非人道超兵器炸裂す!

サイパン島:タッポーチョ山



「テニアン島にて米海軍建設部隊の活動が活発化しつつある。大規模航空基地の建設を企図している模様」


「米長距離爆撃機が集結するとの情報もある。大型機の離発着が確認され次第、効力射をもって撃滅するべきだ」


 マリアナ防衛を担当する第九方面軍。その司令部が置かれたる堅牢な壕は、にわかに緊張を帯び始めた。

 現実問題として、南端部を除いてほぼ米軍の占領するところとなったテニアン島には、相当数のブルドーザーが揚げられていた。しかもその一部は既に活動を開始し、実際に滑走路を補修したりしている。双眼鏡で覗けば丸見えの距離であるから、そこには何の疑いも持ちようがなかった。


「だが……」


 まるで分からぬのは、そんな徒なる真似をする理由である。

 敵はこれまでにも何度か、大出血をもって確保したテニアンの北飛行場およびサイパンのアスリト飛行場に、観測機や戦闘機を進出させようとしたことがあった。そしてその都度、効果的なる射撃でもって活動を妨害してきたのだ。無論のことそれに対する報復も苛烈ではあったが……戦艦による大口径砲弾の釣瓶撃ちと延べ数百機による空襲を食らっても尚、タッポーチョ山の要塞砲は元の6割の戦力を維持しており、かつて最上型重巡洋艦の備砲であった60口径15.5㎝砲などは、未だ4門すべてが残存していた。

 であれば敵の目論見は何であろうか? 米国民の合理性を身をもって知っている栗林中将は、まるで理解の適わぬ現実に、ひたすら困惑するしかなかった。


「そうだな、何か不審な動きはないか?」


 同じく訳が分からぬ顔の参謀達に、栗林は問いかける。


「どんな細かいことでもいい。思い当たるものを挙げてみてもらいたい」


「それこそ、一昨日からの撤退劇くらいしか」


 首を傾げる者達を代表するかのように、作戦参謀の高石大佐が見解を述べる。

 三度目の正直とばかりにサイパンに上陸した米豪軍8万は、100メートルにつき1個大隊が消滅するような激戦の末、オレアイ飛行場からラウラウ浜に至る線まで進出してきていた。しかし40時間ほど前から、一気に1キロ近くも後退し始めていたのである。


「実際、白亜館の前で大規模なデモがあったばかりで、未だに座り込みを続ける群衆までいると報じられています。とすればテニアンに兵力を片端から移動させ、無理矢理でも同島の飛行場を確保し、東京を爆撃することを目論んでいるとか」


「流石にあり得んな。たかだか爆撃機をチョイと飛ばしたところで……」


 いったい何になる。そう言いかけたところで、恐るべき可能性が脳裏を過った。

 化学戦ではないかと直感されたのだ。ちょうど4年前の真珠湾攻撃以来、糜爛剤や窒息剤が使用された事例はないはずだが、あまりの戦況の悪さから米軍がそれらの実戦投入に踏み切ったのだとしたら、地上部隊の後退とも符合しそうな気がした。加えて十数分前に警報があった通り、頭上にはB-29の定期便がやってきている。それが何度も繰り返してきた、まったく無意味に思える爆撃が、途端に酷く破滅的なものに変わってしまうかもしれないのだ。


「おい、化学戦だ」


「えッ……?」


「米軍は化学戦をやる気かもしれん。急いで装備の点検と……」


 栗林は命令せんとし、直後に言語に絶するような激震に揺さぶられた。

 そして何が起こっているのか理解する暇もなく、壕内は灼熱地獄と化した。超高温高圧の爆風が地下空間を駆け巡り、そこで守備に就いていた何千という将兵と同様に、第九方面軍司令部の面々を悉く焼き殺したのだ。


 これが世界で最初の核攻撃であることは、もはや記すまでもないだろう。

 タッポーチョ山の東麓へと落下し、地表すれすれの高度でプルトニウム爆縮を開始したMark.3型原子爆弾。B-29乗組員達が"ミスター・スターカー"なる奇天烈な渾名で呼んでいたそれは、諸元の通り20キロトンの出力を発揮し、金城湯池の大要塞を一撃でもって壊滅させたのである。





ブランデンブルク州:ノイルピーン近郊



「針路そのまま。ベルリン上空まで一気に突っ込む」


 午前3時32分。悍ましき漆黒の闇の中、イズリー中佐は落ち着き払った声で命じた。

 彼が"ロイヤルフラッシュ"なる愛称を付けた、米陸軍航空軍が誇る最新鋭爆撃機B-29E。アイスランドのケプラヴィーク基地より発進したそれは、合計4基の心臓を力強く唸らせ、また両翼より懸吊したる増速用ジェットエンジンを甲高く咆哮させながら、ドイツ本土の3万6000フィート上空を駆け抜けていく。対気速度は380ノットと圧倒的で、成層圏の絶対王者に追い縋るものはなしと錯覚できそうなくらいだった。


