義烈奮戦! 原子兵器強襲艦隊⑪
テニアン島:北飛行場付近
12月24日正午。マリアナの空はほぼ奪還した、そう断じられそうな状況となっていた。
第一機動艦隊および第一強襲艦隊から放たれた攻撃隊の活躍もさることながら、グアムやロタの飛行場が再稼働したことが大きかった。燃料弾薬と各種資材が十分以上に集積されていたこともあり、第58任務部隊の壊滅が確認されるや、すぐさま滑走路の補修が実施された。結果、それまでヤップやパラオ、硫黄島などから出撃していた陸海軍の航空部隊が、挙ってそれら島々へと展開。戦場まで精々100海里という破格の条件を最大限活用し、積極的な制空戦闘に打って出ていたのである。
そのためか翼に星を描いた航空機は、もはや何処にも見当たらなかった。
既にサイパンやテニアンの滑走路は穴だらけで、敵が上がってくる気配もまるでない。そのため空挺作戦の邪魔になりそうなものを、片っ端から銃爆撃している訳だった。生死を賭した華々しい空中戦と比較すると、率直に言って物足りぬ。しかし回天での強行着陸を試みる機動第1旅団は、つまるところ軽武装の歩兵で、ちょっとした車輛が残っているだけでも大変な脅威となり得る。率先垂範するらしい高谷中将のためにも、ここで念入りに叩き潰していかねばと、紫電改を駆る秋元中尉は気合を入れた。
「よし、あいつをやる」
秋元は迅速に狙いを定め、紫電改を動力降下させていく。
見つけたのは前がタイヤ、後ろが履帯のハーフトラック。兵隊を運んだり野砲を牽引したりする厄介な奴らしいから、さっさと20㎜機関砲で蜂の巣にしてしまおう。そうして目標を照準環の中央に捉え、引き金に指をかけ……直後、背筋が凍り付いた。
「あッ、こいつッ!」
機銃掃射開始。そのコンマ数秒後、秋元はフットバーを思い切り蹴る。
ハーフトラックは自走対空砲型だったのだ。それも4連装のブローニングM2を備えた剣呑な奴だ。彼は愛機を横滑りさせ、それから操縦桿を引き寄せて無理矢理な離脱を図る。
しかし……判断は遅かった。
轟然と放たれた無数の50口径弾、そのうちの十数発が機体に命中し、ジュラルミンの拉げる異音が次々と響いてくる。肉体に痛みや何処かが麻痺した感覚こそなかったが、操縦系が駄目になったことはすぐに分かった。何とか水平飛行に移れたことが、奇跡的な不幸中の幸いとしか思えない。
(糞、どうする……?)
航空無線で操縦不能の旨を伝達した後、秋元は短く逡巡する。
間もなく脱出が選択され、彼は風防を開いてコクピットより飛び出した。己が迂闊さのため愛機を喪ったのは、生き恥以外の何物でもないが、もはや自爆することすら叶わない。ならば拳銃と必殺の閃光正拳突きでもって米兵を殺害し、自動小銃を奪って勇猛果敢に歩兵戦闘を敢行しつつ、機動第1旅団との合流を目指すのがいいだろう。
そして植え込みへと突っ込み、落下傘が樹木の枝に引っ掛かった。
すぐさま短刀で紐を切断し、秋元はすぐさま地面へと転がり落ちる。すると付近の茂みからガサゴソと物音がした。既に敵が回り込んでいたのだろうか。であれば何時撃たれるか分かったものではなく、また距離はそこまで遠くなようなので、先手必勝で飛び掛かるべし――そう意を決したところで、紅毛碧眼のチョンマゲ頭が飛び出した。
「誰かと思えば空の侍、秋山中尉ではないか。何たる奇遇、貴殿も落ち武者となられたか」
微妙に間違った侍言葉でニコリと笑う毛唐は、もちろんドイツ海軍のスタイン大尉である。
「海軍の奴等、怖気づいて逃げやがったきり、ちっとも戻ってこないじゃねえか」
「あんな穀潰しの役立たずども、艦ごとまとめて沈んでしまえばいいんだ」
テニアン島北端。にわか作りの監視哨にて、第23歩兵師団の兵隊達が雑言を撒き散らす。
沖を埋め尽くさんばかりだった揚陸艦や火力支援艦の姿は、もはや何処にもありはしない。しかも上空には日本軍機が盛んに飛び交い、熾烈な銃爆撃を仕掛けてきているとあっては、まったく無理からぬ反応であった。
「無駄口叩くな、しっかり見張れ」
哨を任されたノーマン軍曹は、ピシリと鞭打つような声で叱責する。
対空レーダーが空襲で破壊されてしまった以上、自分達が師団の眼となる他ないのだ。もっとも翼に星を描いた戦闘機は、海峡向こうにあるサイパンの基地を含めて全滅してしまっているようで、それが酷く腹立たしかった。
あるいは機動部隊が全滅したという噂は、もしや本当なのだろうか。
巡洋艦より上の艦はすべて、海の底の人魚姫ランドに招待された。東京放送のアナウンサーは例のキンキン声で、そんな内容の放言をしていたものだが――ここでの監視任務に就いてこの方、友軍の艦載機らしき機影を見た覚えがなかった。航空母艦が1隻でも残っていたならば、絶対にこうはならぬはずである。
(まったく、どうなっているのだ)
苦虫を噛み潰したような面持ちで、ノーマンもまた双眼鏡を構える。
自分達はつい先日まで、南部のカロリナス高地で敵を追い詰めていた。忌々しいエンペラーの軍勢も、原子爆弾でチェックメイトとなったはずだった。それ故、故郷の長女に宛てた手紙には、太平洋での戦争はクリスマスまでに終わると書いてしまっていて……今日がまさにその当日だった。
