激闘! サイパン富嶽大要塞

太平洋:サイパン島沖



「戦は流れ、戦は生き物。つまりこの機を逃す理由など何ひとつないということですよ」


「橋頭堡? 攻撃貨物船を岸壁にしてしまえばいいでしょう。リスクの話ばかりして、クビになりたいのですか?」


 戦艦『ワシントン』が突入に成功したとの報が太平洋艦隊司令部に齎されるや、タワーズ大将はかように絶叫したという。

 流石は喜怒哀楽が激し過ぎるというか、既に多重人格の域にまで踏み込んでいる人物である。原子動力潜水艦『ノーチラス』が行方不明になった件で半狂乱になっていた彼は、たちまち気を取り直し、革新的秘話装置でもって軽巡洋艦『デイトン』のスプルーアンス大将を督戦し始めた。まったく悲しむべきことに、そうした短絡的行動を諫めるべき知恵物の参謀長は、積もり積もった心労のため入院を余儀なくされていた。


 ただややこしいことに、この途轍もない暴君は、実績を挙げていると見做されていたりもする。

 実際、常識的な指揮官であったら、マリアナ沖から第5艦隊を撤退させていただろう。しかしタワーズは無謀としか言えぬような判断を下し、誰もが卒倒するような犠牲を出しながらも、遂には恐るべき日本海軍機動部隊を追い払ってしまった。どれだけボロボロになろうと、リングの上に最後まで立っていれば勝者となれる。そうした信念を有する多くの有権者にとって、彼は英雄的に映ってもいたのだ。

 そしてその名声は、より高まろうとしていた。何故ならばサイパン北部への先行上陸が、1個中隊分の犠牲と引き換えに、見事成功してしまったからである。


「でもって、一連の作戦で我慢し切れず火を吹いちまったジャップ早漏野砲は、『ワシントン』の18インチ砲弾を食らって全部ガラクタになったという訳よ」


 訳知り顔の伍長が、得意げに自説を披露する。

 今まさにサイパン南岸はチャランカノアの浜辺に揚がらんとしている、海兵第3師団の若い兵隊達。彼等は早朝に食らったステーキと胃液の混合物で水陸両用車を汚したりしながらも、表情を少しばかり綻ばせた。


「まあ中には生き残りもいるだろうが、海軍野郎どもは艦砲射撃と空襲で合計1万5000トン超の砲爆弾を叩き込んでくれたそうだ。なら敵の野砲はほとんど死んじまったに違いない」


「ペノポリス伍長、ただし油断は禁物と肝に銘じることも大事だぞ」


 なかなか厳格なる口調で釘を刺すは、詩人にして元アメフト選手のオブライエン少尉だ。


「俺は大学で東洋文学を専攻し、孔子や孫氏、古事記と色々な文献を読んできた。今そこから引用するならば、"チキンも追い詰められればドラゴンになる"が適切だろう」


「チキンがドラゴンですか。非常に含蓄がある言葉です」


「うむ。まあ上陸も順調となったようだから、実のところ俺もあまり心配はしていないがな」


 オブライエンは相好を崩し、友軍が確保しつつある海岸線を一瞥した。

 そこへと至る道が平坦でなかったのは、態々言うまでもないだろう。何隻もの駆逐艦や揚陸艦が触雷によって大破あるいは沈没し、珊瑚礁に仕掛けられた障害物によって多くの水陸両用車が動けなくなった。生じた犠牲も凄まじく、明媚なエメラルドグリーンの海には、尊き血が何百ガロンも注がれたのだ。


 そうした者達の献身に報いる方法があるとすれば、それは日本軍の防衛線を食い破り、内陸へと侵攻することに違いない。

 沖には火力支援艦艇がずらりと並び、今も大火力を投射しているし、ふと脇目を振ってみれば、M4中戦車改造の水陸両用戦車が泳いでもいる。味方はとにかく心強く、あとは個々人が海兵隊魂を発揮すれば十分。敵が頑強な陣地に籠ろうとも、必ずその首根っこを掴んで引き摺り出し、殺戮してやろうと意気込む。

 そうして白き砂浜は徐々に鮮明になっていき、水陸両用車の無限軌道が海底を蹴り始める。間もなく敵地に到着だ。緊張の色を滲ませ始めた部下に、オブライエンはライフルの最終点検を命じた。


「そう、銃火器とはまさに女性のようなものだ。大切に扱ってやれば、求めに応じて……」


「小隊長殿、あれを!」


 突然の絶叫が、多少は上品な表現を掻き消した。

 フィンという若い一等兵の指は、サイパン中央に聳えるタッポーチョ山の方角を差しており――そこへと視線を向けた者が等しく凍り付いた。濛々たる白煙を吹いて飛翔する、大小様々なロケットが、巨大な投網となって向かってきていたのである。


「糞ッ、冗談だろ……」


 オブライエンは毒づく。しかし一応の教養を有する彼は、直後に孫氏の一節を思い出した。

 半ば渡らしめてこれを撃つは利なり。日本軍はこの原則に従って反撃を開始してきたのだ。急ぎ地歩を固めんとしていた海兵隊員達の頭上でロケットは次々と炸裂、硫黄と火の集中豪雨がドッと降り注ぎ、砂浜はたちまち阿鼻叫喚の地獄と化した。





