竜挐虎擲! マリアナ決戦⑥

太平洋:サイパン島沖



 駆逐艦『コルホーン』は僚艦の『ブッシュ』とともに、レーダーピケット任務に着いていた。

 主力の前方50海里に展開し、敵機あるいは敵艦隊の接近を通報するという、命懸けの配置である。祖国の勝利のために欠かせぬと分かってはいるが、まさに炭鉱のカナリア役だ。とんだ貧乏籤と思った乗組員が、大きな白ペンキの矢印の下に「空母がいる」と日本語で記した看板を作って艦体に掲げてしまうのも、実際致し方ないことであろう。


 しかも厄介なことに、追加の仕事まで割り振られてしまった。

 第58任務部隊所属の3個任務群が北上するというので、『コルホーン』もその動きに追随したのだが――暫くして、水上レーダーが水上艦らしき反応を検出した。それについて問い合わせたところ、被弾した日本海軍のピケット駆逐艦と判明し、担当する哨戒区域内にいるのだから念のため沈めてこいと命令された訳である。


「敵艦は……秋月型か」


 艦長のドーソン少佐は、厳然たる面持ちで用紙を睨む。

 フレッチャー級と比べ、基準排水量で600トンほど大きな相手だ。高初速の10㎝砲を8門も備えており、しかも最近は検波信管なんて代物を使い出したから、手負いの艦であっても、なかなかに手強い相手かもしれぬ。


「撃沈するなら航空隊に頼めばいいのに」


「あいつらは肝心な時に役に立たん」


 不満げな副長に、ドーソンもまた毒づく。

 こんな状況では、皆で戦うから絆が深まるなどと言っていられない。航空隊にも色々と事情はあるのだろうが、爆装した戦闘機を2個小隊くらい回す余裕くらい、流石にないとは思えない。


「とはいえ命令である以上、やらねばならん。とりあえず近接信管付きの5インチ砲弾を……」


「方位25、距離55に反応多数」


 レーダー室からの緊急報告が、『コルホーン』中枢を震わせる。


「IFF応答なし。速力200ノット、針路170」


「ジャップ野郎どものやくざ攻撃隊か。敵艦は後回しだ。これよりCICで指揮を取る」


 ドーソンはすぐさま席を立ち、焦りのない速足でラッタルを降りていった。

 北方には敵空母5隻が遊弋しているとのことだから、敵が先手を取ったのだろう。とはいえ機動部隊に辿り着くまでの間には、多重化された迎撃網が敷かれている。先程罵った空の勇士達が大なる戦果を挙げられるようにと、また敵機の一部であれこちらに向かってくることがないようにと、彼は当然のように祈った。


 だが戦闘指揮所に到着するや否や、脳天に強かな一撃を食らう破目になった。

 追尾中だった敵編隊に乱れが生じ……40機超と推定されるそれの半分ほどが、『コルホーン』へと急速に接近しつつある。若いレーダー士官は引きつった顔でそう告げた。騎兵隊たるF6Fが到着するより先に、空襲を受けるかもしれぬ状況ということだ。


「糞ッ、対空戦闘用意だ。こんなところでは死なんぞ」


 ドーソンは憎々しげに咆哮し、将兵を経空脅威と対峙させた。





 結果から言うならば、到着は戦闘航空哨戒のF6Fの方が早かった。

 同時多発的に警報が発せられたその時、航空母艦『レキシントン』所属の戦闘飛行隊が、ちょうど艦隊上空での集合を終えたところだった。迎撃管制官はただちに迎撃を指示し、どうにか間に合わせた訳である。


 とはいえ泣く子も黙る666空が相手となると、力不足の感は否めなかった。

 特に最近、航空相撲なる特殊空戦術を編み出した秋元中尉の小隊が、攻撃隊に混入していたものだからたまらない。F6Fの群れは上方からの攻撃を仕掛けることには成功したものの、ヒラリと躱され戦果は皆無。挙句に紫電改を深追いした結果、たちどころに不利へと追い込まれ、あっという間に3機が返り討ちに遭ってしまった。

 そしてそれは対艦攻撃を試みる流星にとっては、福音以外の何物でもなかった。隊伍を率いる五里守大尉は、絡み合う飛行機雲の先に棚引く黒煙を一瞥し、それから目標を選定した。


「よし、あいつをやる」


 海原に浮かぶ艦影を睨み、五里守は宣言する。

 その撃滅が第三機動艦隊の仇討ちになり、マリアナ決戦の勝利にも繋がる。前哨の駆逐艦が相手であれ、いや前哨の駆逐艦が相手だからこそ、全神経を投じて臨まねばならぬ重大任務だ。


