義烈奮戦! 原子兵器強襲艦隊⑬

太平洋:マーシャル諸島沖



 ハルゼー大将が現役復帰したのは、他にまともな指揮官が残っていなかったが故だ。

 太平洋において4年以上に亘って繰り広げられた、日本海軍との血で血を洗う死闘。綺羅星の如き提督達は苛烈なる海の上で次々と戦死し、あるいは再起不能になるなどした。その果てに実施された自爆攻撃により、第5艦隊が丸ごと壊滅したとあっては、機動部隊運用にかけては右に出る者のない逸材を、本国で遊ばせておく余裕などないとなった訳である。


 ただ理不尽極まりない理由で査問委員会に掛けられていたが故か、ハルゼーも些か精神失調気味であった。

 世界最強の航空母艦『ラファイエット』を豪華客船の代わりにするという、前々大統領のあまりにも愚かしきパフォーマンス。そこにゲストとして招かれたはずが、直後に発生した特大複合事故の責任を問われたとあっては、まともな心理状態でいられるはずもないだろう。実際、何か月にも及んだ合法的拷問のため、皮膚病をぶり返して入院していたところで……それ故にドイツ軍の化学爆撃の惨禍を逃れていた彼は、突然に前線に戻るよう命令され、半狂乱になって大暴れした後、ようやっとそれを承服したのである。


「それにしても、信じ難く酷い有り様だ」


 飛行艇で無理矢理艦隊に合流したハルゼーは、真っ先に猛烈な頭痛を覚えた。

 新編された第38任務部隊の旗艦たるは、エセックス級航空母艦の『レイク・シャンプレイン』で、同型艦の『キアサージ』、『レプライザル』が続く。彼女達に随伴するは、戦艦『サウスダコタ』を始めとする35隻の護衛艦艇。確かに傍目には、結構な戦力と見えるかもしれぬ。


 だがあろうことかこれが、現在の太平洋艦隊が出し得る全力なのだ。

 横須賀を空襲した時には1ダース、マリアナ沖海戦の直前にはその倍近い数があった航空母艦は、故郷に戻れて然るべき大勢の乗組員とともに、悉く海の藻屑となってしまった。つまるところ戦況は1942年末に逆戻りしたようなものだ。まったく何をやったらこんな結果となるのか、理解はできるとしても分からぬし、そんな段になって尻拭いを押し付けられたのにも業腹だった。


「しかもテニアンにジャップ野郎どもが逆上陸してきて、折角の原子爆弾が奪われそうだというのだな?」


「現地の状況を鑑みますと、既に奪われた可能性すらあります」


 懐かしき四角四面参謀長のカーニー少将が、流石に落ち着かぬ様子で補足する。


「現地からの情報を総合しますと、どうも忌々しき食中毒空母が、ヘリコプター空挺部隊を送り込んできた模様で……」


「こん畜生ッ!」


 発作的に憤懣が突沸し、自ずと罵声が飛んだ。

 無茶苦茶な戦局に対する怒りも溢れるほどある。だが何より査問委員と称する愚輩どもが、「何故あの場で食中毒空母を取り逃がした」「戦意に不足があったのでは」と、舐めた口を利きまくっていたのが思い出されたのだ。


 だが周囲の参謀達からしてみれば、理不尽に当たり散らされただけとなろう。

 数秒ほどの後、己が大人気なさを自覚したハルゼーは、気恥ずかしげに咳払い。そうしてカーニーに続けるよう促し、マリアナ諸島全域の敵航空部隊が急速に息を吹き返しつつあり、しかし原子爆弾を日本本土に持ち帰られたらゲームオーバーだという、大変にろくでもない説明に耳を傾けた。


「でもって、それを本任務部隊だけで阻止しろか」


「厳密に言えば異なります。マーシャルの長距離雷撃隊および陸軍航空隊は出撃可能とのことです」


 カーニーが無感情な口調で付け加え、


「ただ……どちらもここ最近の戦闘で相当に消耗しており、あまり多くは期待できないかもしれません。一方で敵航空部隊につきましては、率直に申し上げまして、脅威度の判定が困難な状況です。というのも自爆攻撃機か否かを、突入前に判別する方法が事実上存在せず、最悪の場合は日の丸を描いた翼すべてがそうである可能性すらありまして」


「つまり寡兵でもって悪魔的な敵と戦い、原子爆弾の移送を阻止しろと。なるほど凄まじいな」


 ハルゼーはしかし、言葉とは裏腹に狂気的な笑みを浮かべ


「だがあの糞あばずれめは絶対に許してはおけん。喩え差し違える形となってでも、俺が奴を沈めてくれる。これ以上、ふざけたジャップ野郎に好き勝手させてなるものか!」


「おおッ!」


 天を衝かんばかりの敵意に、参謀達もまた勇み立つ。

 これから赴かんとするマリアナ諸島沖は、自爆攻撃などという禁忌に手を染めた日本軍が待ち受ける、地獄の如き海に違いない。だがここで怖気づく訳にも、原子爆弾を敵に渡す訳にもいかぬのだ。


(それに……こちらにも切り札がある)


