義烈奮戦! 原子兵器強襲艦隊②
太平洋:父島沖
「おッ、敵サンもようやっとお出ましか」
潜水艦『バーフィッシュ』艦長たるレイル少佐は、潜望鏡を覗きながらほくそ笑む。
少しばかり前に父島は二見湾へと入港した、総勢20隻超の大艦隊。航空母艦らしきもの複数を含むそれらは、乗組員の休養と合戦準備を終え、今まさに出撃せんとしているようだった。
敵の目論見が何かについては、もはや疑問を差し挟む余地すらないだろう。
東京に壊滅的打撃を与えるための原子爆弾が、テニアン島にそろそろ搬入されているはずである。となれば日本がマリアナ方面に全力攻撃を仕掛けてくる公算は著しく高い。数マイル先で陣容を整えつつある旭日旗の艨艟は、まさにその先鋒と思われ……これら戦力を軒並み叩き潰してしまえば、態々大量殺戮に手を染めなくとも、戦争は勝利に終わるかもしれなかった。
「とはいえ、俺等が直接手を下せるかは分からぬ。まったく辛いところだ」
闘争心旺盛なレイルは、自身を宥めるような口調で言う。
哨戒任務中の潜水艦は、味方への通報が第一、敵艦襲撃はその次でなければならない。実際この順番を違えたならば、例えば一昨年のシアトル空襲のような悪夢を引き起こしてしまうかもしれぬ訳である。
「まあでも、運がよければ対潜艦の1隻くらい返り討ちにできるかもしれん」
「艦長、あまり勇み過ぎぬようお願いいたしますよ」
新婚であるが故か、副長はそんな調子で、
「特にこの辺りの海には、敵のヘリコプターがうろついております。今も真上にいるかもしれません。連中のオリジナルではなく、ドイツのコピーですが、味方のボートが何隻かやられたという話も」
「分かっている。任務を果たして生還する、それ以上の成果はない」
レイルはそう言い切り、通信長に準備を命じる。
そうして敵艦隊が南へと針路を取ったのを確認した後、諸々の情報を送信。電波輻射を嗅ぎつけた哨戒機がすぐさま飛んできて、爆雷をやたらめたらに落としてきた。しかし打電を終えると同時に急速潜航に移っていたこともあり、『バーフィッシュ』の被害は僅かに浸水が発生した程度で済んだ。
「さて、どうなるか」
水深120メートルの息苦しい海の中、レイルは友軍の奮戦を想像して気を紛らわす。
テニアン島防衛のため、太平洋艦隊は戦力の大部分を投じている。とすれば任務を終えて帰投した時には、既に戦争自体に決着がついているかもしれない。米東海岸を襲った惨劇を知らぬ彼は、まったくもって楽観的だった。
太平洋:サイパン島東方沖
相次いで齎された緊急電に、重巡洋艦『インディアナポリス』の第5艦隊司令部は色めき立つ。
9月に行われたマリアナ沖海戦の時と同様、沖縄と小笠原より、大規模な艦隊が出撃しつつあるというのだ。哨戒任務の潜水艦によると、いずれも3、4隻の航空母艦を含む機動部隊とのこと。佐世保にも結構な数の艦が集結しており、更には幾つかの基地航空隊が移動を開始したという情報を踏まえると、遂に最終決戦の時が来たと考えるのが妥当そうだった。
ただ司令長官たるスプルーアンス大将は、あくまで冷静沈着だった。
最盛期の3割ほどにまで戦力が減少している第58任務部隊では、もはや堪え切れぬというのではという危惧も、間違いなく存在してはいた。しかしバンダ海作戦を切り上げたことにより、護衛空母の数も15隻まで回復している。それらは艦隊運動には適さぬかもしれないが、現状において重要となるのは同時発艦能力の高さに違いない。ついでに若干ではあるが、テニアン島には戦闘機隊も展開しているから、それらを上手く組み合わせれば、日本軍の大攻勢を粉砕することも十分可能だろうと結論付けられた。
