義烈奮戦! 原子兵器強襲艦隊③

太平洋:パガン島沖



 マリアナ諸島をグルリと取り囲むように形成された、濃密なるレーダー哨戒線。

 その一角には、歴戦の軽巡洋艦『パサデナ』の姿もあった。本来であれば駆逐艦が就くべき任務を、クリーブランド級の彼女が担当しているのは、まず直衛するべき航空母艦が、日本機動部隊との激戦によって1ダース以上も沈んでしまったためである。加えて被害が増大した原因の1つとして、真っ先にピケット艦が狙われて爾後の早期警戒が困難となったことが挙げられていた。サイパン島への原子爆弾攻撃が2週間前になされて以来、何時再度の大海空戦が始まるかも分からぬ状況が続いているから、能力に優れる防空艦を前方展開させる流れとなったのだ。


 そうした判断の妥当性は、今まさに証明されようとしていた。

 『パサデナ』の艦橋上部に据えられた大型のSK-2対空レーダーは、北方より接近する敵性編隊を通常よりも数十キロ先で探知。ただちに機動部隊へと通報し、付近を飛行していた戦闘機隊の援護を得た。ない物強請りの類であるとはいえ、ペアを組んでいる駆逐艦『ロングショー』の乗組員などは、最初からこうしてくれていればと思ったかもしれぬ。


「とはいえ、試練は始まったばかりだろうな」


 戦闘指揮所に降りた艦長のタグル大佐は、固唾を呑んで状況を見守る。

 一昨日の報告にあった2個機動部隊に加え、大東島沖で新たな艦隊が確認されたという。とすれば決戦は間もなくのはずで、あるいは既に火蓋が切って落とされているのかもしれない。


「ジャップどもは恐らく、全力投球してくるだろう。ならば全部打ち返してやらねばならん。1機たりとも見逃さぬよう、月並みだが総員死力を尽くしてくれ」


「アイサー、お任せを……あッ、方位30、距離70に反応多数」


 レーダー士官の報告に、場は一気に緊迫した。

 日本軍のやり口からして、戦闘機隊を複数方向から送り込んできたに違いない。制空戦闘を目的としているであろうそれらは、『パサデナ』にとっては直接の脅威にはならぬかもしれないが、艦隊直掩のF8FやF6Fはその分だけ拘束されるから厄介だ。


 それに何より注意するべきは、低高度からの侵入だろう。

 既に爆弾やロケット弾を抱いた日本軍機が、驚くべき腕前でもって、海面すれすれを飛んできているかもしれない。実際それは常套戦術で――頼もしい友軍機が空戦を開始した直後、雷撃機のジルと思しき10機ほどの編隊が二時方向に確認された。距離はおよそ25マイル、高度は約160フィート。直掩隊はまったく間に合わなさそうで、ともかく200ノットで接近してくるそれらを叩くべく、ただちに射撃準備がなされた。


「よし、撃てッ」


 号令。既に諸元を得ていた砲熕が、一斉に動作を開始した。

 合計20門の両用砲のそれぞれが、5、6秒毎に吼える。『ロングショー』の射撃も加わった結果、敵編隊はたちまち砲煙に包まれ、ジルが次々と火を吹いた。


「1機撃墜!」


「よし、そのまま地獄へ落ちろッ!」


 報じられた戦果に、歓声が異口同音に響き渡る。

 しかしそれらは次第に弱々しいものとなった。熟練乗組員の技量とレーダー連動の射撃管制装置とが組み合わさり、敵は7機まで減じていたが、残りは間違いなく襲ってくるからだ。


 そしてその瞬間、タグルは強烈なる違和感を覚えた。

 あたかも磁石に吸い付く砂鉄のように、敵機は一直線に向かってくる。旋回しながら横っ腹を狙うのではなく、ただただ真っ直ぐに向かってくる。通常の爆雷撃ではあり得ないことだった。最後の守りたる機関砲が咆哮し始める中、戦慄は否応なしに増大し、あまりにも悪魔的な想像が鎌首を擡げた。


「敵機、飛び込んでくるッ!」


「奴等、まさか……」


 悍ましき現実にタグルは言葉を失い、それから1分と経たずしては意識をも失った。

 ピケット艦として見たならば、『パサデナ』は確かに破格の存在だった。それでも80番爆弾搭載の天山3機の突入に耐えられるはずもなく、木っ端微塵となった随伴艦の後を追うように、彼女もまた弾薬庫誘爆で轟沈した。





「お、おおッ……!」


 赤間飛曹長の嗚咽にも似た声が、烈風のコクピットに漏洩する。

 今は血で血を洗う大空中戦の真っ只中。敵機以外に気を取られている暇などあるはずもない。しかし父島より出撃した御楯隊による特別攻撃が、眼下に広がる大海原において実施されていたのだ。


 見れば巡洋艦級と思しき艨艟が、全身に火焔をまとって四分五裂していく。

 同じく搭乗員として育ったはずの者が、人の身にあっては到達し得ぬ崇高さをもって、自らを爆弾の誘導装置へと変えた。その上で最悪の科学的合理性にのみ基づく、十中十死の作戦を見事遂行してのけた。彼等が生き様はあまりにも悲愴と表する他なく、突入を目の当たりにした飛行機乗り達は、敵味方等しく脳天をガツンと一撃されていた。


