義烈奮戦! 原子兵器強襲艦隊⑧

太平洋:サイパン島北方沖



「むむッ、些か不味い事になってきたぞ……」


 航空母艦『天鷹』の司令長官席に堂々と座し、失意泰然の姿勢を貫かんとする高谷中将も、脂汗を隠せなくなってきた。

 咄嗟に発艦させた艦載機によるロケット弾攻撃や、第八戦隊の驚異的なまでの奮戦の甲斐あって、避退中の航空母艦および陸軍特種船に被害は生じていない。それでも多勢を誇る米駆逐艦群は、巧みに舵を切りつつ、稲妻の勢いでもって両翼から迫ってくる。三式弾でもってその進撃を阻まんとする『扶桑』に続き、各艦は検波信管付きの高角砲弾を撃ちまくるが、それは既に十数キロまで接近されているという意味でもあった。


 それから特に厄介なのが、予想外の速力で迫ってくる2隻の戦艦だ。

 火力を4分の1減じたのと引き換えに、強力なる機関を積み増したと思しきそれらは、既にこちらを主砲の最大射程内に捉えてきている。巨大なる水柱こそ周囲に屹立し始めてはいないものの、それは特設機動部の護衛艦艇が間に合ったからでしかない。しかも増援部隊の中核にして、第一強襲艦隊の救世主となるかと思われた戦艦『山城』は……初っ端から14インチ砲の乱打を浴び、既に劣勢というあり様だった。


「現状、第一機動艦隊の攻撃隊が頼りだ。到着までどれほどだ?」


「あと20分はかかるようです」


 またも貧乏籤と口さがない航空参謀の草津大佐が、青い顔をしながら回答する。


「ついでに搭載しているのは陸用爆弾、戦艦相手にどれほど効果があるかは……」


「無理にでも流星に雷装させるべきだったか」


 高谷は大いに歯軋りする。

 普段は主力艦撃沈と勇みまくっている彼だが、流石に今回ばかりは、最大の脅威たる駆逐艦の撃滅を優先させた。だがまったくの結果論であるとはいえ、その判断がとんだ間違いになってしまった訳である。神はとんだ悪戯小僧というか、猫のインド丸に制帽を被せたような適当な生き物なのかもしれぬと思えた。


「ううむ、どうしたものか」


「中将閣下、いざとなったら我々が出ますぞ」


 異常に勝気な声が突然に轟く。

 誰かと思えば機動第1旅団の、自称超勇ましい長少将であった。


「回天でもって敵戦艦を爆撃した後、驚天動地の空挺斬り込み作戦をやってのけてご覧に入れましょう。ですので実施に際しては、対空火力制圧の助力をお願いしたく」


「流石に無茶が過ぎる。また酔っ払っておるのか」


「おや、今甘寧中将閣下らしくありませんな。確かに敵戦艦への空挺斬り込みはたった今、頭ン中で閃いたような代物ですが、気合と大和魂次第でどうにでもなるでしょう。とにかくここで沈められたら元も子も……」


「十二時方向に敵機多数!」


 電探室からの酷く切迫した報告が、突飛な論争を吹き飛ばす。

 艦隊の正面およそ80キロの空域に、大型機と見られる数十機が確認されたとのこと。200ノットで急速接近中のそれらは、マーシャル諸島より到来した、厄介極まりない長距離雷撃機に違いない。


「糞ッ、こんな時にかッ! 迎撃急げッ!」


 高谷は即断。駆逐艦を襲撃中の紫電改に、艦隊上空に集結するよう指示が飛ぶ。

 ただロケット弾攻撃の後に機銃掃射を反復していたこともあり、弾数の少ない機ばかり。第一機動艦隊の攻撃隊には、恐らく艦戦も付随しているだろうが……暫くは現有戦力だけで凌がねばならぬ状況だ。





「猛虎小隊、間もなく敵編隊が見えるはずだ。これを迎撃してくれ」


「猛虎一番、了解。メリケンゴロツキを千切っては投げてやる」


 当然のように率先垂範の打井中佐は、ひたすらに戦意を滾らせ応答した。

 それから航空無線の周波数を一時的に変更し、麾下の者どもに注意を促す。航空母艦『天鷹』の迎撃管制員によると、敵編隊は既に10キロ圏内。彼は愛機たる紫電改の翼を幾度となく翻させながら、視力を総動員してその捜索に当たった。


 とにかく可能な限り遠距離で発見する、艦隊防空においてはそれが肝要だ。

 加えて敵の陣容を把握しなければならなかった。電探では大まかな機数や速度、大型機か小型機かといった程度のことは判別できるものの、どの機種がどの程度いるかといった情報は、実際に会敵するまでは分からない。それを空戦でもって確かめ、艦隊防空を最適化せしめるのが、栄えある一番槍の役目でもあるのだ。


(ゴロツキども、何処だ……?)


