終末兵器炸裂前夜

ノーフォーク:海軍基地



 サウスダコタ級戦艦の唯一の生き残りたる『アラバマ』は、あまり活躍の機会に恵まれた艦ではなかった。

 就役からこの方、ずっと大西洋艦隊に配属されていたためだ。主にジブラルタルやスカパフローを拠点とし、それなりに有力な独伊艦隊に対する備えとして、その存在を誇示し続けてきはしたが……貴重な16インチ砲搭載艦ということもあり、なかなか積極的な作戦に投じられることはなく、乗組員も些か腐りがちであった。


「その挙句、何なんですかこりゃあ」


 主砲をぶっ放したくてたまらぬ性質の砲術長が、心底呆れたとばかりに呟く。

 大西洋艦隊司令部はあろうことか、練習航海でもしてこいとばかりの命令を寄越したのだ。何隻かの随伴艦とともに向かう先は、アイスランドのレイキャビク。積荷は数トンの機械部品と無愛想な科学者集団で、意図がまるで掴めない。


「リバティ船の仕事と変わらないっすね。偉大なる『アラバマ』の名が泣きますわ」


「んなもの、ぶつくさ言っても仕方ない」


 昼食のハンバーガーなど頬張りつつ、副長もさっぱり面白くなさそうに答える。

 特に腹立たしいと彼が思っているのは、白衣の連中がずけずけと士官室に押しかけてきて、何時間も喋り散らかすところである。しかも煙草を吸おうとすると、途端に煙たいだの何だのと喚き出すので、終いには海に投げ込んでやろうかと思えてくる。


 ただ聞くところによると、艦長すらも積荷の正体を知らぬという。

 とすると実際、とんでもない新兵器でも開発されたのかもしれない。例えば人間をドロドロに溶かす化学薬品であるとか、死体をゾンビにして使役する特殊粘菌であるとか……我ながら貧困な想像力しかないものだと思い、思考を巡らせるのを止めた。


「それより重要なのはだ」


 副長は幾つかの最新情報を思い出し、


「イタ公のヴェネト級戦艦が1隻、タラントからいなくなっていることだろう」


「そんな話でしたっけ」


「ああ。最近はスペインも様子がおかしいというから、下手をするとジブラルタル海峡を強引に突破し、こちらに向かってくるやもしれぬ」


「腕が鳴りますわ。砲はこちらが1インチ上、イタ公戦艦ペシャンコだ」


 砲術長は豪胆に笑み、拳をパキパキと鳴らして戦意を示す。

 まあ機雷だらけの海峡突破より、インド洋で何かしら作戦をやるという方があり得そうではあるが。副長はそんなことを思いつつ、科学者達が聞いたこともない元素の話をしているのに気付く。





サイパン島:海蝕洞窟



 サイパンのアラモ砦となった戦艦『ワシントン』。彼女に引導を渡したのは、自爆型の特殊潜航艇であった。

 桑港沖の軍神たる玄葉少佐と猫山少尉の圧倒的功績に気をよくした海軍が、新型の蛟龍にも大型成形炸薬式爆弾を搭載した型を作らせたのである。そうしてそれを左舷へと突入させ、高指向性の破壊力でもって数百ミリもの装甲を食い破らしめたのだ。大和型に次ぐ排水量を誇るモンタナ級も、流石にこの被害には抗堪できず、そのまま転覆したというのが顛末だった。


 ただ特筆するべきは、かの作戦から生還した者がいることだろう。

 3名の乗組員のうち桜井艇長を含む2名は、脱出に際して射撃を受けて散華することとなったが、泳ぎの上手い田所兵曹長だけはサイパンの岩石質な浜へと辿り着いた。もっとも生ける軍神となった彼も、実のところ無事で済んではいない。再出撃は当面不可能という判断で、それ故に作戦の舞台から2キロほど南にある基地で勤務することとなった。元々海蝕洞窟が広がっていたそこは、工兵部隊が結構な工事をやった結果、陸海軍の小型潜航艇が安全に出入りできる秘密輸送拠点へと変貌していたのだ。


「いや先輩、戦艦をひっくり返すなんて本当に凄い手柄ですよ」


 潜航輸送艇でやってきた遠野軍曹は、中学校の先輩なる田所の活躍を、目を輝かせて称賛する。


「あの戦艦が邪魔していたお陰で、米艦隊がサイパン北岸をうろつき周り、潜水輸送もやり難くなっていたところがありまして。自分も海軍に入ればよかったかな、潜水輸送じゃ敵艦撃沈の機会なんてありませんから」


「俺は運がよかったから。蛟龍での出撃機会、それほど多くないんだよね」


「そんなものですか」


「平均で言うなら、お前みたいにきちんと潜水輸送をこなしている方が、戦局に貢献できてるんじゃないかと思うね。上陸してきた米豪軍もこのところ意気消沈気味というし……まあお互い、ちゃんとベスト出せるようにね」


 田所はちょっと得意げに笑い、それから飲み物でも持ってきてやろうと思い立つ。

 父島からの潜水輸送となると並大抵の仕事ではないし、潮気に慣れていない陸軍の人間なら尚更のことだろう。確か茶葉が切れてしまっているから、紅茶は振る舞ってやれそうにないが、サイパン島の特産品として栽培されていたコーヒーなら、縁のあった下士官が銀蠅していたはずだ。


