海上機動アラモ砦突入す・下

サイパン島:バナデル飛行場



 日本軍にとってまず不運だったのは、爆破許可が下りるまでに予想以上の時間がかかったことだ。

 マッピ山北麓に穿たれたる航空要塞施設は、サイパン防衛の要とされてきた。それだけに土壇場でゴネた者が出たようである。当然その間も激烈なる砲撃は続き、M1小銃の発砲音も近付いてきていたから、まったく愚かしいと言う他ない。


 だがそれどころでなく最悪だったのは、点火装置が作動しなかったことだろう。

 多重化されたはずの配線が悉く不良品であったのか、あるいは弾着の衝撃で寸断されてしまったのかは不明だが、何度試しても結果は変わらなかった。担当の下士官は瞬く間に顔面蒼白となり、凶報は光よりも早く駆ける。者達は、今度こそ不慣れな防衛戦闘をやる破目になりそうだった。


「ええい、何をやっておるのだ」


「おいマツ、ちょいと待て」


 部下とともに配置に就こうとしていた松波整備少尉は、耳に覚えのある声に呼び止められた。

 振り返って反射的に敬礼。視線の先にあったのは、343空新選組隊長たる菅野大尉だった。この破壊的快男児の愛機であれば、これまでに何度か担当したことがあったが……今はそんなことはどうでもいい。


「大尉、何故こんなところに? 搭乗員は退避のはずです」


「発破が上手くいかなかったと聞いたからな」


 菅野は悪童めいた面持ちで笑い、


「なので俺がたった今、トンネル入口をデストロイする作戦を考案した。マツ、部下を連れて格納庫へ向かい、紫電改を1機選定しただちに爆装させろ。ああ、それからダックの奴を探してきてくれ。何処へいったのか分からん」


「大尉、いったい何を? この状況では離陸など……」


「何度も言わせるな、デストロイ作戦だ。敵が来る前にやっちまおう」


 如何にも心強そうな口調で菅野は言い、しきりに行動を促してくる。

 よく分からないが、実際何か秘策があるのだろう。ともかくも松波は若い兵隊に捜索を命じ……そこでようやくのこと、ダックこと片山中尉がカタパルトの担当だということを思い出した。





「おおッ、かかった。ジャップドーザーもなかなかやるじゃねえか」


 ガソリンエンジンの頼もしい響きの中、マックス中尉は拳を振って喜ぶ。

 彼が今まさに乗っているのは、幾分小型なブルドーザー。日本海軍が滑走路の整備用に用いていたものが、傷ひとつない状態で掩体に置いてあったので、ありがたく頂戴したという訳である。


 無論、ネブラスカの農場で父が乗り回していたものと比べれば、華奢な印象は否めない。

 それでも簡素な装備のみ持って飛び出した現状においては、何より貴重な宝物に違いなかった。兵隊が隠れるための壕も容易に掘れるだろうし、間抜けな敵兵を轢き殺すために用いてもよい。まあ敵戦車が付近にいたならば、動かした直後に戦死していたかもしれないが……盲人の国にあっては、独眼の人間は王となるものなのだ。


「よゥし、盗んだ重機で走り出すぜ!」


 マックスは堂々宣言した。

 巧みなる運転技術でもってブルドーザーを転がし、後続する部下の盾となって小銃弾を受け止めながら、最優先で制圧すべきマッピ山北麓の横穴へと進んでいく。崩れ落ち瓦礫となった正面扉の近傍に、既に味方が張り付いており、時折その内へと手榴弾を投げ込んだりしている。とはいえ敵の抵抗は凄まじく、率直に言って攻めあぐねているようだった。


「副長、自分がこいつで斬り込みます」


 周囲の砲声に負けぬ大声でマックスは叫び、景気付けに警笛を鳴らす。


「途中で撃破されるかもしれません。しかし遮蔽物にはなるはずです」


「マックス中尉、貴官に先頭を任せる。可能な限り奥へと進め」


 率先垂範の具現のような副長は、大胆なる案をすぐさま容れてくれた。

 それから突入に備え、操縦席に鉄板が括り付けられた。即席の防楯という訳だ。効果は気休め程度かもしれないが、仲間達の心意気が存分に伝わってきて、こいつらのためなら命も惜しくはないと実感できた。


「野郎ども、俺のドーザーに続け!」


 マックスは大音声を発し、アクセルを一気に踏み込んだ。

 キュラキュラと唸る無限軌道で瓦礫を乗り越え、オニやゴブリン、ニンジャなどが逼塞してそうな暗き坑道へと突き進む。たちまち銃弾がブレードや防楯を叩き、火花が好き放題に飛び散る。相当に野太い光弾も脇を掠めた。だが足回りはまだ問題ない。日本の重機技術者への感謝を口にしつつ、恩を仇で返してやるべく、鼻歌交じりに突撃する。


