義烈奮戦! 原子兵器強襲艦隊④

太平洋:アスンシオン島東方沖



 米機動部隊の混乱ぶりは、通信を傍受するだけで把握できた。

 鰻登りになったトラヒックを見れば、敵の異状は一目瞭然だったのだ。航空無線は平文で交わされているとはいえ、彼我の距離が相応に開いていることもあって、内容はなかなか聞き取り難い。しかし語学堪能な士官が可能な限り記述している用紙には、明白なる恐慌と衝撃が畳み込まれていた。


 何が起きているかは言うまでもない。第四航空艦隊所属の決死部隊が、遂に特別攻撃を開始したのだ。

 現に各機の識別信号らしきものが、幾つも繰り返し受信されていた。しかもそれらは突然、パタリと途切れる。遥か数百海里の彼方において、真に勇者と評されるべき者達が散華した瞬間だった。特設機動部隊の旗艦たる『伊笠丸』の電信員達は、そのあまりに壮絶なる最期に、ただただ驚愕するばかり。


「畜生、羨ましいッ!」


 突入が一段落したと思しき時。通信室で一番若い少尉が、慟哭が如き声を漏らした。

 予想を些か外れた言葉に場はシンと静まり返り、特設機動部隊の長たる黒島少将は、如何なる意味だろうかと訝った。


「おい、生還を期さぬ必死攻撃だぞ?」


「はい。理解しております」


 少尉は尚も頑張り、


「特別攻撃のパイロット達は究極的な覚悟と忠君愛国の精神を胸に、天皇陛下と一億同胞のため、この世で最も過酷なる任務を見事完遂いたしました。己が人生を完全に己がものとしました。それと比べると……自分がどうしようもなく卑小な惰夫だと痛感せざるを得んのです」


「なるほどな」


 吐露された直截なる憧憬の情に、黒島もまた深く肯いた。

 思えば2時間ほど前、米機動部隊撃滅の切り札たる者達を飛び立たせた際に、自分も同種の感情を抱いていたかもしれぬ。彼等の表情は実際、目にし難いほどに眩しく思えた。生還を期さぬ命令を発したが故の後ろめたさもあっただろうが、まさに如来を前にした凡俗であったのだと、改めて思い知った。


「だが、羨むばかりであってはならぬ」


 黒島は時計を一瞥し、厳然たる口調で言う。


「我等が攻撃隊も、間もなく敵本丸へ突入するだろう。彼等が男子の本懐を遂げる様を、諸君等がしっかり見届けてやらねばならん。各々職責を全うし、まさに滅私奉公せんとする忠臣が生き様を魂に刻みつけよ」


「了解」


 通信室の将兵は異口同音に応じ、血涙を流さんばかりの眼差しで業務に向き合った。

 性懲りもない天麩羅作戦と見せかけて米機動部隊の北東を遊弋しながら、格納庫はおろか飛行甲板まで用いて搭載した100機超の特別攻撃機を全力で放つという、三度目の正直的なる一大奇襲作戦。状況からしてその成功はほぼ確実で、次々と大破炎上するエセックス級航空母艦の姿が目に浮かぶようだった。


(だが……変な参謀だの変な司令官だのには、もう戻れんよな)


 座禅など組んで元来の奇行癖を装いつつ、黒島は改めて思う。

 皇国危急の時であるとはいえ、将として禁忌を犯したことだけは間違いない。とすればこの後、米機動部隊の報復を受けて戦死と相成ったら、案外と幸福なのかもしれぬ。万が一とゼロの間にある無間地獄を、ひたすらに落下していくような感覚を味わっていた彼の脳裏を、指揮官にあるまじき雑念が過る。





太平洋:パガン島沖



「畜生ッ、畜生ッ、幾ら何でもこんなのあんまりだろ」


「ただ死ぬためにパイロットになったのかよ、馬鹿野郎!」


 直掩のため緊急発進したブレイズ少佐は、罵詈雑言を撒き散らしながら激烈なる戦闘を繰り広げる。

 機銃の射程に捉えつつあるのは、インチキ機動部隊の方向より出現した大攻撃隊。多方向から五月雨式に突っ込んできた先鋒と異なり、しっかりと編隊を組んで飛翔するそれらこそ、敵の真打に違いなかった。普段の彼であったならば、ここで母艦を守り抜いてヒーローとして凱旋してやると、強く息巻いていたことだろう。


 とはいえ今は、それどころでない激情が轟々と渦巻いていた。

 ブレイズのよく知る空戦とは、勇者同士の生き残りを賭けた真剣勝負だった。お互い恨みっこなしで全力を出し合う、華々しく神聖な決闘だった。しかし目の前を飛ぶ日本軍機のパイロットは、恐らく最初から死ぬ心算でいる。生粋の戦闘機乗りとして太平洋を渡り歩いてきた彼にとって、それは脳天を粉砕されてしまいそうなくらい衝撃的な現実で、壊れた世界に対する猛烈なる憤りと筆舌に尽くし難い悲しみとが、頭の中で綯交ぜになっていた。


「糞ッ、死ぬんじゃねえよ! 正々堂々果たし合えよ!」


「エッジ、危険です」


 航空無線越しに、ミラー中尉の警告が耳朶を叩く。


「それ以上近付くと対空射撃に巻き込まれます」


「だからどうした、いいから撃墜しろ。既に空母の半数がやられた、このままだと本当に全滅しちまうぞ」


 ブレイズは烈火の如く怒り、眼下の敵編隊を襲撃せんとする。

 単縦陣をなして高速緩降下していく、恐るべき彗星艦爆の群れ。ジュディという渾名が自分の彼女と被るので、部下には正しい日本語で呼ばせているのだが……あれに乗っている連中にも、当然恋人くらいいただろう。それを思うと頭がどうにかなりそうで、ただ無性に悔しい気分だった。