 しかし勇躍踏み込まんとしているのは、油断がすぐさま死に直結する、極まりなく苛烈な戦場に違いない。

 何しろヒトラー総統が喧伝するところの大ベルリンは実際、世界一の数の対空火器によって守られた都市なのだ。各地に重層配備された12.8㎝高射砲は何時撃ってくるかも分からぬし、夜間といえど機首に八木アンテナを備えたMe262が上空を旋回しているかもしれない。未だ噂の域を脱してはいないとはいえ、レーダー誘導の地対空ロケット弾などというやくざな兵器まで登場したというから、まさに地獄の一丁目一番地としか言いようがなかった。


「それでもこのピースメイカー作戦が成功すれば、ファシストどももお終いだ」


 果たすべき大なる使命を胸に、イズリー中佐は操縦桿を固く握りしめる。

 "ロイヤルフラッシュ"が胴内に抱きたる、"スマイリング・チャビー"などと称されし原子爆弾。単位重量当たりの威力では通常爆弾の4000倍にもなるそれが、ベルリンの市街地を駐車場へと変えたならば、欧州の覇者気取りのちょび髭野郎とその取り巻き党員どももくたばるだろうし、そうでなくとも権力の座から追われるに違いない。


 そうして悪魔的全体主義が潰え、欧州が解放された後には、恒久的な平和が待っているはずなのである。

 昨晩から本日未明にかけて、ヴィルヘルムスハーフェンやハンブルクを猛襲した何百という友軍機のパイロット達は、自分達が陽動だったと把握してはいないだろう。永遠に事情を知ることができなくなった者も、少なからぬ数となっただろう。だが自分達がつい最近まで原子爆弾について一切知らされていなかったように、機密保全は作戦成功の要であり、それ故に確かなる結果でもって、彼等が献身に応えなければならないのだ。


「そうだ、これから歴史が動く……いや、この手で動かしてやるのだ。自由で清浄なる世界のために」


 イズリーはそう独りごち、


「アイラ、敵の様子はどうだ?」


「異状なし。こちらを偵察機か何かと思い込んでおるようです」


 副操縦士のウェザリー中尉が、幾許かの喜色を滲ませて応答する。

 それが本当かどうかは分からない。とはいえ実際、ドイツ空軍の恐るべき迎撃機は確認されなかった。更には護衛として随伴するフリップナイツの8機や、それらを束ねる電子支援型の"ナイトホーク"もまた、厄介な敵を捉えてはいないようだった。


「間もなく爆撃開始点」


 航法士がレーダー画面を睨みながら報告し、


「たった今、通過した」


「フランク、あとは任せたぞ」


 イズリーは操縦系統を爆撃手へと渡し、それから大きく息を吸い込んだ。

 その間にも照準器に各種データが入力され、同じものが"スマイリング・チャビー"の横風補正装置にも伝達されていく。暫くすると"ロイヤルフラッシュ"は人の手を離れて飛翔し続け――1分ほどが経過した後、機体はガクンと浮上した。膨大なる核分裂エネルギーを秘めたる原子爆弾が、遂にベルリンに向けて落下し始めたのだ。


「投弾、完了しました」


「よし、離脱するぞ」


 イズリーは再び操縦桿を握り、愛機を大きく右旋回させる。

 あとは針路を西北西に取り、僚機とともに逃げ帰るのみ。航続距離の関係でアイスランドには戻れぬから、帰投する先は英本土のレイクンヒース基地となる。しかしあの火山岩だらけの孤島よりは、味覚障害紳士だらけの国の方がましだろうとそこはかとなく思っていると――後方の東の空より、日の出よりも随分と早く、眩い限りの閃光が差してきた。


「おおッ、やった。作戦成功だッ……!」


「ナチどもへの神罰だ。ざまあみろ」


 "ロイヤルフラッシュ"の搭乗員達は口々に漏らし、イズリーは怒涛のような安堵感に襲われた。

 第三帝国を自称する異常軍事国家に対する歴史的一撃は、疑いようもなく加えられたのだ。闇夜を毒々しい赤に染め上げていく冒涜的火球の下では、何万というドイツ人がオーブンの中の鶏が如くなっているに違いないが、この惨劇を切っ掛けとして彼等が民主主義の正道に立ち戻るのであれば、それもまた有意義なる犠牲となるだろう。これまで地獄の空を生き抜いてきた彼は、別段の良心の呵責などなしにそう思い、己が運命を神に感謝した。


 もっとも――無事レイクンヒースに帰投した後のイズリーは、それほど幸運な生涯を送ることができなかった。

 確かに彼は上官の命令に従って作戦を遂行しただけの、技量優秀な爆撃機乗りに過ぎない。しかし結果だけを見るならば、ベルリン核攻撃によって世界史が変な方向にグニャリと曲がってしまったのはほぼ事実で――それ故、他責性にかけては右に出る者がいないような人々に、何十年も付きまとわれる破目になるのである。

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