新型潜水艦対策委員会

東京:海軍省



 アナハタン島沖の惨劇から一夜。海軍省に新型潜水艦対策委員会なる組織が発足した。

 同委員長に就任したのは、海軍省軍務局長を務める保科中将である。今次大戦にあって、艦政や軍需に関する部署で辣腕を振るってきたこの真面目一徹な人物は、辞令を受けると同時の電話攻勢で知恵の出せそうな人間を搔き集め、どうにか状況を把握せんとしたのである。


 ただ何よりの問題は、いきなり断崖絶壁にぶつかったことだろう。

 初会合に出席した綺羅星の如き英才達ですら、桐二船団を壊滅させた正体不明の潜水艦について、筋道を立てて説明がつけることがさっぱりできなかったのだ。科学的に考えてもあり得ない、既知の機関技術では実行不可能。かような見解が続出し、そもそも被害は誤報の類ではないのかと疑う声まで出たほどである。

 とはいえ僅か数時間のうちに特設航空母艦『大鷹』を含む8隻が撃沈されたというのは、厳然たる事実に違いない。早急に対策を練らねばまた別の船団を、あるいは決戦準備中の聯合艦隊主力を、同様の悲劇が襲うやもしれぬのだ。


「ひとまず、論点を整理しよう」


 発散するばかりの議論の中、保科はそう言って場を鎮めんとする。


「まず結論付けるべきは、襲撃してきたのが単艦であったか、それとも複数であったかというところだろう。正直ここからというのがまったく心苦しいところではあるが……それぞれの説について疑問点を挙げ、如何なる手法でそれを解決し得るかを論ずるのが得策と考えられる。まず沼田君、とりあえず君はどう見る?」


「自分は複数あったのではないかと考えます」


 周囲がざわめく中、海軍省潜水艦部の沼田機関中佐が述べる。


「自分は潜高型の設計に関して、多少の見解を有しておりますが……米海軍が同型と同等あるいは改良型で期待されている程度の性能の潜水艦を有していたとしても、単独ではあれだけの成果を挙げることはできません。桐二船団は速力12ノットの優良船団であり、潜航状態のままこれに追従することは不可能。潜高型は最高速力20ノット、ドイツのXXI型もそれくらい出るとのことですが、これは瞬発的にしか出せません。ワルター機関を搭載していたとしても無理でしょう」


「沼田君、ありがとう。ああ皆、静粛に頼む。焦っておるのは僕も同じ、しかし急いては事を仕損じるだ」


 保科は場を宥め、副官に諸々を板書させる。

 それから沼田が述べた機関技術的見解そのものに関して、おかしなところがあるかを尋ねた。結果は異論なし。その上で疑問点はと問うと、次から次へと手が挙がる。


「では稲葉君の忌憚なき意見を聞こう」


「はい。先の沼田中佐の見解は機関技術的には妥当と考えますが、一方で通信技術および潜水艦の実運用を考えれば非現実的かと」


 『サラトガ』雷撃の英雄として知られる稲葉中佐は、潜水学校の人間らしい口調で反駁。


「事実、複数の潜水艦による連携攻撃は容易ではありません。お互いが何処にいるか、目標は何処をどちらに何ノットで航行しているか。そうした密な情報共有なくして実行は不可能で、かつ何らかの方法でそれが実現できたとしても、今回の襲撃で見られたような一糸乱れぬ形態とはならないはずです」


「桐二船団は事前に回頭しておるからな」


 誰かがそう口を挟み、


「事前にその針路が読めていた訳でもなければ、そもそも射点に着くことすら困難か」


「その通りです。無論、ある程度予想し、特定方向へと誘導することは可能ですし、最初に水上電探を打ってきた敵はまさにその役割を担っていたとも考えられますが……従来の米潜水艦の運用形態を鑑みましてもやはり不可解です。また戦闘詳報を読んだ限り、無線あるいは音響による通信が近傍で行われていた訳ではない模様で」


「ううむ、なるほど」


「稲葉君、ひとまずそんなところでよいかな?」


 すぐさま荒れそうになる議場を、どうにかこうにかまとめていく。

 これまでの議論を要約すれば、信じ難く高性能な無酸素機関を搭載した潜水艦が存在するか、原理すら分からぬ通信・指揮統制技術を米海軍が有しているかのいずれかということになる。言うまでもなく、どちらが正解としても凄まじい脅威だ。


「とりあえず、今ここで出せる対策としては……洋上にあっては可能な限り高速を維持し、潜水艦との接触率を低減。雷撃があった際には速やかに離脱する等、消極的なものばかりとなりそうだ」


