義烈奮戦! 原子兵器強襲艦隊⑨

太平洋:サイパン島北方沖



「ようやく追い詰めたぞ、邪神の眷属なる呪われし食中毒空母め」


「今日という今日こそ、貴様を暗い海の底へと沈めてくれるわッ!」


 改装標準戦艦部隊を率いるチャンドラー少将は、顔面を猛烈に紅潮させて絶叫する。

 乗組員達も狂騒状態で、実際勝負あったと断じられそうな戦況となっていた。マーシャル諸島をより到来した49機のB-24長距離雷撃型の戦果は、敵小型空母と重巡洋艦に魚雷を1発ずつ命中させ、煙幕を張っていた駆逐艦1隻を撃沈するに留まった。しかし重要なのは、その過程で忌々しい敵艦隊に回避運動を強要したことだ。結果、彼我の距離は随分と縮まり、そろそろ14インチ砲弾が命中しそうな頃合いとなってきていた。


 無論のこと、座乗する戦艦『カリフォルニア』の被害も軽微とは言い難い。

 ノコノコやってきた扶桑型は早急に脱落させたものの、その後に襲ってきた艦載機により、艦上構造物は滅茶苦茶に叩かれた。両用砲群はほぼ全滅状態で、射撃管制レーダーは当然のように機能を喪失。後続する『ニューメキシコ』の火災は未だ鎮まっておらず、しかも第二砲塔が旋回不能になったとの報まで齎されたくらいだ。

 とはいえ――速度は一切衰えていない。このまま遮二無二突っ込んでいけば、必ず仇敵を撃滅できるはずだった。


「艦長、そろそろ当てられそうか?」


「もう間もなく、食中毒空母の腸を切り裂いてご覧に入れます」


 艦長のバーネット大佐がニマリと笑い、


「それに第52および第53駆逐戦隊が突撃を開始する模様で。こりゃ競争ですな」


「ならそちらにも勝たんとな」


 チャンドラーも期待に胸を弾ませ、敵艦隊のある方へと視線をやる。

 直後、高く擡げられた主砲4門が火焔を吹いた。秒速800メートル超の初速を与えられた14インチ砲弾は、数十秒の後に目標近傍の海面へと突き刺さる。照準は甘い。しかし焦らず狙っていけば、いずれ命中打を得られそうな雰囲気だ。


 そうして食中毒空母を撃沈した後には、『カリフォルニア』もその呪詛を一身に浴びるのだろう。

 だがそれが何であろうか。狂気の自爆攻撃によって第58任務部隊が壊滅した今、自分達の末路は定まっているようなものだ。であれば重要なのは、この先何処まで行けるかだ。可能な限り多くの敵艦を撃沈し、運命を甘受しつつも最後まで足掻いて見せるというのは、なかなかに面白い展開ではなかろうか。


「そうだ、俺達は止まれねえから……おおッ!?」


 ただ前へと前甲板近傍の海原が、まったく前触れなく奔騰した。

 屹立した水柱の暴力的なまでの大きさに、チャンドラーはただ言葉を失う。不敵な笑みを絶やさなかったバーネット大佐も、それまで興奮の渦に呑まれていた乗組員達も、極寒の冷気に当てられたかの如く凍り付く。


 18インチ級の砲弾によるものであることは、もはや明々白々と言う他ない。

 信じて送り出した新造戦艦を悉く撃沈し、無敵の名を恣にした太平洋の女王。混沌の化身が如き食中毒空母とはまったく別種の神話性を帯びた、原初の恐怖を惹起して余りある6万トン超の巨艦。所詮は改装標準戦艦なる『カリフォルニア』ではまったく太刀打ちできぬそれが、自分達を照準してきているという事実に、誰もが戦慄せざるを得なかった。


