激烈! マリアナ沖航空戦⑦

太平洋:エニウェトク環礁沖



 航空母艦『ダカール』がどうなったかというと、爆発的なまでに悲惨としか言いようがなかった。

 被雷と同時に格納庫で出撃準備中だった艦載機が誘爆し、更に天井吊り下げの予備機まで悉く燃え上がったものだからたまらない。猛烈なる火災はあっという間に艦全体に広がり、数分後にはボイラーまでも破裂。元々さほど強靭でもない艦体は真っ二つとなり、艦首と艦尾を天高く反り返らせ、たちまちのうちに沈んでしまったのである。生存者は僅か9名、大西洋で轟沈せし英戦艦『フッド』もかくやと思われる最期であった。


 またそれがあまりに短時間での出来事だったため、暫くして現場上空に到着した『天鷹』攻撃隊の面々は、ものの見事に当惑することとなった。

 敵発見の打電があった海域には、隊伍を盛大に乱しながらも両用砲を撃ち上げてくる駆逐艦が5隻ほどいるばかりで、肝心かなめの敵空母の姿が何処にもなかったのだ。既に水深5000メートルの海底に沈んでしまっているのだから当然だ。まあ漂流物や海面に広がる油膜など、注意深く捜索すれば沈没の痕跡を見つけることもできたかもしれないが……事情を知らぬ者達が大物を逃したのではと焦りながらでは、それも著しく困難に違いない。

 そして日の丸の翼は周辺空域をグルリグルリと旋回し、何十分という時間を空費することとなったのである。


「ううむ……致し方あるまい。攻撃開始だ」


 指揮戦闘機たる彩雲の後席で、攻撃隊を率いている博田少佐は、相当な逡巡の末に決意した。

 航空時計の針は午後4時近くを指している。燃料にはまだまだ余裕があるため、索敵を継続したくもあったが、一向に発見できる気配がなく、また逢魔が時の着艦で損耗を出すのも拙いという判断だった。


 そうして16機の流星は、二手に分かれて目標を定め、編隊単位で一気呵成に急降下。

 ちょこまかと鬱陶しいフレッチャー級らしき駆逐艦は、小癪にも盛んに対空砲火を撃ち上げてくる。1機が大口径機関砲の直撃で四散し、更にもう1機が被弾して海に突っ込んだ。しかし尊い犠牲があってか、爆撃はどちらの中隊も成功し、爆弾は合計3発が命中。排水量2000トン台の小艦艇に耐えられる被害ではなく、どちらの艦も呆気なく海中に没した。


「攻撃終了。各機集まれ」


 博田は航空無線で再集合を命じた。

 それから通信員に戦闘結果を打電させる。戦果は駆逐艦2隻撃沈。被害は流星2機撃墜、加えて紫電改も1機が欠けているようだ。彼は散っていった者達の冥福を短く祈り――そこで唐突な違和感を覚えた。


「うん、何だ?」


「どうかなさいましたか?」


「チョイ待て、妙な胸騒ぎがする」


 博田は線を北方の空へと向け――寸秒の後、ゴマ粒のような影を幾つか見出した。

 きっちりと群れをなし、僅かずつ大きくなっていくそれらが、友好的なものであるはずがない。彼は条件反射的に航空無線の送話器を手に取った。


「畜生、12時方向に敵機! 距離およそ4000、数およそ8!」


 泣き叫びたくなるのを堪えつつ、博田は指揮下にある機に通報した。

 向かってきたのは戦闘機に違いなく、到来方向に島など存在しておらぬから、真北に航空母艦がいるに違いない。何故探しても見つからなかったか、先程はどうして攻撃を命じてしまったか、悔恨が怒涛のように押し寄せてくる。


 それでも十分な飛行時間を有する航空指揮官だけあって、ただちに次善の策が頭に浮かんだ。


「戦闘、偶数小隊は敵編隊を迎撃。奇数小隊は続け、索敵攻撃だ。流星は全機帰投、再攻撃に備えよ」


 博田はすぐさま命令し、紫電改7機を率いて突き進む。

 真打ちたる80番爆弾搭載の流星は、発艦してまだそれほど経っていないはずである。故にここで索敵を成功させれば、件の航空母艦を沈める機会はある――彼の判断は正しくもあり、間違ってもいた。





「ううん、いったいこれはどういう状況なのだ……?」


 それなりに場数をこなしてきた高谷少将としても、首を傾げるしかない状況だった。

 索敵機や直掩機を飛ばしていたはずの級別不明の米空母だけが、忽然と姿を消してしまったのだ。周辺をどれだけ捜索しても見つからぬので、攻撃隊はまったく致し方なしに、彼女の直衛に当たっていたと思しき駆逐艦群を目標としたのだが――その頃になって北方から、敵機が飛んできたというから分からない。