「ボノ、周囲に敵はおらんか?」


「敵影なし」


「よし。それではゴリラロケットパンチだ、各機続け」


 五里守は愛機を旋回させ、沈めるべき艦の動きを読む。

 間もなく突入経路を決定し、部下の乗る5機が追従していることを確認した後、ただちに降下へと入った。どういう訳か高角砲は撃ってこないが、それならそれでまったく構わぬ。ともかくも必殺のロケット爆弾を見舞わんと、スロットルを最大まで開き、距離を一気に詰めていく。


「ヨーソロ、ヨーソロ……むッ!?」


 途端に猛烈な違和感が襲ってきた。

 何かが絶対的におかしい。野獣的なる感性は間違いなくそう告げており……照準環の先で肥大化しつつあった艦影を改めて睨むと、それはあからさまなまでに秋月型だった。


「攻撃中止、中止しろ。味方だ」


 五里守は航空無線越しに怒鳴り、ただちに機体を上昇させた。

 そうして主力をバンクさせて敵意のなきを示す。危うく友軍を誤爆してしまうところであったが、列機も事態を察して追随し、最悪の事態は回避された。帽振れの合図を送ってくる乗組員の姿と、翩翻とはためく軍艦旗が見て取れ、盛大にかいた冷や汗が額を滑り降りる。


「何だって、こんなところに秋月型がおるんだ」


「さあ……あッ、三時方向に敵艦らしき影」


「よし、今度こそゴリラロケットパンチを見舞ってやる」


 五里守は気を取り直し、流星を大きく旋回させた。

 新たに捕捉した敵艦の上空には、また新たに到着したらしい敵機が待ち構えていたが、一切気にせず遮二無二突っ込んでいく。





「いやはや、まったく危ないところだったな。1発だけなら誤射かもと阿呆は言うが、こちらは1発でお陀仏だ」


 駆逐艦『清月』艦長の津賀沼中佐は、何とものんびりした口調で笑う。

 上空では熾烈という他ない空中戦が続いていて、武運拙き機が火炎に包まれ墜ちていく。当初は友軍優勢といった雰囲気だったが、後からゾロゾロと米軍機が押し寄せるものだから、大空の侍どもも苦戦気味となりつつあった。


 それでも米前哨艦隊の撃滅は、概ね達成されたような雰囲気だ。

 実際、左舷十時の方向には、後部甲板より黒煙を吹き上げ炎上するフレッチャー級駆逐艦の姿があった。それとペアを組んでいたらしいもう1隻については、ロケット爆弾の直撃を受けたためか、とうに海の藻屑となってしまっている。一時は誤爆されかけたとはいえ、まったく天晴な腕前と評する他ない。


「さてはて、この後どうしようかね」


「艦長、あそこに妙な矢印看板が見えますぞ」


 大破炎上中の敵駆逐艦に双眼鏡を向けていた副長が、酷く面白そうな顔で言う。


「しかもわざわざ日本語で、空母がいるとか書かれております」


「まあ実際、そちらにいるんだろうな」


 津賀沼もまたほくそ笑み、少しばかり夢想する。

 損傷によって最高速力は28ノットまで低下しているが、魚雷はまだ8本とも残っている。前哨艦隊が壊滅した隙を突いて米機動部隊の輪形陣に接近し、奇襲的に砲雷撃を仕掛けてやれば、なかなか楽しいことになるのではなかろうか。実際、重雷装艦の『北上』は、アリューシャン沖でそんな離れ業をやってのけた。二匹目の泥鰌との誹りは免れないが、こういう状況では積極果敢にそれを採るべきに違いない。


「よし……ここを命の捨て所とする」


 白刃の如き声色で津賀沼は宣言し、その瞬間、艦橋の空気がガラッと変わった。

 孤立無援の状況にあって、未だ艦が沈んでいないこと自体、奇跡としか言いようがなかったが……何時かは幸運が尽きることもまた、明白という他なかった。ならばそれを最大限有効活用したい、すべての乗組員がそう思ったに違いない。


「敵空母を目指し突撃、必中の雷撃でもって撃沈してやろうぞ」


「刺し違えてでも大物に食らいつく。駆逐艦乗りの本懐という訳ですな」


「うむ。防空駆逐艦であれ、駆逐艦には変わりない」


 津賀沼は脳裏に敵空母が轟沈する様を思い描き、それから心中で諸々に感謝した。

 日本海海戦の『信濃丸』と同じ任を果たした後、勇猛果敢に突撃して手柄を挙げたともなれば……真珠湾攻撃の九軍神、桑港沖の玄葉少佐などと並ぶ、今次大戦の英雄となれるに違いない。父母に先立つ形とはなるとはいえ、これ以上の親孝行もあるまいと思う。


「まあもしかすれば途中で討ち死にとなるかもしれんが……敵サンは哨戒網の穴を埋めるべく、別の艦を抽出してくるはずだ。最低でもそいつくらいは食えるだろう」

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