義烈奮戦! 原子兵器強襲艦隊⑭

テニアン島:北飛行場特別格納庫



「ええと祐一君、これはいったいどういう訳だね?」


 九大のウラニウム博士にして高谷中将の義兄なる浦教授が、出鱈目に怪訝な面持ちで尋ねてきた。

 日本の原子物理学を牽引する彼が握る長めの紐、その先には昭和17年夏にウナラスカ島を制圧した際に捕獲した、毛むくじゃら犬のウナギが繋がれている。ついでにキャインキャインと五月蠅い。普段通り『天鷹』の飛行甲板でノンビリ日向ぼっこをしていたところを、無理矢理に回転翼機に乗せられた関係で、気が動転してしまったようである。


「核分裂物質の発見は急務だ。こやつの言っておる偽装工作が本当なら、確かに相当に難儀しそうではあるが……色々と使えそうな機材を持ってきもした。だがこのワンコロが何の役に立つ?」


「米軍は原子爆弾を"リトルビッチ"などと呼んでおるようですので」


 高谷は4トンくらいありそうな筐体をコツンと叩き、


「こちらも"リトルビッチ"を連れてきた、という訳ですな」


「な、何……?」


 浦は暫く呆気に取られ、すぐさま懐から英和辞典を取り出した。

 そうして該当箇所を急ぎ引き、むむッと呻きを漏らす。今でこそ見境なくまぐわうあばずれといった意味の俗悪卑語に転じてしまっているが、"bitch"というのは本来雌犬を意味するれっきとした英単語で……凛々しいシェパード犬に以前追い回されたりした通り、ウナギはまさにそれであった。


「なるほど。リトルというにはちょいと図体がデカいが、確かにそうだ。だが祐一君、頓智をやっている場合かね?」


「いやはや、この米海軍大佐もそうですが、学者先生は専門外となるととんと駄目でいけない」


 高谷は得意げにそう言い、ニヤリと笑んだ。

 続けて浦より紐を受け取り、圧倒的にケモノ偏な気迫でもってウナギを落ち着かせた。そうして人間の何万倍もの嗅覚を有する動物を、米海軍の技術系大佐に思い切り近付かせる。その瞬間、これまで余裕綽々で悪態をつきまくっていた彼の顔が、何とも滑稽なくらいに青褪めた。


 しめた。やはり直感した通り、こいつは専門馬鹿の類だったのだ。

 もっともらしい偽物を拵えることに、本業に裏打ちされた知恵を注ぐことはできたのだろう。だが本物の核分裂物質を弄り回している時間が長ければ、その分だけ体臭が染み付くという事実を、すっかり失念していたようだ。まさに灯台もと暗しという奴で、今更それに気付いたってもう遅い。身動きの取れぬパーソンズが大いに狼狽え、何語だか分からん叫びを上げまくる様子を見ると、実際胸がすくような気分になった。


「よし、ヒデキとアドンコ侍。ウナギが臭いに反応する奴だけ倉庫から持ってこい」


「合点承知の助」


 凸凹コンビは敬礼し、ウナギを連れて倉庫に急行。

 その間もパーソンズは喧しく喚き続けるから耳障りで、崔中尉に頼んで口を塞がせたりした。最悪、倉庫に転がっているウラニウム塊のすべてが囮という可能性もあるかと思ったものの、どうやらそれは杞憂のようである。


「いや、驚いたな。今日は生まれて初めて、祐一君に学があると思ったものだよ」


「義兄さん、流石にそれは酷いんじゃないですか」


「まあ曲がりなりにも海兵を出た中将か」


 浦はまったく感心したといった調子で、


「だがところで祐一君、捜査目的で犬を使うというのは、東京のどっかの警察署で確かにやっていたとは思うが……あのワンコロにそんな芸当ができるのかね? 率直に言ってあまり頭が良さそうな犬には見えんぞ」


「さあ? でも人間がやるよりはマシでしょう」


 高谷はケロリと言ってのけ、浦はこれまた怪訝な顔を浮かべる。

 それでも1年半ほど前、浮気性の陸奥大佐が昔の思い出とやらを艦内紛失した際、ウナギがそれを見つけ出したという話があった。とすれば今は、鋭敏なる動物的嗅覚を信じるのが一番に違いない。





 ひょんな切っ掛けから義号作戦で大役を担うこととなった犬のウナギ。その働きにより、候補は大幅に絞られた。

 棒状のものが2つと、円筒状のそれが3つという具合で、恐らくこの中に本物が混ざっている。ならばこれらをまとめて内地に持ち帰り、研究室の機材を用いてゆっくり分析するという手も考えられた。だが万が一のことを考えると、ここで確実にウラニウム235製の本物を突き止めておきたいところだった。