 そうして烹炊所へと向かって坑道内を進んでいくと……唐突に地面がピシリと震動した。


「ん、ああ、アメ公の定期便のお出ましだ」


「堡塁には傷ひとつつかないってのに、ご苦労なこった」


 通りすがった下士官達が、慣れた口振りであれこれと言い合う。

 何でもここ最近、B-29が定期的に単機で侵入してきては、謎の大型爆弾をタッポーチョ山に向けて投下しているらしかった。とはいえ実際問題、要塞施設への被害はまったく出ていないとのこと。そうなると薄気味悪い話以上の何かとは考えられず、田所もすぐに忘却してしまった。





鎮海湾:航空母艦『天鷹』



「回転翼機というのは本当に素晴らしい兵器だ。こいつほど着上陸に適したものはない」


「というより艦隊司令部用に1機寄越せと言いたい。あれば実際物凄く便利であるはずだ」


 高谷中将をしてベタ褒めせしめた回天。それを数十と揃えた訓練は、まあつつがなく終了した。

 事故で喪われた機体も幾つかありはしたものの、長少将が豪語して回っている疾風迅雷の空中機動戦は、実現可能な新戦術として定着しようとしていた。速度域が違い過ぎ、紫電改での護衛に難がある。666空司令の打井中佐はかような課題を挙げてもいたが、想定される作戦距離を考えれば、そこは迎撃管制の腕の見せどころとも言えそうだ。


 ただ司令長官というのは大変に忙しい仕事で、高谷は連絡機で大湊へと向かっていった。

 クイーンシャーロット諸島制圧には第101特別陸戦隊も参加することとなっており、彼等を運搬するため先発出撃する第16潜水戦隊を見送りに行ったという訳だ。尚その後には陸軍第1挺身集団指揮官たる塚田少将および上陸作戦参謀の山崎大佐との打ち合わせ、続けて泥縄編成された大本営統合部への顔出し、今は時の人なる義兄による黒鉛炉施設勉強会と、とにもかくにも予定が詰まりまくっており、根がチャランポランな人物にはなかなか堪えそうな雰囲気である。


「お陰で少しばかり、艦が静かになりましたね」


 英国海軍のリンチ中佐は夕食を摂りながら、勝気な表情を浮かべ、やたらと堪能な日本語で言う。


「暇さえあれば勝負を挑まれるのはどうにも。まあ私は未だ捕虜ですから、時間だけはあり余っておりますけども」


「中将はその、やたらと負けん気が強い人物なので」


 大型海鮮定食と付け合わせの朝鮮漬を前に、抜山主計少佐も苦笑した。

 いったい何が起きたのかというと、英国海軍魂が衆目の下に示されることとなったのだ。後にも先にも例がなさそうな、航空母艦の飛行甲板上で催されたる艦長同士の決闘。ひょんなことから再戦をやろうと高谷が申し出たのだが……その一戦目で、彼は手痛い敗北を喫してしまったのである。


 無論、脳味噌に筋肉が詰まってそうな人物が、易々と引き下がるはずもない。

 そうして日英ガラッパチ剣術試合が連続開催される運びとなり――初戦を合わせて9対4という結果に終わった。ペルシヤ湾ではほぼ実力伯仲であったにもかかわらず、こうも差が開いてしまったのは、やはり加齢が故だろう。立ってからの3年と天命を知ってからのそれでは、どうしても肉体の衰え方が違うはずだと、論語など齧りながらリンチは分析する。


「加えて私は虜囚の身ですから、収容所では延々と剣術稽古をやっておったもので。まあ個人的武力と指揮官の素質は別ですから、問題はないのではないかと」


「まあ中将がそれで納得してくれればいいのですが……ところで中佐」


 リンチの眼前にある名状し難き料理を、抜山は何とも訝しげに眺める。

 焼いた魚か何かが、炊いた飯に直接突き刺さっている。あまりにも独特な美的感性に基づいていて、脳味噌が理解を拒絶しているかのようだった。


「その謎な丼はいったい何なので?」


「烹炊科に故郷の料理を再現してもらったのですよ。名付けてスターゲイジー丼」


「はあ……美味なのでしょうか?」


「何でも文句を言わず食うのが強さの秘訣ですかね」


 リンチはそう断言し、紳士的テーブルマナーでもって、怪料理を平らげていく。

 まったく奇天烈なこともあったものである。そうして一部異様な気配に彩られた食卓にて、個人的な四方山話であるとか黒鉛炉破壊作戦後の国際関係についての議論であるとか、ともかく話に花を咲かせていく。これから先の半世紀ほどは、凍結された欧州大戦が如き情勢が続くという見立ては、なかなか的を射ていると思われた。


 そしてそうした祖国の事情が故、自分はここにいるとのリンチの言に、抜山は深く肯いた。

 イケイケな機動旅団長が何処まで把握しているかは分からぬが、主計学的感覚に基づくならば、利益は下手な理念よりも信頼できる。とすればこそ隠密裏に協力を仰いだ価値はあったというもの。彼はあれこれ記憶を巡らせ、また自分達の利害得失についても勘定を始め……急な電報を持ってきた部下により、唐突に恐るべき現実へと引き戻される。


「いったいどのような連絡だろうね?」


「ええと……」


 抜山は用紙を一瞥し、すぐさま表情筋を強張らせた。

 一昨年に大往生を遂げた父の訃報に偽装されたそれが、極めて悪性の内容を秘めていることは、態々ノートを開くまでもなく理解できていた。それから現実とは往々にして予想より悪かったりするもので、実際平文へと戻された文面は、彼等を戦慄させるには十分過ぎた。


 すなわち――米国は原子兵器に成功し、最初の3発が前線へと輸送されたというのである。

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