 ハルゼーは飛行甲板を一瞥し、プロペラのない艦載機が着艦する様子を目撃した。

 ようやくのこと実戦配備がなったFD-1ファントムだ。『レイク・シャンプレイン』および『キアサージ』に満載されている、従来機とは一線を画する性能を有したそれらでもって、敵空母の飛行甲板を一挙に粉砕する。その様子を脳裏にありありと描きつつ、彼は拳を潰れんばかりに握った。





テニアン島:北飛行場特別格納庫



「なッ……何なのだこれは? まさかこれらがすべて、核分裂物質だとでもいうのか!?」


 地下倉庫にずらりと並ぶ金属部品を目撃し、高谷中将は大いにたまげた。

 米軍将校達が言い争っていた部屋にあった原子爆弾には、肝心かなめのものが装荷されていなかった。それで施設内を捜索させたところ、棒状と円筒状をした核分裂物質の塊らしきものが……驚くべきことに、それぞれ100個以上も保管してあったのだ。たった1発でサイパンのタッポーチョ山要塞を奇妙な穴ぼこに変えてしまうような代物が、これだけ多く存在したとなると、背筋が絶対零度で凍り付きそうだった。


 だが冷静に思考を巡らせてみると、流石にそれはあり得ないと分かった。

 原子爆弾の筐体らしきものは1つしか見つからなかったし、以前に催された勉強会では、米国が現在保有しているのはせいぜいが数発との結論になったからだ。加えて本当にこれだけの数があったならば、在欧米空軍の射程内にあるミュンヘンやハンブルク、ローマなどもベルリンとほぼ同時に吹き飛んでいたはずで……恐らく大部分は囮なのだろうと判断できた。


「おい、本物はどれだ?」


 臨時の収容所とした部屋の扉を蹴り、高谷はきつい英語で捲し立てる。

 捕縛した中で最も階級の高い、パーソンズなる海軍大佐からは、原子爆弾の運用や安全管理に携わってそうな雰囲気が漂っている。持ち前のバンカラ的直感はそう告げていて、実際その通りだから恐ろしい。


「さっさと言え。あくまでシラを切る心算なら、この三日月刀でインタビューすることになる」


「そう言われて答える馬鹿がいるものか」


 パーソンズは嘲るように返し、


「それから捕虜に対する拷問および暴力的恫喝は明確な国際法違反だ。日本軍は将校に対する国際法教育がまるでなっていないと聞いたが、実際本当のようだね」


「ああ? 原子爆弾で東京を攻撃する心算だった外道どもが何を言いやがる」


 相手の襟首を思い切り掴み、高谷は憤る。

 ついでに捕虜を見張っているアドンコ侍は、言うまでもなくドイツ人だ。こちらは既に首都を吹き飛ばされた訳で、ともかくも米国の信じ難い非道ぶりに対する憎悪が増幅される。


「中将、自分がこいつをもっと痛めつけてやりましょうか?」


 拳をポキポキ鳴らしながら詰め寄ってきたのは、戦闘機乗りで空手家の秋元中尉。


「あまりやりたくはないですが、指を1本ずつ圧し折るのが効果的と伺っております」


「なるほど。ああだがなヒデキ、まずは浦教授に大至急来るよう連絡してくれ。この調子だと勢い余ってこいつを殺してしまうかもしれんし、本当に何も喋らんかもしれんから、原子物理学的に本物を判別できるようにせにゃならん」


「東洋人の未開ぶりには呆れるしかないな」


 日本語での会話内容を理解していたのか、パーソンズが自信満々に減らず口を叩く。


「それくらい私が想定しないとでも思ったか? まあ折角だから教えてやろう。確かにあの倉庫の中には、ウラニウム235でできた本物が1つだけ存在する。しかし十分な分析設備がなければ、ウラニウム238で作った偽物と区別が付けられぬよう工夫してあるのだよ。元々比重もほぼ変わらぬし、化学的に分離することもできん。アルファ崩壊の度合いを見ようとしても無駄だ。確かにウラニウム235の半減期は7億年、ウラニウム238の半減期は45億年と違いはあるものの……ごく微量、別の放射性同位体を後者に混入させることで、まったく差がつかぬようにしてある」


「むむッ……」


 何たる用意周到さか。高谷は思わず呻く。

 であればいっそウラン塊すべてを持ち帰り、帝大か理化学研究所で正しいものを判別すればいいかもしれぬと思った。確かに重量が嵩むが、『天鷹』に余裕で積載できる量にしかならぬだろう。


 だが先程のパーソンズの証言自体、真っ赤な嘘かもしれぬのだ。

 下手をすると倉庫自体がすべて囮とも考えられる。この場合、自分達が偽物を持って意気揚々と引き揚げた後、米軍が本物を引っ張り出すという最悪の展開が考えられてしまう。とすればどうにかここで本物を見つけ出したいところだが……容易に区別がつかぬよう工夫してあるという部分は、実際その通りなのだろうと思われた。


「ははッ、まったく"リトルビッチ"様々だ」


「う、うん?」


 原子爆弾の渾名が口に出された瞬間、唐突に高谷に電流が走った。

 あまりにも下品極まりなく、米軍の感性を疑いたくなるものの、問題はそこではない。何か現状を打開する鍵が、発すべからざる言葉の中に潜んでいる。彼の精神の奥底にある何かが、どうしてかそう囁いていたのだ。

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