隊、原子爆弾奪取に成功とのことです!」


「おおッ、まことか。よくやってくれたものだ」


 航空母艦『赤城』に齎された何よりの朗報に、第二機動艦隊司令長官の角田中将も相好を崩した。

 義号作戦部隊を直卒してテニアンに乗り込んだ高谷中将の、得意満面の笑みが真っ先に脳裏に浮かんだ。海軍中に悪名を轟かせまくっていた後輩が、重大局面において陸海軍合同部隊の指揮官に大抜擢であったから、何かと心配の種が尽きなかったものだが……前評判の通り、主力艦撃沈以外の任務を上手くやったようだった。ともかうもそれで日本本土に対する脅威は、当面は遠のいたということに違いなく、誰もがほっと胸を撫で下ろす。


 もちろん、これだけでは安堵し切れぬのもまた事実だ。

 奪取した1発は相当の抑止材料になりそうではあるが、世界大戦が今後も続いた場合、米国は原子爆弾の量産を間違いなく加速させるだろう。しかも対蹠地爆撃機B-36が実用化間際というから厄介で、最悪の場合、試作機を用いての長距離攻撃を仕掛けてくるかもしれなかった。とすれば早急に核分裂物質の生産能力を叩き潰してしまう他に道はなく……まさにそのために自分達はここにいる、改めてそう自覚された。


「であれば、我等も第一強襲艦隊に遅れを取る訳にはいかぬな」


 角田は決断的に言い、それから時計を一瞥する。

 時刻は現地時間で午前7時半。内地であれば流石に陽が昇っている時間だが、北極圏の冬は日長が限られる。飛行甲板に犇めく艦載機の咆哮は、耳を澄ませるまでもなく聞こえてくるものの、それらが活躍できる時間もまた短い。


「念のため聞くが、アッツ島より延期の連絡は届いておらんのだな?」


「はい、届いておりません。間もなく空挺も出撃するかと」


 参謀長が即答し、


「ほぼ片道攻撃の彼等のためにも、ここでひと暴れしてやりましょう」


「うむ。それでは攻撃隊発艦といくか」


 かくして命令が発せられ、『赤城』と『海鳳』が風上に向けて疾駆。それから間もなく、合計80機の攻撃隊が飛び立った。

 それらでもって夜明けのダッチハーバー飛行場を奇襲し、航空機の地上撃破を狙いつつ、とにかく敵の注意を引き付ける。それが烈号作戦における第二機動艦隊の役割だった。アラスカや米西海岸から長距離攻撃機が大挙して押し寄せるであろうことを考えると、こちらもかなり過酷な任務に違いない。


(だが案外、手薄だったりせんものかね)


 すぐ闇に溶けていく艦載機を見送りつつ、角田はそんなことを思った。

 ちょうど向こうの聖人の降誕祭であったから、警戒が多少緩んでいるのではといった期待だ。実を言うならば、かような要素も確かにあった。だがそれ以上の僥倖に恵まれることとなるなど、今の彼には知る由もないだろう。





クイーンシャーロット諸島:飛行場



 マセット飛行場と名付けられたそこは、随分と閑散としてしまっていた。

 というのもカナダ領のそこに配備されていたのは米陸軍航空軍の戦闘機隊で、既に大部分が東海岸への移動を開始していたからだ。無論のこと、ドイツ空軍の第二撃に備えるためである。熾烈な神経化学爆撃を受けたワシントンD.C.とニューヨークの惨状は周知の通りで、シカゴやフィラデルフィアといった主要都市においても、政経中枢の混乱に伴うパニックが生じていた。そうした状況を鑑みれば、妥当な措置と言えそうではあった。


 ただ不可解なのは、警備を担当していた英連邦軍の大隊までが、対岸のプリンスルパートに引き揚げてしまったことである。

 恐らく書類上の不備か何かが原因で、いずれ交代の部隊も到着するのだろう。それでも長さ1マイルの滑走路と結構な量の航空燃料を有した基地が、まったくの丸裸になっているという現実は、正直気分のいいものではなかった。2年ほど前だったか、南アフリカのリチャーズベイに輸送機が強行着陸し、厄介なコマンド部隊が大量に吐き出されたという事例があったはずだが……同様の攻撃をやられた場合、酷く脆弱なのではないかと危惧されたのだ。


「よく分からんが、とにかく嫌な予感がしてならないんだ」


 レーダー員のハドック少尉は、しきりにそう呟く。


「確かに根拠は薄いかもしれないが、敵はここを狙っている気がする。そうなったら絶対に拙い。それに通信の奴等も、変な電波が出たと騒いではいなかったか?」


「ニック、単にお前が慣れていないだけさ」


 相方のリドル少尉は多少うんざりしながら笑い、


「お前さん、最初の任地がオレゴンだったろう? 近くに町も訓練キャンプもあるし、まさか地上戦になるとは思わない。それがこのびっくりするほどど田舎な離島に赴任となったものだから、気が動転しているのさ」


「そんなんではないと思うんだがなあ」


「そんなものさ。この辺鄙な島だけ占拠したって補給が続かないだろうし、原子爆弾が転がっている訳でもない。敵だって馬鹿じゃないから、無意味なだけのことはせんだろうよ」


「ううむ。それでも気になるんだよな」


 ハドックは尚も零しつつ、PPIスコープを睨みつける。

 直後、反応が検出された。事前に通告のあった友軍機だった。ウナラスカ島のクリューガー航空基地を、日本軍の艦載機が空襲したとかで、出撃元となった機動部隊の捜索に向かっているのだ。


 とすれば明日にも、この辺りも空襲を受ける可能性があるかもしれぬ。

 それに敵機動部隊がヘリコプターの類を搭載している場合、空襲と同時に空挺作戦を行ってくるかもしれない。まさにその通りの作戦が、テニアン島において実施されたばかりだったことは、当然ながら認識の埒外にあったが……シコルスキーR-4の現物を見たことのあるハドックは、あれこれ恐るべき空想を膨らませ、自らそれに慄いた。


「とすると低速、おおよそ60ノット程度で……」


「おい、いったい何だ!?」


 リドルの素っ頓狂な声。それとほぼ同時に、複数の銃声が轟いた。

 言うまでもなく敵襲で、ハドックの懸念はまことに正しかった。とはいえPPIスコープ上に反応がなかったことからも明らかなように、マセット飛行場に雪崩れ込んだのは空挺部隊ではなかった。第16潜水戦隊によって運ばれた第101特別陸戦隊が、クイーンシャーロット諸島に数日前より潜伏しており、作戦決行の無電とともに行動を開始したのである。

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