 しかもほぼ同時刻、高谷機動部隊および田中艦隊もまた、艦載機による空襲を受けていたのである。

 実のところを言うならば、被害は甚大とはならなかった。現れた敵機は50機弱ほどと相応の勢力であったが、紫電改のほぼ全てを上空で待機させていたことが奏功し、片っ端から撃墜することができたのである。重巡洋艦『足柄』が1発被弾、軽巡洋艦『五十鈴』が至近弾2といったところで、いずれも戦闘航行ともに支障なしといった程度。

 ただこちらも理解し難いのは、敵攻撃隊がほぼ一時方向からやってきていたことだ。件の米空母は何処から、どう攻撃してきたのか。陽が容赦なく翳っていく中、当然事情を知らぬ七航戦の面々が、鼻つまみ者なりに頭を悩ませる。


「とりあえず、この辺りに逃れたのではないかと」


 航海参謀の鳴門中佐が、人差し指で海図上に円を描きながら推測する。


「護衛艦艇を残して空母のみ離脱、というのは些か考え難い対応ですが……なくはないかもしれません。その上で攻撃隊に針路を欺瞞させ、我々を襲わせたと考えれば、どうにか辻褄が合いそうです」


「とはいえメイロ、その辺りなら既に、バクチの索敵隊が通過したはずだよな?」


「まあそうなのですが、見逃した可能性も」


「メリケンゴロツキどもが元々2群いた、そうは考えられんでしょうか?」


 目をぎらつかせながらそう言うは、666空司令の打井中佐。

 出撃とあらば真っ先に出て行ってしまいそうなものだが、流石に航空の専門家がどちらも空の上では拙いので、高谷が強引に引き留めた形だ。元はといえば航空参謀が一向に補充されないのが原因だが、ないものを当てにすることはできぬ。


「特に先程襲ってきたのはワイルドキャットとドーントレスだけで、故に紫電改で千切っては投げられたようで……まあ確かに自分が出るまでもなかったかもしれません。それはともかくこれは、重量のある機体を運用できん特設空母が何隻か、件の空母とは別に展開しておったものと推測できます」


「ダツオな、なら何故、そっちしか攻撃隊を送ってこなんだ? 分進合撃は作戦の基本だろう?」


「あ、何ででしょう? とはいえ……」


「少将、博田少佐がやりました! いまに見ていろ爬虫人類全滅だ!」


 ドカンと扉を蹴飛ばし、司令官公室に佃少佐が突っ込んできた。

 怪理論に基づく発言はともかく、携えていた電文の内容は重大だった。北緯17度2分、東経159度20分、つまりは北北東に120海里ほど進んだ辺りに、多数の敵艦船が遊弋しているとのことだ。しかも特設空母らしきもの3ないし4が含まれ、それらが上げてきた直掩機と交戦中だというから驚きである。


「どうなっとるんだ、ダツオの読み通りになっちまった」


「それで少将、どうなさいます?」


「何であれ敵空母が間近におるし、爆装した流星も既に上がっておる訳だ。行方不明の敵空母が気になるところではあるが、ここはやるしかあるまい。直掩機のうち燃料が残ってそうなのを護衛として、ただちに攻撃に出せ。最もでかいのを沈めるのだ」


「了解いたしました」


 打井はビシリと敬礼し、佃を連れて通信室へと駆けていく。

 一方の高谷はようやく手柄を挙げられそうな状況に感極まりつつも、何かを失念しているような、どうにも奇妙な感覚を抱いた。とはいえその正体は判然としないので、そのまま艦橋の司令官席へと戻ると、どうにも周囲がざわついているのが気にかかる。


「おいムッツリ、どうかしたのか?」


「少将、田中艦隊所属の艦がいずれも増速し始めたようです」


「な……何だって!?」


 暫く呆気に取られた後、高谷はようやく状況を把握した。

 特設空母を含む敵艦隊までの距離は、繰り返すが120海里ほどしかない。とすれば最高速力33ノットの重巡洋艦や駆逐艦なら、ほぼ8時間ほどで、つまりは日付が変わる前に追い付ける計算だ。そうして強力なる20㎝砲や魚雷でもって、敵艦隊を一網打尽。かような意図を理解するや否や、彼は思わず身震いする。


「頼三あん畜生、俺の手柄を横取りする心算か!」


 高谷は愕然たる表情を浮かべ、怒りに任せて叫んだ。

 この時勢にあって尚、そんな感想が真っ先に出てしまう人物だから、1期後輩より遅れて少将に進級したに違いない。

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