 明るみ始めた空の中、打井は双眸をぎらつかせ、眼下を浚うように睨みつける。

 敵はマーシャルより到来した、B-24長距離雷撃型である公算が高いとのこと。であれば既に高度を落としているはずで、何の変哲もなさそうな大海原に、微妙な違和感が混ざっていないか確かめていく。


「むッ、そこかッ!」


 一面の紺碧の中に浮かび上がった、海洋迷彩を施された大型機の群れ。

 高度は1000メートルほどだろうか。4基のエンジンを唸らせて反航していくそれらは、第一強襲艦隊を空襲せんとするB-24長距離雷撃型に違いない。


「こちら猛虎一番、敵機発見。コンソリ、数およそ12」


「猛虎小隊はただちに迎撃に当たられたし」


「猛虎一番、了解。これより連戦連勝開始」


 母艦に敵情を通報し、交戦許可を得た打井は、とにかく殺意を拳に込める。

 それでいて滑らかな手つきでスロットルを全開まで開き、十分に加速した辺りで180度横転。背面飛行へと移った後、操縦桿を引き寄せ下向き縦旋回。身体に降りかかる重圧は、すべての骨が複雑骨折しそうなほど凄まじい。それでも次第に天地は戻っていき、是が非でも誅すべき機影が、次第に明るさを増していく視界の中央に捉えられる。


「よし、一番機からだ」


 打井は目標を定め、照準器の光環を点灯させる。

 20㎜機関砲の引き金に自ずと指がかかった。弾数は4門合計で残り300発ほどだろうか。仮にそれらが尽きたならば、あとはプロペラで敵機を切り裂く他なくなるが、余計な物思いは絶対に禁物。すべては猛烈なる十字砲火を突破し、最も技量の優れた敵を撃墜してから――そう思った直後、彼は何か異様な気配を察した。


「てめえッ……!」


 咄嗟に左旋回へと入った紫電改のすぐ脇を、猛烈なる弾雨が駆け抜ける。





「待ってたぜェ、この瞬間をよォ!」


 怪物的な雄叫びを上げるタウンゼント大尉は、まさに阿修羅さながらだった。

 双胴戦闘機P-61でもってB-24長距離雷撃型に随伴し、帰りは最悪カタリナ飛行艇という前代未聞の護衛作戦。ジャップ野郎に出来て俺等にできないはずがない。あまりにも命知らずな任務に、そう言って真っ先に志願するような者が、世間一般の常識で計れるような人物でないことは明白だが……長時間の飛行に伴う猛烈なる疲労を、激烈なる憤怒でもって吹き飛ばしてしまってすらいた。


 何しろタウンゼントは、メジュロ環礁での重大事故の生き残りなのだ。

 食中毒空母が悪辣なる黒魔術によって化学兵器運搬船を攻撃した際、また嗅覚の何割かを喪う破目になった。だが何より許せなかったのは、いざ出撃という時にふらついた味方機が突っ込んできて、愛機を含めた数十機が破壊されてしまったことだろう。そのため数か月の戦線離脱を余儀なくされた彼は、病床にあって航空母艦『天鷹』の更なる悪魔的所業に接し、絶対に復讐を成し遂げると神に誓った。とすれば今がまさに千載一遇の好機というものだった。


「チャーリー、後ろから来る敵は片っ端からミンチだ」


「アイサー。お任せを」


 後部機銃員のアイガー軍曹が元気よく返答。


「旋回機銃だろうと負けやしませんぜ」


「よし。糞野郎どもを冥府に送っちまうぞ」


 タウンゼントは全身に気合を入れ、頼もしい小隊の仲間とともに、獣の数字の敵機を追撃せんとする。

 命懸けでここまで来てているのだから、撃墜数を増やしたいところだが――実のところそれは相当に難しい。軽快さで言えば、やはり単発戦闘機の方に分があるもので、しかも敵は運動性能に優れるジョージ。先程の奇襲に当たって、僚機が叩き落した敵四番機以外は、既に態勢を立て直してしまっており、下手な襲撃を仕掛けようものなら、返り討ちに遭うのが関の山と思われた。


(だがだからこそ……)


 落ち着かねばならぬ。決闘での勝利を渇望する己を少しばかり抑制し、速度を落とすことなく戦場を駆ける。

 戦争はどうあっても、タイマン張っての喧嘩ではない。今はジョージを撃墜することが叶わなくとも、その動きを拘束し続けることができれば、味方はその分自由に動ける。ともかく総合的に勝ち、生き残って次の戦いに臨めるようにすることが重要なのだ、そう逸る心に言い聞かせる。


「あッ、六時上方に敵機」


「おう」


 短く応答。タウンゼントは操縦桿を回し、引き寄せた。

 鈍い衝撃と金属の拉げる異音が、後方より悍ましく伝わってくる。敵弾を何発か食らったのだろう。しかし手足の感覚からして、飛行性能に影響は出ていないようで、勝負はまだまだこれからと敵愾心を燃え上がらせた。


 そうして燃料が切れるまで粘って戦い抜けば、敵は呪われた母艦を喪うだろう。

 ふと西の空を一瞥すれば、守るべきB-24長距離雷撃型の群れが、1機として欠けることなく敵艦隊へと驀進していく様が目についた。彼等に手出しさせぬことこそが、最大の戦果と何よりの復讐へと繋がる。かような確信と激憤を胸に、決して有利ならざる空戦を継続する。

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