「ほ、方位315、距離22に敵戦艦、恐らく大和級ッ!」


「ば、馬鹿なッ……すべて大破し入渠中ではなかったのか!?」


 頬を引き攣らせ、チャンドラーは呻いた。

 海軍情報局の分析を嘲笑うかのように第二射が落下し、禍々しいまでの水柱が立ち上る。





「ははッ、待たせたなゴロツキども!」


 戦艦『大和』に重巡洋艦『伊吹』、第二水雷戦隊からなる第一遊撃部隊。それを率いる遠藤中将は、何処か恍惚とした口調で豪語する。

 彼の精神は実際、史上最強の戦艦によって励起され切っていた。これまでに乗り組んできた元フランス戦艦の『伊予』だの重巡洋艦『鳥海』だのとは圧倒的に格が違う、生ける伝説と化した大軍艦。そんな彼女に将旗を掲げているのだから、武者震いせずにいられるはずがないというものだ。


 もっとも今現在の『大和』は、まったく本調子でないのもまた事実。

 速力こそ定格を回復しているものの、米巨大戦艦『メイン』との死闘で負った深手は、完全に癒えたとは言い難い。1.7トンの超重量砲弾を再び食らうようなことがあったら、ヴァイタルパートを容易く射抜かれてしまうかもしれぬ。更に第二砲塔は『武蔵』の、第三砲塔は『信濃』のそれを強引に移植した形で、主武装をごっそり剥ぎ取られた姉妹が柱島に停泊している状況というから凄まじく――端的に言うならば、最初から傷付いた猛獣を、強引に出撃させた形なのである。

 それでも格下4隻を、しかもこれまでの空襲と砲戦で相応に損傷したはずのそれらを相手取るだけであれば、実際どうということはなさそうだった。


「ともかく先頭の2隻を、早いとこ平らげてしまおう」


 遠藤は二時方向の水平線を睨み、必殺の気合を発散する。


「あれらは既に『天鷹』を射程に捉えておる。下手をするとゴロツキの粗忽者ども、それから陸軍のタコどもがやられてしまうかもしれん。まったく腹立たしい連中ではあるが……今回ばかりは皇国のため、きちんと任務を遂行してもらわねばならんからな」


「第一強襲艦隊主力、既に乙字運動を始めておるようです」


 参謀長の森下少将が補足する。

 砲戦にあって蛇行を繰り返せば、確かに弾は当たり難くなるが、当然距離を詰められる。しかし既に最強の戦艦が到着した。ここで重要なのは、致命的なまぐれ当たりを食らわぬよう務めることに他ならぬ。


「敵が勇者ならば、あと数射以内に当たります」


 艦長の有賀大佐も自信満々にそう断じた。

 程なくして時計を持った士官が、弾着時刻の到来を告げる。第3射として放たれた6発の46㎝砲弾は、すべてが敵艦を通り越すかに見えたが、最後の1発だけはその手前に落下、巨大なる水柱を奔騰させた。


「敵一番艦、挟叉しましたッ!」


「次より斉射。ここで討ち果たしてみせよ」


 砲術長が宣言し、『大和』は我が意を得たりとばかりに吼える。

 猛烈なる爆炎とともに放たれた9発が、20海里向こうの目標に向け、蒼穹に大なる弧を描いていく。成層圏へと到達した後、大角度で落下したそれらが、尚も第一強襲艦隊を襲撃せんとしていたテネシー級戦艦を包み込む。挟叉を得たとはいえ、流石にここで命中とはならなかった。


 それでも撃ち続ければ、いずれ命中打を得られるはずである。

 第5、第6と斉射を続けた矢先、遂に敵艦に閃光が瞬いた。見張り員より齎された朗報を、得意冷然の姿勢で受け止めた『大和』の乗組員達は、更なる打撃を与えんと奮闘努力する。そしてそれは間もなく実を結んだ。多少は改善されていたとはいえ、所詮は前世界大戦期の標準戦艦。追加で46㎝砲弾2発を受けた老嬢は、火山噴火の如き大火焔を第二砲塔付近より噴き上げ、たちまち真っ二つとなったのである。


