義烈奮戦! 原子兵器強襲艦隊⑫

テニアン島:北飛行場付近



「ほうほう、つまり人間が通れそうな通風孔なのだな?」


「そうなの。随分前だけど、僕は掃除をさせられたから覚えているの」


 崔中尉が連れてきた金村青年は、変テコな口調ではきはきと喋った。

 敵が立て籠もっている施設群のど真ん中にあるバラックは、実のところ上物は飾りみたいなもので、本丸は地下にあるらしい。であればそれも道理である。ついでに彼は丸々太っているから、並の人間であったら確実に通れそうであった。


 懸念があるとすれば、この話がまったくの駄法螺であるという可能性である。

 だがそれもあるまいと高谷中将は判断した。というのも金村はよく言えば純朴、悪く言うならチョイと足りていない人間で、嘘を吐く知恵もなさそうだからである。挙句に相当なお人よしであるようだから、何かと苦労は絶えなかっただろうと傍目にも思うが……そうした性質故、信頼が置けそうだった。


「よし、ならば通風孔より侵入だ」


 着陸直前に垣間見たサイパンの惨状を脳裏に蘇らせつつ、高谷は意を決する。


「正面攻撃と同時に一世一代の忍者作戦を敢行し、敵将と原子爆弾をこの手で捕らえてやる。神州に特大の仇をなそうとする不逞の者どもを、悉く成敗してやろうぞ」


「中将殿、先鋒は自分等にお任せください」


 覇気全開の崔が胸を張り、


「通風孔には何が仕掛けてあるか分かりません。自分と部下は502部隊で特殊潜入の方法を色々と習得しておりますので、障害物をすべて除去し、道を啓開してご覧に入れます」


「なるほど、蛇の道は蛇という訳だ」


「はい。また通風孔の出口はべトン等で固められておるようですので、松永軍曹がこれを爆薬で破壊します」


「実に頼もしい。よろしい、では任せた」


 高谷はすかさず承認し、益荒男どもがスパッと敬礼する。

 幾ら大破壊兵器の奪取が義号作戦の至上命題であるとはいえ、海軍中将がやることかと頭を抱えたくもなるが……飛行甲板で艦長同士の決闘をやってのけた人物だから、まったくもって止めようがない。更に言うならば、主力艦撃沈なしの汚名をここで一気に帳消しにするという目論見も、やはり僅かながらあるようだ。


「間もなく666空の流星が七航戦より出撃する。それらがあの施設群を……」


「高谷中将ッ! その作戦、自分等も混ぜていただきたく!」


 耳に慣れた大音声が、稲妻の如く響いてきた。

 誰かと思えば666空の秋山中尉である。被弾し脱出したと聞いて心配であったが、まったく無事なようで何よりだ。それからもう1人いるようで……こちらは何とびっくり、一度見たら二度と忘れぬゲルマン似非侍だ。


「ヒデキに、アドンコ侍じゃないか。いったいどうなっとるんだ?」


 高谷は盛大に首を傾げ、しかし雪辱を期す2名を忍者作戦部隊に加えた。

 傍から見ると、チグハグな混成団という雰囲気だが……まあ近接戦闘能力だけは高そうだ。ともかくもこれで殴り込み準備完了。まだかまだかと待ち侘びていると、頼もしいプロペラ音が聞こえてきた。





 熾烈な戦場と化した南洋の島嶼。その一角に突如、赤い花がパッと咲いた。

 もしかすると巨大なブーゲンビリアと思うかもしれないが……無論のこと、正体は信号弾に他ならぬ。付近に展開していた機動第1旅団の誰かが、迫撃砲でそれを発射し、攻撃目標の直上で炸裂させたという訳である。


 攻撃隊を率いて馳せ参じた五里守大尉は、高度2000ほどからその様子を監視していた。

 ただちに航空無線の周波数を変更し、地上との交信を開始する。愛機の流星を緩やかに旋回させつつ、周辺の建築物との相対的な位置関係を用いて、銃爆撃を加えるべき目標と自分が認識しているものが正しいか確認していく。面倒な手順ではあるが、爆弾を無駄にしたり友軍の真上に落としたりしないようにするには必須の措置だ。


「ああ、そうだ。それが目標だ。ゴリラ一番、爆撃を実施されたし」


「ゴリラ一番了解。これより爆撃する」


 十数秒のやり取りを経て、認識の正しさは証明された。

 五里守はただちに周波数を切り替え、麾下の7機にいよいよ作戦開始と伝達する。


「最初はゴリラジャブだ。各機、刮目して見ておれ」


 恒例の類人猿しぐさで気合を入れ、真剣勝負に打って出る。

 原子爆弾が隠されている施設だけあって、20㎜機関砲が3拵、それからもっと多くのM2ブローニングが据えられているという。これまでに対峙した何隻もの軍艦と比べれば、大したことのない数字にも思えるが、地上の対空火器は位置が固定できる上、波で揺られたりもしないから油断ならぬ。