 そのため浦教授は脳味噌に鞭を入れ、鉛筆を凄まじい速度で走らせる。

 ウラニウム235の最小臨界量、すなわちこの量を超過したら連鎖的核分裂を起こすいう量は、理論値として既に出されている。概ね25キログラムくらいだ。だが実際の臨界量は核分裂物質の濃縮度や形状、置かれている環境、反射材や増幅材の有無などによって大幅に変わってくる。円筒状のウラニウム塊に棒状のそれを突っ込む形態の場合、濃縮度を80%程度と仮定すると、恐らくは60キログラムくらいは必要と推定され……目の前の現実に合致した。つまりは正しい組み合わせならば爆発させられるのだ。


「よしよし、これでよし」


 浦は結論を得、それからどうするべきか考えた。

 なお円筒状のウラニウム塊は、よく見てみると幾つかの環に分解可能な設計となっており……彼はここで一計を案じた。


「ああ、軍人さん方、ちょいと手伝ってもらえんかね」


 秋元中尉やドイツ空軍のスタイン大尉などに呼びかける。

 ウラニウムは1立方センチ当たり19グラムと大変に重たい。五十路過ぎの物理学者には運搬が大変で、ともかくパーソンズの前にウラニウム棒を据える。それにくっ付いている番号札は8番だ。


「ここに、こちらのウラニウム環を次々と通していく。まずは10番の環からいこう」


「ええと、一定量のウラニウムが一か所にあるだけで爆発するというのが、原子爆弾の原理なのでしょう?」


 高谷中将が微妙な顔をして尋ねる。


「とすれば本物だとすると爆発しませんか?」


「それくらいで爆発するんだったら、あの馬鹿でかい爆薬入りの筐体は不要だ。そうでないのは、実際には中性子反射材で囲まれた砲身部内で、ある程度の速度でウラニウム塊を合体させないと超臨界にならんからで、こうやって重ねていくだけなら問題ない。しかし中性子計に反応が出るくらいには、核分裂反応が起こる計算であるから、それを測定するのだ」


「なるほど。では早速お願いします、急がんと米軍がやってくるやもしれませんからな」


 そんな具合で、ハノイの塔めいてウラニウム環を通していく。

 結果、8番と10番の組み合わせはまったく無反応。他の番号の環を試してみても同様だった。とすればもう一方、114番の札が付けられた棒が、ウラニウム235でできた本物ということになりそうだ。


 ではそれを用いて、正解の組み合わせを探索するまでである。

 こちらも環を次々と通し、反応の度合いを調べていく。そうして可能性として残ったのが514番だった。114番の棒に、514番の環。アメリカ人が日本語の語呂合わせをするとは思えぬから、単なる偶然以上の何物でもなかろうが、良き世を招こうという意図が垣間見えるような気がした。であればそいつをいただきだ。


「祐一君、最後のこれも念のため調べますぞ。ワンコロの嗅覚が頼りとなると、全部間違いという可能性も捨てきれん」


 浦は真剣な顔をして言い、高谷も黙してそれに首肯した。


「では最後に514番、早速やってくれ」


「この糞馬鹿ジャップ野郎!」


 堪え切れなくなったパーソンズが、あまりにも強烈な罵声を吐く。


「ふざけやがって、お前本当に原子物理学者か? ちゃんと計算したのか? 確かに原子爆弾本来の威力を出すには、高速で合体させる必要があるが、その環を1個か2個通しただけでも、TNT換算10トン程度の爆発は自発的核分裂のため起こり得るんだよ!」


「ということで祐一君、114番と514番の組が正解だ」


 してやったり。満面の笑みを浮かべながら、浦はあっけらかんと述べる。

 ウラニウム環を運んでいた秋元とスタインは目を丸くし、見事なまでに硬直。それからすぐに環を遠ざけた。大慌てな彼等の態度も、まんまと術策に引っ掛かってくれたパーソンズの真っ赤な顔も、何もかも面白い。


「お、おう……とにかく作戦成功の報を入れろ。それから移送の準備急げ」


「り、了解」


 秋元と崔が急ぎ駆けていき、地下室は不可解な空気に包まれた。

 帝都東京に投下されかねなかった最終兵器。それを確保したという歓喜の情は、間違いなく溢れているようではあるが……それと同時に、妙な視線が自分に突き刺さっているのを浦は感じた。


「ところで義兄さん、あの大佐の言っとることは本当なんですかね?」


「無論のことすべて正しい。本物を通してしまっていたら、今頃ドカンといっていただろう。だが科学者というのは、間違ったことを堂々と言われたりやられたりすると、どうしても反論したくなる生物だ。その特性を利用したという寸法だ」


「つまり下手をすれば全員お陀仏だったと?」


「うむ。軍人さんは常に御国のため命を捨てる覚悟でやっておるのだから、自分もたまには覚悟を決めねばと思ってな。まあ順番が違ったらとか思わんでもないが、何にせよ結果オーライという奴だろう」


 浦はガハハと剛毅に笑い、周囲の幾人かが科学者という人種に対する微妙な偏見を抱いた。

 とはいえ義号作戦の前段部分は完全に成功、あとはこれを本土へと移送すればよい。これとフラットヘッド黒鉛炉破壊作戦が成功すれば、間違いなく米国も交渉の場に出ざるを得ぬはずで……そういえばあちらに参加している助教授の古渡博士は、今頃どうしているかと思われた。

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