義烈奮戦! 原子兵器強襲艦隊①

テニアン島:北飛行場



「おい大尉、俺は爆撃部隊の指揮官だぞ? 如何なる了見で邪魔をするのだ?」


「搭載する爆弾の確認、点検くらい当たり前のことだろうが」


 かような具合に憤るは、第509混成部隊の長たるティベッツ中佐に違いない。

 忌まわしき黄色人種帝国の首都を壊滅させ、世界大戦に終止符を打つ一大作戦。マニフェスト・ディスティニーという栄誉ある名前を冠したそれを直接指揮するため、誰より早くテニアン島の地を踏んだ彼は、軽巡洋艦『デイトン』によって遂に原子爆弾が搬入されたとの報を耳にするや、真っ先に飛んできたという訳だった。


 だが保管所の前には憲兵がズラリと並び、誰彼構わず通せんぼしているのだ。

 確かに1発で半径1マイル以上が焼け野原になるという超兵器で、しかも構造上安全装置を設けられないらしいMark.1型ともなれば、警備が厳重となるのも当然だろう。それでも作戦指揮官が立ち入れないというのは、流石に意味が通らない。ついでに理由の説明もないから、業腹なこと甚だしいといったところである。


「ともかくも中佐、申し訳ありませんがお引き取りください」


 憲兵大尉は真面目腐った顔で言い、


「誰であれ、許可なく立ち入ることはできません。これは大統領命令なのです」


「その大統領本人が、意識不明の重態なんだ。状況を理解しておるのか?」


「理解しております。しかし命令は命令です」


「融通の利かん石頭め、いいからさっさとそこをどけッ!」


 ティベッツは怒鳴り、鬼の形相をもって邪魔者を駆逐せんと試みる。

 それでもロボットめいた憲兵大尉にはまるで通じない。痺れを切らして無理に押し通ろうとしたところ、小銃の安全装置をガチャリと外される始末。こうなると命知らずの爆撃機乗りも、這う這うの体で退散せざるを得なかった。


「糞ッ、いったいどうしろと言うんだ……?」


 捨て台詞を吐きつつ、ティベッツは大いに憤懣焦燥する。

 実際ラジオの伝えるところによると、郵政長官のハネガンなる人物が、大統領職を代行する予定だという。つまるところ国務長官や財務長官といった重要閣僚は軒並み全滅という訳だった。郵便局の親玉にまともな戦争指導が務まるとも思えぬし、素質があるのだとしても、引き継ぎにどれだけ時間がかかるか分かったものではなかった。


 そしてそんな状況では当然、命令より先に日本軍がやってくるだろう。

 タッポーチョ山に原子爆弾を見舞い、厄介極まりない要塞砲を飴細工のように溶かしたとはいえ、サイパン島の何万という敵軍は未だ戦意旺盛。こちらの様子は確実に打電されているだろうし、恐るべき空母機動部隊も作戦能力を取り戻しつつあるという。となればぼやぼやしている余裕などあるはずもないのだが……先の顛末の通り、臨機応変という概念を露ほども理解できない分からず屋が、作戦遂行を阻んでいるのだった。


(いっそのこと、もっと強引な手を使うべきなのだろうか?)


 ティベッツの脳裏を一瞬過ったのは、何とも抗命的な発想に他ならぬ。

 ただ事この期に及んでは、それもありかもしれぬと思えてしまっていた。凶悪無比な化学兵器を合衆国本土を含む世界中に撒き散らし、更には無抵抗の捕虜を残虐極まりないやり方で殺戮するナチスドイツ。人類の敵としか評しようのない鉤十字の軍勢の殲滅に戦争資源を集中させるには、太平洋戦線をさっさと片付けることが重要で、そのためには東京への原子爆弾攻撃が不可欠と、彼は一片の疑いもなく確信していたが故だった。





佐世保:航空母艦『天鷹』



 テニアン島強襲の主攻たる第一強襲艦隊は、急速にその陣容を整えつつあった。

 とかく悪名高き航空母艦『天鷹』を旗艦とし、同じく回天隊を満載したる陸軍特種船3隻が脇を固める。艦隊防空の要たるは水上機母艦改装の『千歳』と『千代田』で、択捉沖海戦で大破した後に生まれ変わった戦艦『扶桑』が火力支援を担当する。護衛は重巡洋艦3隻に軽巡洋艦2隻、駆逐艦は半分が松型とはいえ16隻が揃っていて、乾坤一擲の大作戦をやってのけるに不足なしといった雰囲気であった。


 だがこれだけでは、義烈作戦の半分を説明したことにしかならぬ。

 多数の輸送機、飛行艇などとともに、極北のアッツ島に隠密展開している陸海軍合同空挺隊。モンタナ州はフラットヘッド湖畔の黒鉛炉施設を奇襲的な制圧および破壊を遂行するため、選りすぐりの精兵を集めたるこの部隊もまた、高谷中将の麾下にあった。無論のこと、1万キロ近くも離れた2つの戦場において、司令長官先頭という訳にはいかないが……いずれも今次大戦を理性的に決着させるため、必要不可欠な任務に違いない。


