竜挐虎擲! マリアナ決戦⑦

サイパン島:アスリト飛行場



「諸君等は高初速の弾丸だ。しかも砕けるまで何度でも敵の肉体を射貫し、深手を与え続けるのだ」


 決戦兵器のコクピットにて、室田大尉は基地司令の訓示を思い出す。

 つまりは敵戦闘機の大群の中に時速750キロ超で突入し、運動エネルギーを維持しての一撃離脱を繰り返すということだ。まさしくそれこそ、ジェット戦闘機たる蒼雷にぴったりの戦い方に違いない。


 しかも晴れの舞台は、何と敵空母の真上だった。

 追随不可能なる高速で敵機を思う存分に翻弄し、友軍の大攻撃隊を支援するというのは、実にやり甲斐のある任務と思えた。それもこれも予想以上に米機動部隊がサイパンに接近してくれたお陰で、迎撃戦闘にのみ適した機体という評判も、ここで返上できそうな雰囲気が漂っている。実際この任務のために、本来は航空母艦『大鳳』の改修用として製造された特殊鋼板が、滑走路上に敷かれているほどなのだ。


「もっとも、出撃可能なのは僅か9機でしかないのがな」


 室田は少しばかり口惜しげに独りごち、弾がないのが玉に瑕と戯歌を付け加える。

 計画通り40機くらい出撃可能だったならば、後続する343空の紫電改と合わせて、米機動部隊上空の制空権を掌握できてしまいそうだが……無い袖は振れぬとしか言えぬし、あってもエンジンの不調で飛べなかったりするのがジェットなのだ。


「まあ、各自が一騎当千の働きをするまで」


 そう呟いた直後、指揮所の付近に待ち侘びていた旗旒が掲げられた。

 もし待機中に敵機が襲ってきたら、すべてが水の泡となるところだったが、上がってしまえば心配ともおさらばだ。深呼吸でもって精気を奮い起こし、航空無線のスイッチを入れる。


「それでは出撃する。各機、準備はよいな?」


「準備よし」


 邪さの一切感じられぬ幾つもの声が耳朶を叩き、室田は大いに満足した。

 スロットルを最大まで吹かし、甲高い轟音の中、これまでよく尽くしてくれた整備員に車輪止めを外させた。機体が徐々に加速していく中、ニコリと微笑みながら機付の者どもと敬礼。とにかく悔いのない戦をしてくると、目でもって堂々宣言し、それから正面を真っ直ぐに見据えた。


 かくして離陸を開始した蒼雷は、滑走中に猛烈な炎を吹き上げた。

 RATO改、すなわち大幅改良されたロケット補助推進離陸装置の効用だ。短期的に圧倒的な推力を発揮するそれの後押しを受け、増槽を幾つも機体は一気に空高く舞い上がる。上昇時の燃料節約という大役を果たし終えたそれを切り離し、空中集合を終えたジェット機の編隊は、時速700キロという信じ難い巡航速度で米機動部隊を目指した。





 太平洋:サイパン島沖



 ジョン・マケインという海軍少将は、機を見るに敏なところのある人物だった。

 元々は海軍作戦部長として辣腕を振るいまくっていたキング元帥に取り入り、子飼いだの腰巾着だの言われてきた人間である。しかしかの暴君が新たに大統領に就任したトルーマンに嫌われ、クビを宣告された翌日に腹上死したと知るや、かねてからの宿敵の1人とされてきたタワーズ大将の派閥に、まるで臆面もなく寝返ったのだ。


 かような事情もあって、マケインは第58任務部隊第2群を率いることとなった。

 しかも小笠原方面より来寇する敵機動部隊の撃滅のため、第2から第4までの3個任務群をもって第54任務部隊が編成された際、彼はその指揮官にも任命された。この重要局面において艦隊戦力を保全し、十分な手柄を挙げれば、太平洋艦隊司令長官の椅子も転がってくるに違いない。またそれは十分以上に可能と思われた。相手が改装空母5隻なのに対し、こちらはエセックス級が7隻、インディペンデンス級が5隻と戦力差は圧倒的で、つまりは囲んで艦載機で殴れば終わる話だからだ。

 そして十数分前、偵察機が敵情を通報してきた。それまでにピケット艦隊が同時多発的な空襲を受け、駆逐艦8隻が撃沈もしくは撃破されるという損害を被りはしたものの、報復の時はすぐそこである。


「それで、『アンティータム』の修理はまだかかりそうか?」


 苦いコーヒーを飲みながら、マケインは少しばかり荒れた声で尋ねる。

 戦闘指揮所からは外の様子を伺うことはできないが、間違いなくそこには勇壮な光景が広がっているはずだった。旗艦たる『レキシントン』と、それに連なる10隻の航空母艦は、エレベーターを忙しなく往復させ、艦載機を飛行甲板に並べているのだ。


 だが航空母艦『アンティータム』だけは、この例に漏れているようだった。

 サイパン沖の機動部隊から放たれたと思しき80機ばかりの攻撃隊が、1時間半ほど前に空襲を仕掛けてきて、迎撃機によってほぼ完封することに成功した。だがその際、唯一被弾してしまったのが彼女なのである。訓練中に衝突事故を起こしそうになったり、南北戦争に関する口論から乗組員が大喧嘩を起こして死傷者が出たりと、何かと面倒事の多い艦だと思わざるを得なかった。


