義烈奮戦! 原子兵器強襲艦隊⑩
テニアン島:捕虜収容所
侵攻してきた米軍に捕まってしまった高木青年は、つい先月まで熱心な拝米主義者だった。
横柄だが気のいい米兵が、釜山の丁子屋でしか手に入らぬようなパイナップル缶詰を、何とタダでくれたからである。まったくアメリカとは素晴らしい国だと思ったものだ。何しろ彼等によると、デモをして暮らすだけで豊かな生活が保障されるという。もちろんそれは大層しょうもない勘違いなのだが……元来がチャランポランな彼はイチコロで、これからはジョルジョット李を名乗ろうと一時は心に決めていたほどだった。
だが今現在の高木は、義憤に塗れた反米主義者になっていた。
頬が落ちるほど甘いパイナップル缶詰を、これっぽっちも寄越さなくなったからである。それどころかパンやコンビーフの配給まで消滅し、屈強な兵隊に理由もなくぶん殴られるようにもなった。諸々の事情に詳しい保崙部の朴博士によると、一度いい目を見させた後に奈落に突き落とす、植民地主義者の悪辣極まりない罠だという。黄金色の果実の味が忘れられぬ彼は、この悪逆非道に大いに怒り、犬糞野郎にも劣る白色人種をアジアより除かねばならぬと決意した。
そして同じく釜山出身で、仲良く虜囚となった労務者仲間の金村と韓とともに、朝食の限りなく味の薄い麦粥を啜りながら、米軍の鼻を明かす向こう見ずゲリラ作戦の密談を始めていたのだ。
「とにかく俺はやるぞ。メリケンの大事な施設に忍び込み、ぶっ壊してやるんだ」
「でもリーチ、いったいどうやって?」
普段ニコニコ顏の韓が盛大に首を傾げ、
「それに武器がないよ。丸腰のままでは蜂の巣だ」
「何だとお前こいつめ、俺は凄いぞ。こっそり忍び込んで武器ごといただくって寸法だぞ。臆病者のお前は唐辛子を触った手でイチモツを握ってればいいんだからな」
「リーチ、その話は止めろって。というか、何処に武器があるのか把握しているのかよ?」
「当然知っているぞ、なあ」
「そうなの。僕は知っているの」
金村が得意げに、女郎屋由来の妙な口調で喋り出す。
「滑走路の北の端にあるバラックがそうなの。昨日、空襲が終わった後、あそこの入口近くでアメリカの将校達が揉めているのを僕は見たの。きっとあそこに凄い兵器が隠してあるからに違いないの」
「おい、今の話はまことか?」
作戦会議の途中。まったく耳慣れぬ声が、突然真後ろから響いてきた。
いったい何者かと高木は振り返った。すると"CHOCOLATE"と書かれた大きめの段ボール箱が、何時の間にかぽつねんと置かれており……そこからガタイのいい陸軍中尉がひょっこりと姿を現したから驚いた。
「同胞諸君」
"同胞"の部分は朝鮮語の発音で、
「自分は502部隊の崔慶禄陸軍中尉だ。間もなく開始される反攻作戦を誘導するため、サイパンから特殊潜航艇で侵入した」
「おおッ、中尉殿。本当でありますか」
高木はたちまち勇気百倍。米兵達が苛立っていたのも、やはりそのせいなのかと実感する。
対する崔は、あとでこっそり楽しめと念を押した後、敷島煙草の箱を丸ごと寄越してきた。なかなかな太っ腹具合で、韓や金村とともに謝意を示そうとしたところ、礼はいらぬとの言葉が返ってきた。
「それより諸君、先程話していたバラックだが……」
崔は酷く真剣な面持ちで、テニアン島の地図を広げる。
「どの辺りか、付近の警備状況はどうか、大至急教えてほしい。 今月初め頃、サイパンで大きな爆発があったと思うが……あれは米軍の新型爆弾で、同じものがそこに保管されている可能性があるのだ」
「ア、アイゴッ!?」
異口同音に驚愕の声が響き、静かにするよう窘められる。
崔によると、相次ぐ敗北で二進も三進もいかなくなったトルーマン大統領は、新型爆弾ですべてをひっくり返そうとしているのだという。既に同盟国ドイツの首都ベルリンは廃墟と化し、その報復でワシントンD.C.が化学爆撃に晒されるなどしたが、米国の超強硬姿勢は未だ崩れていないとのこと。高木は米首都をニューヨークだと思っていたくらいだが、とにかく拙い状況なことだけは理解した。彼の口癖で言うならば、ディスイズ緊急事態という奴だ。
それから脳裏に浮かんだのは、2つ上の兄の顔であった。
東京近くの鋳物工場に働きに出ているのだ。金村や韓にしても親族の事情は似たようなもので、放っておけば身内が大変な目に遭ってしまうかもしれない。それに東京や大阪は守りが固いからと、故郷の釜山が攻撃目標となる可能性もある。遊びに行った先で戸棚の饅頭を全部食べたら、やたらと癇癪を起こされたなど、内地人については嫌な思い出も結構あったりはするが……とにかく今は新型爆弾阻止のため動かねばならぬ。付け焼刃のアジア主義を胸に、高木達は自らを奮い立たせ、出し得る限りの情報を伝えていく。