「だが、ここからが本番だッ」


 荒く呼吸しながら、己をきつく叱りつける。

 エンジンの轟々たる嘶きの通り、目まぐるしく移ろう空が示す通り、真剣勝負は今も続いている。油断があれば刹那のうちに被弾し、烈風はあっという間にバラバラになる。敏感に殺気を感じ取った赤間は、フットバーを躊躇なく蹴って機体を滑らせ、後方より迫る50口径弾の束を寸でのところで回避した。


 そうして愛機を滑らかに横転させ、グーンと突き抜けていく敵機の後方を取り付いた。

 デップリと憎たらしいその姿に、敵愾心がカッと燃え上がった。スロットルを開いて増速、追従し、照準環中央に捉えていく。F6Fは左急旋回で逃れんとするが、250ノット台での旋回性能ではこちらが上。期待を帯びた指を引き金にかけ、強烈なるGを忍びながら、切り返しの瞬間を狙わんとする。


「よし、ここで……」


「敵機、六時だ」


 航空無線より警報が飛び、赤間は反射的に操縦桿を引き寄せる。

 狙う時こそ六時を気をつけろ。脳裏から零れ落ち気味だった戦訓に、彼は命を救われた。何時の間にかもう1機のF6Fが、後ろから迫ってきていたのだ。


「レッド、墜とされたら援護できんぞ」


「はいッ!」


 戦闘302飛行隊を率いる岡本少佐の叱責に、赤間は己が不注意を恥じた。

 単機単艦を屠る必死攻撃を見た後では、自分が今生きている事実すら申し訳なく思えた。それでも今日の空戦は、すべて七生報国の兵どものためである。命を捨てたる彼等が唯一の懸念は、敵艦突入前に撃墜されることに違いなく、全身全霊をもってそれを阻むためにも、自分は最後まで飛んでいなければならぬのだ。





 太平洋で何年も戦ってきたアスティア少佐は、航空母艦『ワスプ』より今まさに発進せんとしていた。

 無論、比類なき空戦性能を誇るF8Fに乗ってである。熟練パイロットと最優秀機が両方備わり最強に見える。搭乗に際し、機付長のブロント中尉はそんな冗談を言っていたものだが、百獣の王が如く奮戦する必要が間違いなくあった。


 何しろ第58任務部隊には、本物の危機が迫ってきているのだ。

 機動部隊決戦を前にしての、日本軍基地航空隊の総攻撃である。既に北方のピケット艦隊の上空では、熾烈な空中戦が繰り広げられているとのこと。とすれば早急に加勢する必要があった。ジョージやサムといった忌々しいミートボール戦闘機を駆逐し、爆弾や魚雷を抱いた攻撃機を撃滅できるようにせねば、戻るべき母艦も喪われてしまうかもしれない。


「こちらは準備オーケーだ」


 アスティアは航空無線越しに報告する。

 スロットルを全開にしたR2800エンジンはまったく快調で、射出の瞬間をまだかまだかと待ち侘びているかのようだ。


「少佐、頼みます。海水浴は御免ですんで」


「任せておけ。艦には指一本触れさせん」


 親指を立てて快活に応じ、カタパルト士官に向けて敬礼。

 数秒の後、猛烈なる衝撃が全身に降りかかった。シャトルに牽引された愛機はあっという間に加速し、飛行甲板を一気呵成に駆け抜ける。毎度思うことではあるが、とにかく男らしい体験だ。


 そうして宙へと躍り出た後、速やかに車輪を収納した。

 続けて緩やかに操縦桿を引き寄せ、滑らかに機体を上昇へと転じさせていく。常にクールであれとの口癖を心中で繰り返し、逸る気持ちを抑制しながら、未だ健在なる任務部隊上空を旋回する。発艦を終えた僚機が次々と合流し、編隊は徐々に組み上がり……あとは指示を待つばかりとなった時、酷く切迫した声が反響した。


「スカイレンジャー、緊急事態だ。ピケット艦隊が壊滅しつつある」


「は……?」


 まったく意味が分からず、アスティアは絶句する。


「馬鹿な、クリーブランド級がいるはずだろう?」


「スカイレンジャー、よく聞いてくれ。敵は自爆機だ。自爆機が、ピケット艦に、体当たりしまくってるんだ」


「冗談、だろ……」


 猛烈なる寒気に背筋が凍った。

 パイロットたる者、命は捨てたと思わねばならぬものかもしれぬ。しかし最初から死ぬ前提での攻撃などあっていいはずがない。あまりの冒涜的現実に、意識が遠のきかけそうになった。


「ともかく、スカイレンジャーは艦隊上空で待機」


 半ば恐慌状態になった管制官の指示が耳朶を叩き、


「もはや自爆機が何処から突っ込んでくるか分からん。こちらが発見し次第、迎撃の指示を出す。1機残らず叩き落してくれ」


「スカイレンジャーリーダー、了解。なるべく早く見つけてくれ」


 アスティアもまた絶望的に震えつつ、喪った冷静さを何とか取り戻す。

 母艦には指一本触れさせぬ。突如著しく困難となった約束を、何としてでも履行するべく、地獄の空を見渡した。黄泉を従えた死が北東より迫りつつあると、どうしてか彼は直感できた。

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