「今の戦争は言ってしまえば、殴り合いの喧嘩に凶器が紛れたようなものだろう」


 飛行甲板上で訓示中の高谷は、悪童時代の思い出話を垂れ流しつつ、目下の戦局を掻い摘む。


「拳と拳での喧嘩ならまあ、お互いボロボロになったところで、何だお前やるじゃないかと肩を組み、ガハハと笑い合ったりできるかもしれん。昨年のイタリヤはタラントでの乱闘試合でもそうなった。だが刀だの鉈だのピストルだのが出ちまうともうどうにもならん、どっちかが死ぬまでやる破目になる。だからこそアメ公の持ち出した凶器を、今ここで叩き落してしまわねばならんのだ」


「高谷中将殿、お任せください」


 ビシリと敬礼し、声高らかに宣うは、第1挺身集団を率いる質実剛健の塚田少将だ。


「この身に代えてでも必ず、諸悪の根源たる施設を叩き潰してご覧に入れます。そこでの力戦奮戦が大東亜十億、果ては世界万民に八紘一宇の理念を知らしめるものと信じ、粉骨砕身する所存です」


「おう、朗報を期待しておるぞ」


 高谷は大胆な笑みを浮かべ、それから塚田の傍らにある紅毛の将校に目をやった。

 ペルシヤ湾で接舷斬り込み戦だの艦長同士の決闘だのを仕掛けてきた昨日の敵にして、紆余曲折の末にカナダ西岸での水先案内人となった今日の友。凛々しく気障なその姿が、早朝の陽に映える。


「それからリンチ中佐、烈号作戦は行きも帰りも、貴官の助力が絶対に必要だ。英国チ首相の密命を受けてここにおる貴官にとっては釈迦に説法、キリストに聖書、ムハンマドにコーランの類であろうが……本作戦は日英両国の死活的国益に則ったものに他ならぬから、とにかく道案内よろしく頼む。戦争が無事に終わり、お互いしぶとく生きておったら、また試合をやろう。今日のところは引き分けに終わったが、今度こそ勝ってやる」


「では中将、その日を楽しみにしております。無論、勝者となるのは私でしょうがね」


 実際実力者なリンチはまったく口が減らぬ様子で、何とも楽しげに豪語した。

 そうしてお互い武運長久を祈願した後、烈号作戦に参加する者達は颯爽と短艇に乗り込み、『天鷹』のすぐ脇に浮かぶ二式大艇へと移っていく。つまるところアッツ島行きの最終便であった。英軍による秘密協力や数年前から米本土に浸透している特別陸戦隊の手引きがあるとはいえ、荒れ狂うアリューシャンを突破して敵地深くへ侵攻するという、今後未曾有の大博打だ。


 しかし二式大艇の離水準備が整い、火星エンジンの猛々しい轟きが響いてくるにつれ、懸念は自ずと薄らいでいく。

 外津国に官軍も賊軍もあったものでもないかもしれないが、原子爆弾などという大威力兵器でもって都市を無遠慮に破壊するような所業は、間違いなく天の許さぬ反逆に等しかろう。であれば死ぬる覚悟で進む以外なく、本当に決死の部隊も義烈作戦には参加するのだと思うと、両の拳が自ずと固くなった。


「総員、帽振れ」


 見送りのため昇った『天鷹』の露天艦橋で、高谷は大音声でもって号令した。

 第一強襲艦隊に属する将兵は、文化の些か異なる陸軍の人間も含め、各艦の舷側に整列して制帽を振り始める。塚田やリンチのような剛の者、それから黒鉛炉破壊に技術軍属として参加する古渡博士などを乗せた二式大艇は、何千もの音なき応援に後押しされながらグングン加速していき、遂には佐世保湾より飛び立った。


「よゥし、後はこちらの番だ」


 ちょうど郷里の方へと飛んだ機影が空に溶けた後、慣れ親しんだ『天鷹』の勇姿を、高谷は改めて直視する。

 開戦劈頭のマレー作戦以来のべらぼうな記憶が、急速かつ鮮明に蘇った。実際、支那方面艦隊に出向いていた一時期を除けば、この艦に乗り組んでばかりいたようなものである。そうして素行不良で甚だしく騒がしい連中とともに、大海原を縦横無尽に駆け回って米英海軍と戦い、遂にはこの局面へと至ったのだ。


 その間いったいどうした訳か、主力艦撃沈の機会は訪れなかったが……もはやそれが何ぼのもんであろうか。

 これより臨むは原子爆弾阻止の義号作戦。手柄の上がらぬ粗忽者と侮られてきた指揮官が、海軍の恥晒しだの無駄飯食いだのと言われ続けた航空母艦とともに、最後の最後で救国の大活躍をやってのける。そんな数奇で類稀なる物語の主人公に、見事なってやろうじゃないかと、高谷は誰よりも強く意気込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る