 そうしてある程度は距離が稼げたかと思った時、雰囲気が一変したような気がした。

 銃声が唐突に止み、奇妙な静寂が訪れたように思えた。それが自分にとって好都合なものであるはずもなく、凄まじい悪寒に鳥肌が立つ。うつ伏せ気味に運転をしていたマックスは、防楯の隙間から前方を確認せんとし……何かを目撃するより先に、響いてきた機械音を知覚する。


「ははッ、かなりやるじゃねえか」


 そんな呟きが漏れるや否や、ブルドーザーは衝撃に見舞われた。

 戦艦『ワシントン』のカタパルト士官であったマックスは、射出された航空機をぶつけられたのだと理解していた。実際、突っ込んできたのは無人の紫電改で、その胴体下部に括り付けられていた25番爆弾の信管は、ブレードに命中すると同時に起動した。





サイパン島:戦艦『ワシントン』



「ふむ……敵は坑道を爆破したか。何もかもが上手くはいかんな」


 艦長席に座するマキナニー大佐は、報告を受けてそう呟いた。

 マッピ山北麓に穿たれたる横穴は、奥行き30ヤードほどのところで、突入しつつあった者どもを巻き込んで完全に崩落。格納庫まで突入して航空機を鹵獲するという夢は、もはや叶いそうになさそうだ。


 それでも度重なる空襲や艦砲射撃に抗堪し続けたそこは、二度と息を吹き返すことはあるまい。

 ならばこれでよしとすべきなのだろう。サイパンの飛行場はすべて、18インチ砲の射程に納めているから、一帯の制空権は合衆国のものとなった。これより後は陸戦隊を援護しつつ、敵の要塞砲と撃ち合っていけばいい。そうすればいずれ援軍も到着するであろうし、海兵隊も本格的な上陸作戦を開始するに違いないのだ。


「まあそういった状況だ。可能な限りここで持ち堪えれば、マリアナの戦いは我等の勝利に終わる」


「何があっても、18インチ砲は健在でしょうからね」


 砲術長が強気に笑み、


「ただ少しばかり、砲弾の消費にだけは注意せねばならないかと。艦砲射撃と艦隊決戦で結構な数を射耗しましたし、後部弾薬庫は水浸しのままです」


「敵が把握しておらんのが救いだな」


 マキナニーもまた肯き、熱くて激甘なコーヒーを一口呷る。

 それから爾後の地上戦闘および艦の防衛に関して、改めて知恵を巡らせた。砲術長が豪語した通り、主砲塔は最後の瞬間まで無事だろう。しかし甲板上に並んだ5インチ両用砲や40㎜機関砲などは、6インチ級の榴弾を食らおうものなら、あっという間に吹き飛んでしまう。故に景気よく撃たせているし、単装の20㎜機関砲については陸揚げさせているのだが、時間とともに状況は困難となるのは疑いようもなさそうだった。


 そうした状況を鑑みるに、やはり何時上陸作戦が開始されるかが鍵となりそうだ。

 ぼやぼやしていると、主砲以外が壊滅したのを見計らい、日本軍がバンザイ突撃を仕掛けてくるかもしれない。18インチ砲弾は強力無比だが、ドッと攻め寄せてくる歩兵を掃射するのには当然向かないから、下手をすれば艦内での白兵戦闘となる可能性もある。懸念すべきはやはりそれで……何かここで動きがないものかと期待していたところ、通信長が艦橋へと駆け込んできた。


「艦長、スプルーアンス長官より入電です」


 すぐさま用紙が手渡され、


「サイパン南部への侵攻に先立ち、こちらに2個大隊ほどを先行上陸させるとのこと。また上陸作戦も全体的に予定が繰り上がったようで、それに際しての支援を期待するとのことです」


「おおッ、流石は長官だ」


 マキナニーはニコリと笑い、意識中で反芻するように電文に目を通した。

 自分達はアラモ砦の精神で艦を座礁させたが、それはトラヴィス中佐麾下の守備隊のように全滅したいからではなく、友軍の先駆けとなりたいが故だ。とすれば第5艦隊司令長官の判断は、渡りにモンタナ級戦艦といった具合で、それを知らされた乗組員の士気は天を衝かんばかりに高まった。


 ただ禍福は糾える縄の如しという慣用句こそ、この場合はまったく正しかったかもしれない。

 劈頭に目を覆わんばかりの大損害が生じ、さる海軍史家をして史上最悪の作戦と言わしめたサイパン上陸。戦艦『ワシントン』の英雄的な戦闘がその発動を早め、結果として犠牲が拡大することとなった。かような具合の批判もまた、何十年という時間が経った後も、根強く残っているのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る