 保科は相当に陰鬱な面持ちで続け、


「ただ作戦行動中の機動部隊はこれである程度は対処できるとしても、港湾の近傍でやられる可能性は高い。また南方航路についてはこれまでほぼ被害が生じていないが、桐二船団と比べて遥かに脆弱な護送船団しか運行しておらず、かような被害が続いた場合、それはすなわち亡国に直結する。よって可及的速やかなる対策の確立が不可欠であり、次回会合までに無酸素機関および通信・指揮統制技術に関する調査検証を実施し……」


「馬鹿者、結論などもう出ておるわ!」


 あまりにも唐突かつ直接的な面罵が、会議室の入口から投げ込まれた。

 度の強い眼鏡に染みの付いた白衣、無造作に伸びた白髭に下駄。そんな如何にも怪しげなる博士然とした闖入者が、蛍光物質でも詰め込んだのかと思われる双眸で、何だ何だと騒ぐ出席者一同をジロリと睨みつける。


「あんた確か保科つったな、義弟の祐一が言うところでは、糞真面目だけが取り柄のつまらん奴とのことだったが……中将の癖に阿呆でもあるようだ。この場に私を呼ばないでどうする、呼ばれんから押し掛けたのだぞ」


「おい、いったい何者だこの無礼者は?」


「分からんか? 世紀の天才科学者、九大のウラニウム博士こと浦仁生とは私のことだ。中将の癖に不勉強も甚だしい」


「ほ、ほう……」


 千万の無礼に憤るより先に、保科はあれこれと情報を思い出す。

 昨年の末、九州大学が天然ウラニウムを反応させる試験に成功したという報があった。それ以来、軍需省の燃料局やら陸海軍の燃料廠やらが結託して、あれこれ妙な新規事業に乗り出しているという話があり――その関連で、浦という猛烈な科学者の名前が頻出していたのである。


 ついでに義弟の祐一という行で、かつての嫌な記憶も呼び覚まされた。

 兵学校の1年先輩にとんでもない素行不良の、脳味噌まで筋肉が詰まっているような輩がおり、存分に迷惑を被ったのだ。しかも真っ先に海軍を追い出されそうなそいつは、何故か未だに提督などやっているとのことで、その親類がこれかと思うと、どうにも辟易としてきてしまう。

 とはいえそうした個人的な諍いなど、今は気にしている場合ではあるまい。先程の罵倒とは裏腹に、保科はやはりなかなかの人物であった。


「まあいい。浦教授、出席を許可しよう。重要な見解をお持ちのようだ」


「当たり前だ。先程申した通り結論は出ておる、あれは原子動力潜水艦だ」


 狂気すら感じられる面持ちで浦は断定し、それから怒涛の勢いで喋りながら、黒板にあれこれ書き始める。

 核分裂反応の概要、中性子の吸収や減速と臨界量の関係、黒鉛炉の運転の過程で発見された新元素プルトニウムの性質。原子物理学に長じていなければ相当に理解困難な内容の後、理論設計は完了したらしい艦船向けの核分裂動力炉についての板書がなされ、出席者がそこで一気に青褪めた。常識を遥かに超えるような諸元だったためだ。


「この核分裂動力炉を搭載した潜水艦は、速力20ノットで100時間、いや1000時間の連続潜航すら可能になる。桐二船団を襲撃したのが、その類であるとすれば、すべての説明がつくはずだ」


「そんなものが実現可能なので……」


「おい、愚かな質問をしてくれるな」


 浦はピシャリと撥ね付け、


「私はこの研究で既に陸海軍から合計191万9810円もの出資を受けておる。それからまことに悔しいが、米国は原子物理学に関してはドイツよりも先を行っておる。先の新元素についても昭和16年には見つけておったようで、プルトニウムと命名しちまった。まあそれはともかく諸々の情報を総合するに、米国モンタナ州には大規模な黒鉛炉施設が建設されており、そこでプルトニウムが今も量産されておる。大変に拙い状況と言えるだろう」


「な、何とな」


 他の者達と同様に、保科もまた言葉を失った。

 桐二船団の被害は実験的に建造したそれによるものと思いたいところだが――それにしても半年や1年もすると、原子動力潜水艦がずらりと舳先を並べ始め、片っ端から艦船を襲撃してくるようになるかもしれぬ。先程用いた亡国という語が、如実なまでに現実味を帯び、抗する術もなしに撃沈されていく軍艦の姿が、酷く明瞭に脳裏に浮かび始める。


「それで……浦教授、本委員会は新たなる脅威への対策を検討する場だ。その点において、何か名案はあるだろうか?」


「んなもん決まっておる。知久平んとこの飛行機で、根本をぶっ叩くしかあるまい」


 浦は異論を許さぬ口調で言い放ち、長距離航空機の片道攻撃で黒鉛炉を破壊しろと主張した。

 いったい誰がそんな任務を遂行するのだ。保科はかような心理的反発を覚えつつ、しかし他にまともな手が思いつかぬことに、途方もない戦慄せざるを得なかった。

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