義烈奮戦! 原子兵器強襲艦隊⑥
太平洋:サイパン島北方沖
戦力の大部分を喪失した第5艦隊にあって、唯一まともに残ったのが戦艦部隊であった。
無論のこと、ノースカロライナ級以降の新型艦は1隻とて存在していない。それでも16インチ砲搭載にして第56任務部隊の旗艦たる『ウェストヴァージニア』は、突入してきた自爆機の爆弾が不発であったが故に健在で、改装によって微妙に姿を変えた『カリフォルニア』と『ニューメキシコ』がそれに続いた。最後尾を守る『ストーンウォール・ジャクソン』という命名規則を外れた艦は、元々はチリ海軍の『アルミランテ・ラトーレ』だったりするのだが、彼女も遅れることなく追随してきていた。
それからその周囲を固めるは、結構な数の補助艦群だ。
歴戦の重巡洋艦『オーガスタ』に、クリーブランド級軽巡洋艦が4隻といった具合で、駆逐艦に関しては合計3ダースに達してすらいた。元々あった随伴艦に、第58任務部隊の残余が合流した形である。更に後方15海里には、未だに1個は残っている護衛空母群が控えていて、それと合わせたならば、確かに相応の戦力と見えそうではあった。
(とはいえ、夜が明ければ壊滅は免れ得ぬ……)
指揮官たるオルデンドルフ中将の口許より、凄まじい歯軋りの音が聞こえてくる。
予想される未来は実際、あまりにも暗澹たるものだった。10時間後に陽が昇ると同時に、恐るべき自爆攻撃が再開されるだろう。日本軍がカミカゼなどと呼称している最悪の暴風が吹き荒れたならば、この程度の艦隊など容易く四分五裂してしまうに違いない。あるいは通常の空襲が行われるのだとしても、敵には無傷の翔鶴型1隻と雲龍型3隻が存在しているから、少なくとも巡洋艦より上はすべて海の藻屑と化してしまいそうだった。
そしてそれはすべての将兵の心理に、黒よりも暗い影を投げかけていた。
つまるところ、士気崩壊が間近に迫っているのだ。頭を抱えてすすり泣く将兵の姿を、これまでに何度見たか分かったものでなく、何かあれば致命的なパニックに至ってしまいかねなかった。作戦室に詰めかけた参謀達も大して変わらない。自分達が盾となって逃がしたはずの揚陸船団1個群が、訳の分からぬ方向から突っ込んできた高速戦艦部隊に蹂躙されたという悲報を、酷く空虚な面持ちで聞いているようなあり様だった。
「諸君、状況は思わしくない。もっと端的に言うならば最悪だ」
天日干しにされたコーラの方がまだ気合の入ってそうな雰囲気の中、オルデンドルフは口火を切る。
「だがここで諦める訳にはいかん。諦めたらそこで試合終了であるし、諦めはすべてを殺してしまう。ならば断固たる意志をもって、苦境を啓開していかねばならない。それが一番重要なことだ」
「しかし、その、どうすべきでしょうか?」
擦り切れたような表情の参謀長が、虚ろな目で尋ねる。
「率直に申し上げて、大変申し訳ございませんが、打つ手が何も思い浮かびません」
「たった今、打開策を思いついたのだ」
オルデンドルフは自信ありげに声を張り上げた。
室内の空気が一変したのが、皮膚を通じてありありと分かった。たとえそれがどれほど過酷な内容であったとしても、方針を示して部隊を動かすのが、指揮官に求められることに違いない。
「盾になれとは言われたが、盾が動いてはいかんと言われてはおらん。ならばこちらも死中に活を求めるまで。食中毒空母を含む敵揚陸艦隊を捕捉撃滅し、もってテニアン島防衛を達成するのだ。その後、我々は全滅させられるかもしれないが……そうだとしても永遠に生きられもするだろう。歴史の中で、永遠に生きてやるのだ」
「ええと、増援の到着を待たなくてよろしいのでしょうか?」
作戦参謀が驚異に瞬きし、
「それにあの忌々しい食中毒空母を狙うのですか? このところ重度の下痢や脱毛、原因不明の出血に皮膚の紅斑と、訳の分からない症状の見舞われる将兵がこのところ増加気味で……食中毒空母の呪いではとの噂が広がっております」
「呪いなどあり得ん。馬鹿な発言は止めるのだ」
あまりに非科学的なそれを即座に切って捨てる。
サイパン島への原子爆弾攻撃で生じた放射性物質が、一旦上空へと巻き上げられた後、地上支援を実施中だった第56任務部隊に降り注いだ。そんな結果が故の現象だとは、まさか夢にも思うまい。
「それから増援についてだが、残りのエセックス級は未だマーシャル諸島を出ておらん。最速で来るとしても早くて3日後だ。一方、敵機動部隊本隊は明日の午前5時頃、もこの辺りに到着し……」
机上に広げられた地図の一角、サイパン島の150海里北方辺りをオルデンドルフは指差した。
こちらは通常の攻撃隊を放ってくる機動部隊で、マリアナ諸島沖の制海権確保を目的としている公算が高いと付け加える。
「でもって食中毒空母の艦隊は、恐らくその北100海里くらいに展開するだろう。ならば我々も機動部隊の脇を摺り抜けてここに展開、一気呵成に叩き潰す。この『ウェストヴァージニア』は大して速いフネではないとはいえ、こちらにも多数の駆逐艦と隠し玉があることであるし、今から全速力で直行すれば午前4時過ぎに接触できるはずだからな。無論、夜明けとともに艦載機と自爆機が飛んでくるだろうが……それまでに沈めてしまえばまあ問題なかろう。率直に言うなら、第57任務部隊と同じ目に遭わせてやるのだ」