「当初は40分程度で復帰といってきたが、既にその倍はかかっておるではないか」


「あの艦は今年に入ってからの就役ですから、ある程度は致し方ないかと」


 そう弁護するは、航空参謀のサッチ中佐である。

 腕利きの戦闘機乗りで、南太平洋の何処だかで鹵獲した零戦と200回くらい模擬戦をやってのけたという噂の、なかなかにスペシャルな人物だ。一方でマケインは50を過ぎてからパイロット資格を取ったものだから、名は同じくジョンであるが、少々反りが合わぬところがあった。


「実際こう、急ぐとゴミになると言います」


「早くせんと攻撃隊の数がそれだけ減るだろう」


「提督、その件ですが、やはり『アンティータム』には迎撃機の発進を優先させるべきではないでしょうか?」


 サッチは生真面目な顔をして注進する。


「間もなく発艦予定の第一次攻撃隊につきましては、彼女の分を含めなくとも、合計234機にもなります。それだけで敵機動部隊の艦載機数に匹敵しますから、撃滅するには十分なはずで」


「ここで確実に、すべての敵空母に止めを刺さねばならん」


 マケインは不機嫌そうに言う。


「もちろん戦艦もだ。重巡洋艦と一緒になって突っ込まれると、こちらには『ウィスコンシン』が残っているとはいえ、面倒なことになる。加えて敵機動部隊には、忌々しい食中毒空母が含まれているというではないか。あれは邪神か何かが取り憑いておる危険な艦だから、細心の注意を払い、完膚なきまでに沈めてしまわねばならん」


「そんな非科学的な」


 サッチは小馬鹿にしたような面持ちで、


「世の中あまりに信じ難い偶然もあるものです。それを迷信に仕立て上げてしまうなど、地べたの神を信奉しているインディアンめいた未開さ加減ではありませんか」


「何だ貴様、儂を馬鹿にしとるのか?」


「いいえ。それより日本軍の攻撃は、どうにも外周の艦に集中しておるようで」


 戦況表示板に記された航空戦の状況を、サッチはすかさず指差す。


「また五月雨的に行われていることが懸念されます。真打が他にいるのかもしれません」


「前に言っていたな、ジャップ無線機はゴミみたいな性能だと。そのせいで戦力の逐次投入になっとるだけだろう」


「ですから提督、迎撃管制についてもう少しご理解をいただけないかと。一方向からまとまった数で侵入してくるだけなら、同じ数をぶつければ概ね片付く話です。しかしながら複数方向から時間差を置いて侵入してくる場合、それぞれの脅威判定を迅速に実施し、適切な数の迎撃機を配分しなければ……」


「くどい。戦場で講釈を垂れるな」


 苛立った声でマケインは叱責する。


「現に戦闘機隊は敵のすべてに対応できておる。それから真打なんてものは何処にもおらん。いるとしても硫黄島あるいはヤップ辺りから、長距離攻撃機が何十機か飛んでくるくらいで、その程度ならば上空に待機させとる60機で……」


「駆逐艦『ヘイゼルウッド』より緊急電」


 無線員が声を張り上げ、言うまでもなく論争は即刻中断された。

 また戦況表示板の傍らに立つ管制要員は即応し、油性ペンで情報を追記する準備に入った。


「方位280、距離50に敵機。数およそ10、速力380ノット、針路90」


「380ノットだと!? 馬鹿な、そんな航空機が……」


「存在します、サイパンで度々目撃されているジェットです!」


 サッチがすべてを遮って叫び、マケインもまたそれを聞いて青褪める。

 今日行われた戦闘だけでも、日本軍のジェット戦闘機と交戦したという事例は幾つかあった。それでも燃費と航続距離において従来機に大きく劣るそれらは、迎撃戦闘にしか用いることができない。かような思い込みあるいは油断が間違いなくあったのだと、痛感せざるを得ない状況だった。


「敵は恐らく爆装していて、高速爆撃で我々の母艦を潰す気です。さっさと艦載機を出撃させないと一大事かと」


「うむ、発艦始めだ。可及的速やかに飛行甲板を空けるのだ」


 マケインは促されるままに命じた。事ここに至っては、口角泡を飛ばす余地などあるはずもない。

 かくして空母群は一斉に増速。攻撃隊は風向など関係なしにカタパルトでの発艦を始め、艦隊上空に日の丸を描いたジェット機が到達するまでの間に、どうにかすべての艦載機を上げることに成功した。栄光あるアメリカ海軍の底力が如実に示された光景だと、その場に居合わせた大勢が確信したに違いなかった。


 だがその直後に響いてきたのは、複数種類の悲鳴だった。

 まず既に飽和しつつあった迎撃管制が、攻撃隊の発艦まで重なったことで大きく疲弊。情報伝達の齟齬が急増し出したところに、F8Fからなる迎撃隊を易々と突破した日本軍のジェット機が、何とチャフを散布し始めたのだ。そうして擾乱が広がる中、編隊を組まんとしていたSB2Cが叩き落されるという事態まで発生し、いよいよ混乱は頂点を極めていく。

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