 そのためまずは小手調べとすることにした。

 20㎜機関砲の射程のぎりぎりを飛行し、どれくらいで撃ってくるかを見極める。思ったより反応は素早く、この辺りかと思っていたところでチカチカと発砲炎が瞬き、致命的な光弾が束になって飛んできた。五里守はただちに回避運動に移りつつ、なかなか腕のいいのが操作していると判断した。


「だが、ここで会ったが運の尽き」


 左旋回から右旋回へと移る刹那。五里守は厄介な機関砲を視界中央に捉え、その瞬間にロケット弾が翼下を離れた。

 自機の動きを先読みし、目標を視認する前に引き金を絞ったのだ。直線飛行が危険であるなら、それをせずに当てるまで。並大抵の搭乗員にできるような芸当ではないが、キングコング級の技量があれば可能である。一切のぶれなく轟然と加速していく2発の火矢を、彼は見ることはできなかったが、手応えは間違いなくあった。


「どうだ、必殺ゴリラ裏拳だ」


「命中、命中です」


 時計回りに半円を描いた辺りで、後部座席の曙飛曹長が朗報を寄越す。

 それを合図に、五里守は総攻撃を命令した。爆装した流星が次々と降下し、忌々しい施設を吹き飛ばしていく。義号作戦の本義たる原子爆弾奪取、それも間もなく達成されるに違いない。





「んんんんんー! 許るさーん!」


「よくも私の作戦の邪魔をしてくれたな!」


 第509混成部隊のティベッツ中佐は完全に激昂し、また狂気に呑まれつつあった。

 潜水艦で撤退というだけでも頭が沸騰してしまいそうだったのに、それよりも早く敵の空挺部隊が降着。北飛行場はあっという間に占領され、機械仕掛けの神であったはずの原子爆弾とともに、特別格納庫の地下に立て籠もっているというあり様だ。孤立無援で集中的な爆撃まで受けている状況であるからか、頼れる仲間は皆目が血走っている。


「こうなったら致し方ない……」


 ティベッツは部下の顔を見回し、迅速に以心伝心した。

 付近でドカンと爆ぜた音が響いてくる。付近の施設には合計5個小隊の兵隊が守備についていたはずだが、状況は酷く混乱しており、電話線が切られたのか連絡もままならない。次の瞬間にも敵兵が雪崩れ込んでくるかもしれぬ、一刻の猶予もない状況と考えるのが妥当だろう。


 そして視線を台の上に置かれた大型爆弾へと向けた。

 Mark.1型原子爆弾そのものである。憲兵と揉めたあの日、これを運び出してB-29Eに搭載できていれば、今頃戦争は片付いていただろうに……腸が煮え繰り返って核爆発しそうであった。もちろん原因は、愚劣にも大統領命令が云々と言うばかりであったパーソンズ大佐にあり、顔を見ただけでも吐き気がする。


「おい海軍のヒョウタンナマズ野郎、今すぐ"リトルビッチ"を組み立てろ」


「えっ……」


 パーソンズは思わず目を剥き、


「中佐、いったい何を考えている?」


「決まっているだろうこの性的不能オタク野郎」


 いきり立ったティベッツは、あまりにも公然と侮辱の言葉を吐く。


「この場で"リトルビッチ"を起動し、忌々しいジャップ野郎をまとめて原子の塵に変えてやるんだ。まあ俺達もそうなっちまうが、赫々たるデイビークロケット精神の発露って訳だから文句はねえ。それくらいすぐに察しろよタコ助」


「原子爆弾だぞ。どうなるか分かっているのか?」


「ああ? 分かっているに決まっているだろうが。それが敵の手に落ちたら最悪だってこともな。だったら今ここで使うのが一番だ、濃縮ウランの塊を持ってきて、さっさとそいつに突っ込め。さもなきゃ……」


 ティベッツは拳銃の安全装置を外し、パーソンズに突きつける。


「てめえは反逆者だ。この場で蜂の巣にしてやらあ」


「おい、馬鹿な真似は止め……」


 パーソンズが制止しようとした瞬間、換気扇が弾け飛び、彼の脳天を直撃した。

 そして天井に穿たれた穴より、何者かが地下室内に落ちてきた。あからさまな曲者は俊敏なる軍隊式格闘術でもって、完璧に虚を突かれた者達をたちまちのうちに叩きのめし、しかもその怪しげなる仲間が次々と侵入してきた。


「糞ッ、この……」


「隕壽ぁ縺帙>繝?シ」


 拳銃の照準を改めようとした瞬間、雷鳴の如き怒声が響く。

 何時の間にやら中東風の刀を構えた将校が指呼の間に迫ってきており……ティベッツは射撃するより先に、右腕に焼けるような激痛が迸った。そうして怯んだところに、更に強烈な一撃を食らって昏倒。急速に朦朧とする意識の中、神に救いでも求めるかのように、彼は原子爆弾へと手を伸ばす。

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