「そ、その辺りにいるでしょうか?」
「確たる根拠は残念ながらないが、私は航海畑の人間だ。士官学校でも海軍大学校でも教えてきたし、この中にだって元生徒が2名もいる。これまでに積み重ねてきた経験と、それが故の直感に従うならば、この辺りに来る公算が高いと言える。どうだ、賭けてみたくはならんかね?」
オルデンドルフは自信満々に言い、居並ぶ参謀達の顔をゆっくりと眺めた。
結果はどうなるかは分からぬが、テニアン島の滑走路も穴だらけでまともに機能していない状況で戦果を挙げんとするならば、これ以上の策はあるまい。自棄気味ではあっても座して死を待つばかりでないそれに、怯懦の色は急速に払拭されていき、決断は遂に下された。
「さあ諸君、この狂気的な戦争の終わりに、忌まわしき食中毒空母を撃沈しに行くぞ」
「間もなくテニアン強襲の開幕だぞ。まったく腕が鳴るじゃないか」
「新型爆弾を分捕る戦。決して容易ではなかろうが、そのための機動第1旅団だ」
払暁の肌寒い潮風の中、陸軍が誇る精鋭どもが総じて勇み立つ。
縁起のいいカツオ飯の朝食で元気百倍した彼等は、今にも航空母艦『天鷹』から飛び出していってしまいそうだ。だが回転翼機による空中挺身が開始されるのは、第一機動艦隊の攻撃隊がテニアン島周辺を制圧した後。つまるところもう2時間ほど待たねばならぬ訳で、もしその間に新型爆弾搭載のB-29が離陸してしまったらと、気を揉む者もいるようだった。
「それについては心配無用。チンピラゴロツキが離陸準備を始めたら、サイパンの観測隊が即座に打電してきます」
第666海軍航空隊の打井中佐が、まったく得意げな面持ちで豪語する。
「加えて米機動部隊は……昨日の集中的な特別攻撃によって壊滅。それと同期する形で実施された空襲によってテニアンの滑走路は穴だらけになり、B-29撃破の報も複数ありました。とすれば当面は問題などないでしょう。自分等も全力で護衛しますので、どうか大船に乗った心算でいていただきたい」
「まあこのフネ、実際かなり大きいものだよの」
旅団の中でも先陣を切る第2連隊の須藤大佐が、どうにもノンビリした口調で肯く。
つまりは敵軍のど真ん中に回転翼機で強行着陸し、戦局回天のため米兵を千切っては投げる役回りだ。後続部隊はピストン輸送する予定とはいえ、第一波は全滅に等しい大損害を被るかもしれない。なかなかの胆力が故の態度と思われた。
「加えて乗っている間、退屈しなかったね」
須藤はニコリと笑み、
「確かに柄のいいフネではないのだろうが、武に優れた乗組員が殊の外多かった。流石は英軍の接舷斬り込みを生き延びた艦だけはある、テニアン強襲を前にいい予行訓練になったというものだよの」
「では大佐殿、お互い生きておったらまた手合わせ願いたく」
「よかろう。ところで打井中佐、その極彩色鳥類は何とかならんかね?」
ちょうど右肩に止まったオウムのアッズ太郎を指差し、須藤が苦言を呈する。
「うちの兵隊を下品な言葉で挑発するだの、ずばり爆撃をかましてくるだの、率直に言って大層困らされた。犬や猫ならネズミ退治もできるのかもしれんが、そいつは本当に碌なことをせんよ」
「いや、確かに憎たらしい奴ですが、結構役立つ時もあるもんですよ」
打井はそう弁解し、相変わらず人を馬鹿にしたような顔のアッズ太郎を眺める。
「どうもこいつ、人語を理解している節がありますし、しかも予知能力まで持っている気配が……」
「Enemy submarine spotted!」
アッズ太郎が唐突に翼を広げ、甲高い声で警告した。
これがその予知能力だというのだろうか。実のところ心底恐るべき内容に、周囲の者どもがぎょっとする。当然、誰よりそれを間に受けたのが、鳥類の人智を超えた能力を信じ込んでいる飼い主に違いない。
「駄目だッ!」
打井は酷く慄然とし、条件反射的に立ち上がった。
集中豪雨的な特別攻撃によって米機動部隊は壊滅し、残余の艦隊もサイパン沖より撤退した。とはいえ原子動力潜水艦のような脅威が海中に潜んでいる可能性は、未だ十分以上に残っていそうであった。まあそれが故、第一強襲艦隊は20ノット近い速度を出しているのだが……とにかく居ても立ってもいられなくなった彼は、手すきの者は潜望鏡を探せと大騒ぎしたのだった。
そしてそれが単なる空騒ぎと思われ始めた頃、事態は本当に急転した。
大型艦複数を含む敵艦隊が急速接近中。そんな驚天動地の展開が、いきなり待ち構えていたのである。言うまでもなくそれは、決死の突撃を敢行したオルデンドルフ艦隊に他ならなかった。外道の統率を徹底して用いた甲斐あって、これまで順調に推移してきたかに見えた義号作戦は、その最重要局面において突如大荒れとなったのである。
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