義烈奮戦! 原子兵器強襲艦隊⑦

太平洋:サイパン島北方沖



 夜明け前、突如として勃発した水上戦。その原因としては、敵味方の誤認が挙げられた。

 というのも黒島少将率いる特設機動部隊が、生還を期さぬ特別攻撃隊をもって米空母を痛撃し終えた後、第一強襲艦隊に合流する手筈となっていたためだ。無論、天麩羅軍艦こと『伊笠丸』やその他特設艦にまともな航空戦力は残っていなかったが、まあ囮にはなるだろう。それに戦艦『山城』や重巡洋艦『古鷹』など、そこそこに有力な艦艇も揃っていたから、義号作戦を遂行する上では利点しかあるまいと判断されたのである。


 だが蓋を開けてみれば、これがとんでもない事態を招いてしまった。

 オルデンドルフ中将麾下の第56任務部隊も、まったくの偶然ながら、特設機動部隊と似た航路で殴り込んできていたのだ。実のところ、ほぼ30海里間隔で並走状態だったというから恐ろしい。結果、当初は誰もがこれを味方と思い込み……どうも様子がおかしいからと確認を取ったところ、ようやく敵と判明したという顛末である。お粗末と言えばお粗末、ありがちと言えばありがち。ただ米駆逐艦群は既に、35ノット超で突っ込んできているとのことだ。


「糞ッ、えらいことになった」


 司令長官たる高谷中将も、この展開には流石に仰天せざるを得ぬ。

 確かに敵ながら天晴ではあった。だが今は国運を賭したる一大作戦の真っ最中、悠長な評価などしている場合ではない。テニアン強襲が失敗に終われば、帝都に原子爆弾が落ちかねないのだ。


「とにかく空母と特種船を避退させる。七航戦および一陸団、それから『扶桑』はただちに反転……」


「中将、ここは八時方向へ離脱させましょう」


 すかさず進言するは、航海参謀の鳴門中佐である。


「そちらが風上ですから艦載機を発艦させるに有利ですし、特設機動部隊をそのまま直進させれば、追撃を仕掛けてくる各艦の鼻先を押さえられます。無論、距離は多少縮められはしますが……ここは合流を優先するべきかと」


「なるほど、それでいこう。メイロ、感謝するぞ」


 高谷はニマリと笑み、冷や汗を垂らしながらもあれこれ命じていく。

 猛烈な勢いで波濤を蹴立てる米艦隊を牽制するべく、重巡洋艦主体の第八戦隊および第四水雷戦隊が最大戦速で突撃。航空母艦『天鷹』および『千歳』、『千代田』も遁走しつつ、迅速に艦載機をカタパルト発進させてそれを援護する形だ。


 ただそうであっても、敵は圧倒的なる戦力を有している。

 巡洋艦の数こそ辛うじて互角ではあるが、小回りの利く駆逐艦はこちらの倍以上。それらが戦艦4隻の援護の下、死に物狂いで殴り込んでくる訳である。当然、迎撃を突破される可能性も十分以上に高く、被雷や沈没という最悪の可能性が脳裏を過った。そうした脅威を事前に排除するはずだった第一機動艦隊は、テニアン島に向けるはずだった陸用爆弾搭載の攻撃隊を、急ぎこちらに寄越そうとしているらしい。


「まったく……普段威張り腐っておった割に、肝心かなめの時にこれか」


 己が警戒の不備を棚に上げ、高谷はとにかく憤る。


「とはいえ、敵戦艦がどれも鈍足なのが救いだな」


「ええ。用済みの婆さんみたいなのばかりです」


 『天鷹』艦長の陸奥大佐が、独特の表現を交えて言う。


「であればこの『天鷹』はおろか、陸軍特種船にも追い付けんでしょう。厄介極まりないアイオワ級戦艦は、昨日の特別攻撃で撃沈したようですし。であれば艦載機には駆逐艦の排除を優先させるべきかと」


「うむ。今日ばかりは大物を狙えとは言わん」


 高谷は肯き、ロケット弾搭載の流星を急ぎ発艦させろと命令する。

 ただ頭に引っかかるものがあった。本当にここで主力艦を狙わなくてよいのか。この期に及んで馬鹿げた疑問を投げかけてくる、未だ精神域内に潜む功名心らしき何かを、彼はどうにか捻じ伏せる。





 航空母艦『天鷹』より真っ先に射出されたのは、指揮戦闘機の彩雲であった。

 目的は戦場の鳥瞰である。特に偶発的な水上戦が勃発した場合、敵味方の艦艇が何処でどう戦っているかを一元的に掌握することは、実のところ想像以上に難しい。であれば艦隊の視神経となり得る、偵察能力に優れた機体を空の上に展開させ、戦術観測情報を随時送信させればよいという結論に達したのだ。


 そしてその結果を基に、攻撃隊をも統率していかねばならぬ。

 即時投入可能な流星は決して多くはない。航空母艦3隻合わせて、たったの24機でしかないのだ。回転翼機によるテニアン島空挺作戦の準備が最優先となっていたが故で、それに付随しての近接支援をやる予定であった機を、急遽そちらに回した形である。一方、敵の駆逐艦は30隻以上。ならば戦闘はとにかく効率的にやらせねばならぬはずで、現場指揮官として空へと上がった博田少佐の責任は、とてつもなく重大という他なかった。