サイパン島:タッポーチョ山南麓



 島の最高峰たるタッポーチョが、何時頃から富嶽要塞と呼称されるようになったのかは定かではない。

 しかし一帯に広がっていたのは、霊峰の名こそ相応しいと思えるほどの金城湯池。国ひとつ傾くとすら言われる額の予算と莫大なる人員資材が投じられた結果、空想科学小説にすら登場せぬような複合地下施設が完成してしまったのだ。山麓を刳り貫かんばかりの壕舎が幾つも設けられ、総延長50キロ超の坑道が各所を繋ぐ。鉄筋コンクリートで補強されたそれらは、戦艦『大和』の主砲弾を受けても容易に破壊されぬ設計で、実際数日に亘った艦砲射撃にもよく抗堪した。


 そして何万という将兵の隠忍自重は、今まさに終わったところだった。

 新開発の15㎝多連装噴進砲もしくはソ連邦との秘密取引によって取得されたカチューシャを搭載した自動貨車が、季節外れの啓蟄めいて退避壕から這い出し、ススペおよびチャランカノアの海岸線への一斉射撃を敢行する。空を真っ赤に染め上げたそれに続くは、アスリト飛行場近傍より放たれた航空爆弾転用のロケット弾。陸に揚がって間もない米海兵隊の将兵は、まるで予期せぬ大火力投射に見舞われ、たちまち大混乱に陥った。


「だが、本番はこれからだ」


 自らを鬼と称する長曾我部中佐は、阿修羅を思わせる形相で豪語する。

 間もなくサイパンに布陣するほぼすべての重砲が、射撃を開始する予定なのだ。敵艦隊との撃ち合いを演じながらも未だ残存している24cm榴弾砲や15cm加農砲、1個連隊が丸ごと秘匿されてきた15cm榴弾砲など100門近くが火を吹く訳で、上陸した米海兵隊が壊滅状態となることは間違いなさそうである。


 ただそれらを海へと追い落とすには、敵橋頭堡への突入が欠かせない。

 長曾我部の率いる第54戦車連隊は、その先鋒となるべき部隊の1つだった。空前絶後の弾幕の下、攻勢発起点へと迅速に移動。水際防御陣地に逼塞しながら逆襲の機を待ち侘びている歩兵中隊と合流し、厄介な水陸両用戦車を撃破しながら、チャランカノアを一気呵成に奪還するという寸法だ。


「奴等は今に思い知ることとなろう、ここが鬼の棲む島だということを」


「連隊長、時間です」


 連隊本部付の准尉がふてぶてしい声色で言う。

 それとほぼ同時に大地が身震いし、僅かな時間を置いて、重なり合った砲声が耳朶を叩いた。これぞ富嶽要塞の真骨頂とばかりの、頼もしい限りの轟きに、心身が否応なく昂ぶっていく。まともな蛸壺すら掘れていないであろう侵略者達は、濛々たる硝煙と砂塵の中で肉体を切り裂かれ、断末魔の叫びを上げているに違いない。


 それから沖へと目をやれば、艦砲射撃のため近付いてきていた駆逐艦が、ものの見事に圧し折られていた。

 不運なる彼女に続けて15㎝破甲榴弾を受けたのは、甲板に多連装ロケットを並べた火力支援艦。可燃物満載のそれは瞬く間に爆発し、松明のように燃え上がる。混沌は海原にも広がっていき、尻尾を巻いて逃げんとした攻撃輸送艦が、発進したばかりの上陸用舟艇を転覆させるような椿事も出来した。


「いやはや。普段のしみったれ具合からは想像もできませんな」


「節約とは、必要な時に惜しみなく使うためにするものだ」


 上機嫌なる苦笑が漏れ、


「それでもって、必要な時とは今だ。ならば我等も命を惜しまず奮戦し、機甲男児の本懐を遂げようではないか」


「では、そろそろ征かれますか?」


「ああ。いい頃合いだ。奴等を歓迎してやるとしよう」


 敵の注意が反れていると確信し、長曾我部は意を決した。

 そうしてこれまたソ連邦製の車輛へと飛び乗り、麾下の部隊に前進を命令。彼の読み通り、米海軍の艦艇や航空機は要塞砲への応射で手一杯で、懸念されていた観測機もまた、激烈なる対空砲火を受けて墜落していた。結果、T-34と三式中戦車をそれぞれ20輛以上装備した第54戦車連隊は、幾らかの落伍を出しながらも、無事攻勢発起点へと到着した。


 その後の地上戦闘が如何なるものとなったかは、想像するに難くはないだろう。

 熾烈なる砲撃に曝されていたチャランカノアの上陸第一波は、第54戦車連隊の突撃によって完全に崩壊。ススペの部隊も似たようなもので、2割の損失を覚悟していた海兵隊指揮官のシュミット中将は、2割しか戻らなかったという現実に卒倒することとなる。

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