 それでも流石は飛行時間1600のダブルエース。空戦の勘所も手足の動作も、激情によって左右されたりはしなかった。

 まず狙うべきは敵一番機。母艦たる『タイコンデロガ』を守るにはそれが最適で、ここで撃墜すればその死は真剣勝負の結果となる。後者に関しては手前勝手な思い込みかもしれないが、味方の高角砲弾が炸裂する中に遮二無二突っ込んでいき、後ろをサッと確認した後、照準環に捉えた機体に怒涛のような50口径弾を送り込む。


「よしッ」


 確かな手応え。離脱後にそちらを見れば、火を吹いてよろめく敵一番機の姿があった。

 ただその刹那、敵パイロットと目が合った気がした。如何にも腕の良さそうな、敵にするには惜しい好男子。彼は大胆不敵に微笑んだ後、尚も任務を果たさんと、燃え盛る機体を立て直してしまった。


「あ、ああッ……」


 声にもならぬ声が口許より漏れる。


「待て、待ってくれ。行かないでくれッ!」


 ブレイズは必至の相で懇願し、思わずその方へと手を伸ばしそうになった。

 だが炎と黒煙を纏った敵機は勢いそのままに、新たな目標を定めてしまっていた。特別攻撃機の脅威は、機体が海面に落下するまで消滅することはない。慈悲も容赦もない戦訓そのままに、被弾した彗星は重巡洋艦『キャンベラ』へと吸い込まれ……命と引き換えの大威力爆弾の直撃を受けた彼女は、たちまちのうちに大破炎上した。


 そして気付いた時には、守るべき『タイコンデロガ』もまた、松明の如く燃え上がっていた。

 第58任務部隊に属する6隻の航空母艦のすべてが無力化されたのは、それから間もなくのことだった。ブレイズのような歴戦の猛者が揃った直掩隊は、防空管制が破綻した中にあっても奮戦し、組織的な自爆攻撃を試みた敵機のおよそ半数を撃墜した。だがそれだけの戦果を挙げてすら、破滅を防ぐことは叶わなかったのだ。





太平洋:サイパン島東方沖



 第58任務部隊壊滅。凄惨に過ぎる報に接したスプルーアンス大将は、思わずその場でよろめいた。

 無論、組織的かつ大々的に実行された自殺的攻撃が故で、被害の度合いも異常としか言いようがなかった。6隻を数えた航空母艦は残らず沈没あるいは大破炎上し、巡洋艦部隊にも甚大な被害が生じているという。


 だが真に驚愕するべきは、それで終わりでなかったことだろう。

 防空戦闘が著しく困難になったのを見計らったように、今度は双発爆撃機の大群が襲ってきたのだ。それらの大部分は無線誘導爆弾攻撃を仕掛けてきたが、特大の成形炸薬弾を搭載した機が混ざってもいた。結果、大型艦を一撃必殺することだけを目的に開発された究極の自爆機の突入により、辛うじて浮かんではいたエセックス級3隻が立て続けに爆沈。元来の強靭さでもって対空戦闘を優位に進めてきた戦艦『ウィスコンシン』すらも、もはや沈没を待つばかりとのことだった。


「悪夢だ、どうしてこんなことに」


「こんなことが許されていいのか……」


 正気という概念が蹂躙された状況に、第5艦隊司令部の幕僚達も酷く狼狽していた。

 実際、いきなり地獄へ放り込まれたようなものだった。現時点で使い物になりそうなのは、旧式戦艦5隻と護衛空母15隻を中核とするオルデンドルフ中将麾下の第56任務部隊のみ。マリアナへと迫る日本海軍機動部隊を相手とするには、戦力不足としか言いようがなかった。


「ここは一時後退する他あるまい」


 強烈な眩暈を覚えつつ、スプルーアンスはどうにか決断を下す。


「丸腰も同然の揚陸艦隊は特に急がせろ。第58任務部隊の残存艦は第56任務部隊に編入、テニアンの航空隊と協同し、可能な限り時間を稼がせる」


「しかしそれでは……」


「過酷な任務だが、現状ではこうせざるを得ん。それから太平洋艦隊司令部に、大至急援軍を送るよう要請してくれ。エセックス級とインディペンデンス級をあるだけ全部、さもないと尻尾を巻いて逃げ出すしかなくなるとな」


「り、了解しました」


 真っ青な相の通信参謀が声を張り上げ、覚束ぬ足取りで駆けていく。

 その後ろ姿を眺めつつ、できる限りのことはしたはずだと、スプルーアンスは己に慰めの言葉をかける。


 もはや世界のすべてが狂ってしまったかのようだった。

 本土は神経化学爆撃を受けて大混乱で、太平洋では日本軍による常軌を逸した自爆攻撃が始まった。本当に何故、異常者が記した手記の如き展開となってしまったのか。その原因を模索し始めてすぐ、今はなきタワーズ長官が熱弁した、原子爆弾が云々という理屈に到達する。


「糞ッ、陸軍の馬鹿どもが不用意な真似をするから……」


 スプルーアンスが呪詛の言葉を吐いたその時、重巡洋艦『インディアナポリス』は連続的な激震に見舞われた。

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