「なるほど。警備しているのは憲兵で、陸軍の爆撃機搭乗員とよく揉めている、か」
崔は手帳に鉛筆を走らせながらウンウン肯き、
「間違いなさそうだ、これで自分も務めを果たせる。それから諸君は同胞の誇りだ。可能な限り便宜を図るよう、絶対に上官に伝えておくので、故郷に戻った後に事業をやる心算などあったら陸軍を頼るといい」
「中尉殿、ありがたくあります」
高木はいい気分で応じた。崔は人懐こく微笑んだ後、すぐさま何処かへと消えた。
新型爆弾が云々はちょっと不安だが、本職の軍人サンがやってきたのだから、態々自分達が危険を冒す必要もなくなった。ならばここは這い蹲ってでも生き延び、せっかくできた陸軍のコネとパイナップルで年1万円を稼ぐ男になってやる。そんな稚気めいた夢を、金村や韓を相手に語り出す。
テニアン島:北飛行場特別格納庫
「おい、この糞馬鹿海軍野郎! あの時お前が邪魔しなければ、今頃すべてが片付いていたんじゃないのか」
第509混成部隊指揮官のティベッツ中佐は、一切の礼節を弁えることなく罵倒した
相手はパーソンズ大佐。ロスアラモスからやってきた技術系の海軍士官で、原子爆弾の運用に関する最高責任者である。しかし歴戦の爆撃機乗りが発散する殺気に、彼は圧倒されるばかりだった。
「ポール、何度も言うがあれは大統領命令だ。それにあの時はまだフリップナイツが……」
「ああ? 黙れよこのドブネズミ野郎! そんなものてめえが握り潰すか、文言を適当に捏造するかして、あの"リトルビッチ"をさっさとこちらに引き渡せばよかったんだろうがッ。それを憲兵まで使って妨害しやがって、いったい何を考えていやがった。それともお前はジャップ野郎のスパイか、なら今すぐ切腹でもしやがれ」
今にも胸倉を掴まんばかりの気迫で、ティベッツは尚も怒り心頭に発する。
階級の差すら一切考慮しない、品位に欠けるどころでない物言いに、特別格納庫の技術者達は揃って困惑していた。加えて大統領命令を何とも思っていないかのような、軍人としての資質を疑うような内容まで含まれている。傍から見ればほとんど狂犬だった。
それでも状況を考えれば、それも致し方ないかもしれぬ。
いよいよいざ出撃というところですべてが宙ぶらりんになった上、愛機にして原子爆弾搭載機たる"エノラ・ゲイ"は空襲で木っ端微塵になってしまった。また沖に絶対防衛線を敷いていたはずの機動部隊は、自爆攻撃機の集中的な突入を受けて航空母艦すべてを喪失。揚げ句に日本軍の上陸が迫っているから、早急に退避せよと言われたら――どうしてさっさと作戦を決行させなかったのかと、憤りまくるのも自然ではあろう。
「とにかく、とにかくだ、ここは仕切り直しする他ないんだ」
脂汗を垂らしつつ、パーソンズは何とか続ける。
「間もなく迎えの潜水艦が到着する」
「情けなく逃げろと言うのか、このウジ虫野郎!」
「滑走路から飛び立てない以上、どうしようもないだろう。ともかく第509混成部隊は"リトルビッチ"のコアとともに……」
姦しい東京ローズへの当てつけのような原子爆弾の渾名に、パーソンズは思わず顔を顰め、
「いったんマーシャル諸島に戻り、改めてそこで命令を受領することとなる。行き先は欧州になるかもしれん。この戦争はもはや無茶苦茶だが、だからこそ最終兵器を失う訳にはいかないんだ」
「ふん、糞ったれが」
ティベッツは吐き捨て、しかしようやく撤退作戦の詳細を尋ね始めた。
このままでは東京への原子爆弾攻撃など実行できぬ、それは重々承知の上である。潜水艦は今日の夕刻にも到着するとかで、狭苦しく重油臭い艦内で正月を迎える破目になりそうだが、来年こそは絶対に勝利の年としてやろう。強く心に誓った彼は、枢軸国すべてを原子爆弾で屈服させる未来を改めて脳裏に描き――鳴り響いた空襲警報がそれを台無しにした。
「畜生、またジャップ野郎のお出ましか」
「どいつもこいつも何をやっていやがるんだ」
罵詈雑言を撒き散らしながら、将兵があちこち駆け回る。
空襲は上陸作戦の前兆という可能性が高そうで、とすればこんなところに1秒たりとていたくはない。専用の防空壕へと急ぎつつ、ティベッツはあれこれ思案を巡らせ、同時に言語にし難い違和感を覚えた。
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