「それに加え……この艦隊はまず間違いなく囮です」
机上に広げられた地図の、小笠原沖に置かれた駒。それを指差し、参謀長のデイビス少将が断じる。
「日本軍はタンカーを改造し、食中毒空母そっくりのハリボテ艦を作り上げております。先のマリアナ沖でも、忌まわしき択捉沖でも、我々はこいつを含むインチキ艦隊を本物の機動部隊と誤認、酷い損害を被る破目になりました。同じ手を3度も食らったら、間抜けどころではありません」
「ふむ、確かかね?」
「間違いありません。強行偵察で撮影した写真の現像が、先程終わりました。こちらをご覧ください」
そうして手交されたのは、艦隊停泊地となっていた父島の空撮写真。
中には食中毒空母に酷似した艦影も混ざっており……しかし具に観察してみると、全長が随分と短いと分かった。加えて縦横比が明確に異なる。他の艦も似たような具合で、確かに偽物のようだった。こんなものに振り回されたのかと思うと腹が立つが、今重要なのはこれ以上騙されぬことだろう。
「なるほど、確かにそのようだ」
スプルーアンスはおもむろに肯き、
「とすれば沖縄を出撃した方が本隊で、そちらの迎撃に集中するべきという結論になるか」
「はい。戦力も翔鶴型1隻に雲龍型3隻とのことですし、下手にインチキ艦隊に食らいつくと、横合いから強かに殴られて酷い目に遭うこととなりそうです」
「分かった。そちらの迎撃を優先しよう」
かくして判断はなされ、参謀達は迎撃作戦の詳細を練りにかかる。
今のところは防衛に成功しているが、硫黄島やヤップに展開する基地航空隊は依然として脅威。恐らくは機動部隊と連動して大規模攻撃を仕掛けてくるであろうから、1機として通さぬ鉄壁の守りを敷かねばならなかった。
(しかし……実のところ、どうするのだ?)
ラジオ越しに齎される祖国の惨状に胸を痛めつつ、スプルーアンスは憂慮を深める。
超兵器たる原子爆弾により、ありとあらゆる問題が最終的かつ不可逆的に解決される。太平洋艦隊を統率するタワーズ大将は盛んに豪語していたものだが、欧州ではまったくその通りにとならなかった。それどころか彼は戦況報告に出向いた先のワシントンD.C.で、ドイツ軍の凶悪極まりない神経ガスを浴びて戦死してしまっていた。
とすれば大戦略的に考えて、自分達のしていることは正しいのだろうか。
タッポーチョ山を徹底的に破壊したことで、日本政府への恫喝は完了している。とすればその威力を背景に講和を強要し、対独戦に引き摺り込んだ方が得策なのではないか。疑念はあれこれ生じるものの、結局のところ第5艦隊司令長官は大統領ではないので、まったくもってどうしようもない。
佐世保:航空母艦『天鷹』
出撃を翌日早朝に控えた夜。第一強襲艦隊では、恒例の大無礼講が催されていた。
中でもひときわ凄まじいのが、将旗を掲げたる航空母艦『天鷹』の乗組員に違いない。物理的に潰した飲み屋の数では聯合艦隊随一と陰口を叩かれるくらい、アルコールが入ると滅茶苦茶になる連中ばかり揃っている。それらがビールに清酒、焼酎などを空けまくり、好き放題に酩酊する訳だから、もはや手の施しようがなさそうで……時折本当に重傷を負ってしまう者まで出たりするから、曲がりなりにも軍艦として機能しているのが不思議である。
かような無軌道ぶりは、乾坤一擲の義号作戦を前にしてもまるで変わらない。
腕っ節に自信のある者は飛行甲板で異種格闘技総当たり戦をやり始め、666空飛行隊長の博田少佐がチャッカリ賭博の胴元に納まったりする。今回は強豪の機動第1旅団が混ざっているから試合も白熱、飛び入りの長少将が優勝候補の五里守大尉に投げ飛ばされ、危うく海に転落しそうになったりもした。そうかと思えば宮元という暑苦しい特務中尉と困った仲間達が変テコな覆面をし、クリスマス粉砕だ天誅だと叫びながら陸奥大佐のところへと押し入る。通信参謀の佃少佐は例によって爬虫人類が云々と、聴者もおらんのにブツブツ演説しまくっていて、これまたなかなかに不気味であった。