「敵一番艦、爆沈」


「目標、敵二番艦。叩きのめせ」


 遠藤はこの程度当然とばかりに鼻を鳴らし、照準変更を命じた。

 もっとも敵二番艦なるニューメキシコ級は、もはや勇者ではいられなくなっていた。彼女は大きく面舵を切り――怯懦に対する天罰とばかりに、その左舷に酸素魚雷が突き刺さる。特設機動部隊より馳せ参じたる重雷装艦の『大井』が、距離2万5000で放ったうちの1発だった。





「おおッ、遠藤中将! この御恩は一生忘れませんぞッ!」


 思いがけぬ増援に、高谷中将も激烈に感激した。

 まあ感情というのは概して揮発性のもので、帰投した直後にまたつまらぬ理由で大喧嘩をしでかしたりするのだが――この瞬間のそれは間違いなく本物だった。


 それに実際、第一遊撃部隊の獅子奮迅ぶりは特筆に値しまくった。

 日本の誇りと謳われし戦艦『大和』は、厄介なる改装標準戦艦2隻を立て続けに撃沈し、更に後続していたコロラド級に乱打を浴びせている。迫りつつあった米駆逐艦群にしても、重巡洋艦『伊吹』と第二水雷戦隊によって蹴散らされつつあった。中には航空母艦『天鷹』の10キロ圏内に殴り込み、雷撃を仕掛けてきた艦もあったものの、自称超勇ましい少将が強引に発艦させた回天が、魚雷を銃撃で無力化するという椿事も出来した。


「実際、本当に危ないところでした」


 航海参謀の鳴門中佐は思わず溜息。

 護衛艦艇の被害は確かに甚大だ。巡洋艦は『足柄』と『羽黒』が辛うじて浮かんでいるのみで、航空母艦『千歳』も被雷し中破。駆逐艦も健在なのは僅か6隻、残りは沈んだか戦闘航行に支障ありといった状況である。


「とはいえ、回天搭載艦はほぼ無事です。『熊野丸』の火災も間もなく鎮火の見込みと」


「うむ。メイロ、大分お前のお陰だ。それに最後にどでかい水雷戦をやれて、あいつらも本望だったろう」


 高谷は微妙に苦しげに、しかし確固たる口振りで言う。

 敵艦隊に捕捉されたことは、当然ながら司令長官の過失である。しかし反省会などやっている余裕はないし、一文の得にもなりはしないから、今はそう思い込んでおかねばならぬのだ。


「ともかく急ぎ回天作戦の準備を急げ。テニアンには陸海軍の爆撃機が空襲を仕掛けておるはずだが、敵の工兵はべらぼうに優秀らしい。さっさと滑走路を占拠しちまわねばならん。そのためにも……」


 高谷はふと艦橋を見回し、


「おい、自称超勇ましいのはどうした?」


「それが、その」


 上陸作戦参謀の山崎大佐が渋面を浮かべ、どうにか口を開く。


「長少将は負傷されました。ラッタルを踏み外して盛大に転げ落ち、あちこち骨折とのことで」


「は、はあ!?」


 あまりに間抜けとしか言えぬ事態。高谷は唖然とし、頭を抱えた。

 いざ原子爆弾奪取作戦発動という時に、いったい何をやっているのか。すべては世界を惑わす変テコな神の仕業、そうとしか考えられぬような雰囲気だった。


 とはいえチリンとなった鈴が、己が今甘寧などという渾名を想起させた。

 ついでに言うなら自分は、陸海軍合同部隊の指揮官でもある。先程コロラド級の行き脚が止まったとの報があったように、マリアナ沖の米艦隊は一掃されつつあるようだし、義号作戦の目的はもはや記すまでもない。であればここは陸式に倣うべきかもしれぬ。そんな考えが脳裏を過り、高谷は無鉄砲にも意を決した。


「よし、ならば俺が機動第1旅団の陣頭指揮を執る。今甘寧の本領発揮という奴だ」

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