「臨機応変の火消し作戦だ。宇野、しっかり見張ってくれ」


「お任せください」


 宇野飛曹長の自信に満ち溢れたる声が、伝声管より伝わってきた。

 4500メートル下の海原には、ゴマ粒のような影が幾つも散らばっている。時折チカチカと瞬いたり、黒煙を吹き上げたりするそれらこそ、今まさに合戦中の艦艇に他ならぬ。


「敵第1群、先頭艦が被雷……あッ、更にもう後続艦も被雷の模様」


「軽巡洋艦『由良』、速力低下。落伍します」


 がっぷり四つに組んでの激戦。その様子が随時伝達され、博田はそれらを取りまとめていく。

 味方艦の被害を耳にするのは、胃が抉られるような気分だった。それでも努めて冷静沈着に状況を整理し、どの敵を叩くべきかを判断していく。実際、数に任せた敵の方が優勢だ。必殺の酸素魚雷がクリーブランド級の舷側を抉ったりはしているものの、大破炎上する重巡洋艦『加古』のすぐ脇を、複数の米駆逐艦が疾駆していっているようだ。


「よし、『天鷹』隊は左翼の敵駆逐艦を叩け」


「了解。ゴリラパワー全力全開ッ!」


 航空電話越しに、五里守大尉の獣的咆哮が響いてきた。

 ロケット弾を抱えた流星が8機、一糸乱れぬ降下を開始する。避退中の航空母艦と特種船を守るは、戦力として心許ない松型駆逐艦4隻と、砲塔の半分と射撃管制能力を喪失したままの『扶桑』のみ。とにかく今は敵を近付けぬことが最重要で、再び状況整理に戻ろうとしたところ、とんでもない報告が耳朶を奇襲した。


「少佐、敵戦艦2隻が増速しております」


「な、何ッ……!?」


 博田は仰天し、思わずその方向へと双眼鏡を向けた。

 既に最大速力たる21ノットで疾駆していたはずの米戦艦群。その先頭を進んでいた2隻が、確かに速力を増していたようだった。いったい如何なる絡繰りか。異常事態に戦慄しながらも、テネシー級およびニューメキシコ級であるはずのそれらを具に観察したところ――艦影が随分と変わっていることが、まったく遅まきながらも判明した。





「よし、このまま一気に突っ込む。ここで食中毒空母に止めを刺し、積年の恨みを晴らすのだ」


「ボイラーがイカレちまっても構わん、何としてでも主砲の射程にあれらを捉えろ」


 かくの如く獅子吼するは、勇猛果敢なるチャンドラー少将に違いない。

 彼の座乗する戦艦『カリフォルニア』と、後続する『ニューメキシコ』は、驚くべきことに25.2ノットで海原を驀進していた。本来出し得ぬはずの速力を発揮している彼女達こそ、オルデンドルフ中将の言う隠し玉第一弾で、実際この2隻の存在があったが故、ブルデネル准将の軽騎兵が如き突撃が決断されたという側面すらあった。


 ではいったい何故、かような芸当が可能となったのか。

 その原因を辿っていくと、何と戦艦『大和』に行き着いてしまう。開戦から1年あまりの間に見せた彼女の悪魔的なまでの活躍が、アイオワ級の増勢やモンタナ級5隻の起工に繋がったことはあまりにも有名であるが、同時に旧式戦艦の改装によって戦力を底上げする案も、こっそりとではあったが可決されていたのだ。そうして大修理を必要としていた2隻が選定され……火器管制系の刷新や対空火力の拡充に加え、第三砲塔を丸ごと撤去して機関部を増強するなどした結果、25ノットで航行可能な堅艦に生まれ変わったという訳である。


 もっとも諸々の事情が重なった結果、再就役は1944年の末頃にまで伸びてしまった。

 更に言うならば、元々の要求はノースカロライナ級以降の新型戦艦に随伴可能というものだった。結果、国費と時間のとんでもない無駄遣いだったのではとの批難が殺到し、心ない言葉の洪水をワッと浴びせられた責任者が世を儚んで拳銃自殺する始末。幾ら戦時の混乱が故のものであったとしても、あまりにも場当たり的過ぎる計画だったのではないか。かような声は多分に後知恵を含んではいたものの、費用対効果があまりにも悪かったという事実は、どうあっても否定し難かった。


「とはいえ、ここで敵空母を沈めるには好都合」


 チャンドラーは意気込み、水平線の彼方を凝視する。

 最重要目標までの距離はおよそ19海里。主砲弾がどうにか届くか否かといった間合いで、弾着観測機も出せぬ状況であることから、命中はまるで期待できない。しかしこのまま追い込み続ければ、いずれ有効打を与えられるはずだった。


 加えてオルデンドルフ中将の隠し玉は、もう1つ存在しているのである。

 間もなく姿を現すはずのそれらとの連携が上手く決まれば、忌々しき敵揚陸艦隊を一網打尽にできるだろう。無論、その後には本当に任務部隊ごと消滅する運命にあるのかもしれないが……誰も彼も、とうに覚悟は決めている。真に海の男と呼ばれるべき者は、決して臆したりはしないのだ。


「方位95、距離30に新たな敵艦隊」


 レーダー室より新たな報告が飛び込み、


「針路330、速力24ノット。大型艦らしきものを含む」


「ふん、こちらの頭を押さえる心算か。そうはいくか。まずはそちらから沈めてくれる」


 チャンドラーは獰猛に唸り、砲戦に備えるよう命令する。

 それから間もなく、新手は扶桑型の『山城』を含んだ艦隊と判明した。状況からして、インチキ機動部隊に見せかけて自爆機を放ってきた仇敵の護衛艦艇と見られ、乗組員の戦意は一気に燃え上がる。

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