「つまるところ何だ、すべてが普段通りに過ぎるんじゃないか」
定期的に押し寄せてくる酔っ払いをいなしつつ、高谷中将は剛毅に笑う。
それから『インドミタブル』鹵獲時の秘蔵ウィスキーをグビリとやり、膝の上でゴロゴロと喉を鳴らす猫のインド丸を、チョイとばかり撫でてやる。艦の動物達は事情を知らぬから暢気なものだが、人間までそうなっているようだった。
「俺はいきなり司令長官で、しかも本物の救国作戦をやってこいと言われたから、流石に緊張しておるものだぞ」
「中将、ちょっとそれはらしくないんですよね」
即座に反応するは、相伴に預かっている『天鷹』副長の諏訪中佐。
「やるだけやって、駄目ならくたばる。大それた戦略なんかは、もっと頭がいい奴が考えればいい。艦長だった頃はよく言っておられたと思うんですよね」
「そうは言うがなスッパ、どうした訳か責任超重大になっちまったもんでな」
「だからこそ、原点回帰の温故知新なんですよね」
諏訪は珍しく隈なき表情を見せ、
「失敗の許されぬ原爆奪取作戦となると、自分も些か気がかりにもなります。皆、何がしかの危惧は抱いておるでしょう。とはいえ今まで何とかやってこられた訳ですし、今回も中将についていけば上手くいくだろう。自分はそう信じておるんですよね。ああ、艦長もそうは思われませんか?」
「え、ええと……何の話かな?」
ちょうど士官室に逃げ込んできた陸奥が、息を切らしながら尋ね返す。
嫉妬的騒乱を起こしている連中のせいなのだろうか、顏が墨汁塗れになっていて、惨状に笑いが込み上げる。
「まあでも確かに、変に力まぬことが肝心か」
高谷はそう結論付け、秘蔵ウィスキーを更に呷った。
そうして身体を加熱させながら、大声の木霊しまくる艦内をサッと眺める。傍目には無法地帯も同然としか見えないだろう。しかしこの期に及んでも尚、乗組員達が平素と変わらぬ出鱈目さを発揮しているのは、まさしく自分への信頼が故なのかもしれない。そう思うと少しばかり気が楽になり、何よりありがたく感じられた。
それにこれこそが、主力艦撃沈以外は上手くやる『天鷹』魂の根源なのだ。
更には聯合艦隊司令長官の豊田大将も、形式上は上官となっている東條大将も、こちらの状況を理解した上で作戦を任せてくれたはずである。ならば余計なことは頭から放り出すべきだ。元来のバンカラ気質と猛烈なる敵愾心を一心不乱に増幅させ、もって米国の異常な戦争を叩きのめしてやろうとなった。
「となれば話は早い。おい従兵、特製のエビ天を持ってこい」
高谷もまた清々しい面持ちで命じた。
それから馴染みの連中を呼んでこさせ、メートルをとにかく上げながら、例によって鉱油で揚げたものが含まれるエビ天の山を囲む。陸軍の命知らずどもも何時の間か現れて、場は余計に盛り上がった。ここまで戯けた艦は前代未聞。自称超勇ましいのはそう言って笑ったが、どうしてかここで義号作戦の成功が確信できた。
そして今次大戦で最後となりそうな無礼講にて、栄光ある当たりを引いたのは、案外といいことを言ってくれた諏訪だった。
普段から妙に影の薄い奴が寝込んだのだから、今回の作戦で『天鷹』の存在感がグッと増すに違いない。何ともご都合主義な解釈だが、絶対にそうしてやらねばならぬのだ。
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