「軍曹、11時方向に新たな機影」
余計な物思いは部下の上ずった声によって破られ、
「距離およそ5マイル、妙竹林なのが接近中」
「スコット二等兵、真面目に報告しろ」
ノーマンは一喝しつつも、すぐにそちらへと双眼鏡を向ける。
すると間もなく、確かに妙竹林なものが確認された。プロペラを上向きに取り付けた、違和感の塊のような飛行機の群れが、間違いなくテニアンへと接近しつつあった。
「糞ッ、本当にこいつは妙竹林だ」
驚異の声が思わず漏れる。
ノーマンはただちに受話器を取り、本部にその旨を伝達した。ただ営門を潜って十数年の彼にしても、それらがいったい何を目的とした部隊なのかは分からなかった。
回天を用いた超水平線着上陸作戦。前代未聞にして驚天動地のそれは、まったく見事な奇襲となった。
熾烈な空襲が行われてはいるものの、日本軍の上陸があるとすれば明日以降だろう。誰もがそう考えて諸々の準備をしていたところ、いきなり飛行機械の大群が現れ、機銃やらロケット弾やらを景気よく撃ちまくった後、垂直に滑走路へと強行着陸してきた訳である。しかもその中から、何故か大音量で垂れ流されているワーグナー楽曲を背に、精強無比なる将兵がゾロゾロと飛び出してくる。初見でこれに対処しろという方が、どだい無理な話だろう。
ともかくもそうした訳で、テニアン北飛行場の制圧は上手いこと進捗していた。
空襲に備えて防空壕に退避するなどしていた米軍将兵を、機関短銃の音をパラパラと響かせながら、機動第1旅団の荒武者達が片っ端から討ち取っていく。火点となっている施設があれば、新開発の無反動砲でもって吹き飛ばし、建物の入口がバリケードで封鎖されていたならば、2階の窓を蹴破って突入する。まさに圧巻、流石は帝国陸軍の切り札と喝采したくなるほどの無双振りで、たかだか800名の部隊ながら旅団を名乗っているだけはあった。
そして最高指揮官の高谷中将を乗せた回天もまた、銃弾飛び交う戦場の真っ只中へと降り立った。率先垂範の陣頭指揮といっても、流石に急先鋒という訳にはいかず、それが若干不満でもあった。
「中将殿、北飛行場は順調に制圧中です」
臨時の指揮所となった掩体壕にて、第2連隊の須藤大佐が戦況を手短に説明する。
実質的な機動第1旅団の指揮官代理となっている彼によると、敵の飛行場警備部隊はほぼ敗走したらしい。また降着と同時にテニアン島南部の残存部隊も攻勢に出、米地上部隊の北上を阻んでおり、更には島嶼間で兵員物資のピストン輸送をやるべく、回天の半数がサイパン北部へ向かったという。ついでに空挺戦車を搭載したグライダーも、夕方までには到着するというから豪勢だ。
「ただ飛行場北西部に位置する施設群に……」
簡素な卓に広げた地図、その一角を須藤は指差す。
「2個中隊規模と見られる敵が集結。重機関銃や対空機関砲複数を備えるなど防備が固く、現在攻めあぐねております。なお先行して浸透していた誘導隊員が、現地協力者より得た情報によりますと、ここに原子爆弾が保管されている可能性が大とのこと」
「おお、所在が割れたのか」
高谷はたちまち意気込み、拳を強く握り締めた。
この完全にどうかした戦争を終結せしめる鍵が、今いる場所からほんの1キロちょっとのところにある。そう思うと闘志が溢れ、武者震いがしてたまらない。是が非でも原子爆弾を分捕り、救国の英雄になってやるのだ。
「であれば今度こそ俺が先陣を切る。無線機はあるか? 666空に一帯を徹底的に爆撃させ、迫撃砲で煙幕を張った上、突撃してやろうと思う。米兵なんぞこの三日月刀の錆にしてくれるわ」
「ええと、その、中将殿……」
須藤は目を剥き、
「自分等の士気は既に最高潮に達しております。無理をされる必要はございませんぞ」
「うん? 今甘寧なんて持ち上げておいて今更じゃないか」
高谷は平然と言ってのけ、
「まあ俺は変な運だけは無駄に持っているらしいからな。大丈夫だ、まったく問題ない。それに最悪、ここで斃れちまうとしても、原子爆弾を分捕れるのなら安いもんだろう」
「爆撃で原子爆弾が誘爆する可能性は?」
「うちの義兄が言うには、無視できるそうだ。十分な量のウランだか何とかニウムだかの塊2つをくっ付けると、自動的にドカンといっちまうらしいが……そんなものは普通、切り離して保管するって話らしい。片方だけでは何をどうやっても爆発せんそうだから、徹底的にやっちまえばいい。そういう訳だ、とにかく俺が先陣を切るから、突撃部隊を集めてくれ」
まったく出鱈目な強引さでもって、高谷は事を進めていく。
そうした中、尋常小学校の頃に読んだ荒唐無稽な忍者小説の文章が、どうしてか脳裏を過った。城にはだいたい秘密の裏口があるものよ。そんな台詞を思い出した彼は、件の誘導隊員と現地協力者を連れてくるよう命じた。
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