マーシャル闇討ち作戦⑤

太平洋:マキン島沖



「何ッ、聞き耳爆弾が揃いも揃ってふらついた挙句に海に落ちた!?」


 早朝。帰投しつつある攻撃隊からの報告に、高谷少将は信じられぬという顔をした。

 奇襲成功の報に気をよくしていたら、急転直下の結末である。新兵器に不具合はつきものであるから、半数くらいはおかしなことになるやもと覚悟はしていたものの、まさか正常に動作するものが皆無というのは想定外だった。


 不幸中の幸いは、攻撃隊の被害がかなり小さそうなところだろうか。

 とはいえ25機でもって困難な夜襲を敢行し、偶然当たった輸送船1隻だけが戦果ではお話にならない。米機動部隊がマーシャル諸島を安全に利用できぬようにするという、丹作戦本来の意義は一応達成されたと言えるのかもしれないが……これでは名誉返上の汚名挽回、中将昇進も遠ざかってしまうのではと思えてならぬ。


「ダツオの大馬鹿野郎、いったい何処が大丈夫なんだ!?」


「高角砲があちこちで撃たれるので、どの音を辿るべきか分からなくなったんですね……ひっく」


 通信参謀のデンパこと佃少佐が、妙な吃逆を交えつつ分析し、


「あるいは制御系がポンコツだったのかもしれません。その辺、きちんと試験を済ませれば……」


「デンパな、我等が七航戦は実験屋ではない。機動部隊だ」


「それより少将、既に敵は索敵攻撃部隊を出しているかと」


 留守番を仰せつかっている飛行隊長の博田少佐が、未だ空席の航空参謀に代わって早口で続ける。


「我が部隊は未だ発見されてはおりませんし、攻撃隊もマキン島上空を経由して『天鷹』に帰投する予定ですが、早ければあと1時間半ほどで敵の接触を受けます。B-29のレーダー偵察機もやってくるかもしれません。それ故、ただちに偵察機および直掩機を上げてこれに対処するべきかと。こちらが計画案になります」


「うむ」


 高谷は思考を切り替え、手渡された用紙にサッと目を通す。

 予定通りまず彩雲を発進させて艦隊周辺に哨戒線を張り、通報に応じて艦隊上空の紫電改を迎撃に向かわせる。敵機は当然逆探を装備しているから、明確な接触を受けるまでは無線封止を徹底させ、位置および針路の秘匿に努める戦術だった。


 無論のこと、それでも最終的に見つかる公算は限りなく大である。

 とはいえ被発見が遅れれば、敵攻撃圏を脱するまでの間に、空襲を受ける回数は減るだろう。であればそれを全力でもって迎撃すればいい。帰投した紫電改は当然として、流星にも空対空ロケット弾を搭載させて直掩に出すというから、気合の入った作戦だと改めて思った。まあ随伴艦が軽巡洋艦『五十鈴』以下6隻しかいないというのもあるだろうが、何にせよ積極的であるのは望ましいことに違いない。


「よし、ただちに準備にかかれ」


「了解いたしました、自分も指揮戦闘で出ます!」


 博田はそう言うと、踵を返して待機所へとすっ飛んでいく。

 そうして航空母艦『天鷹』より彩雲やら紫電改やらが発進していき、何時の間にやら飛行科の佐官が艦内に1人もいなくなった。迎撃管制に関しては、無線関係なら何でもござれな佃が統括する訳ではあるが……これまた爬虫人類が云々と言い出していて、些か不安になってくる。





 案の定と言うべきか、翼に星を描いたF4Uの群れが、航空母艦『天鷹』の近傍へと迫りつつあった。

 その秘訣たるは、迎撃戦闘を生き延びたF7Fのうちの1機が、まず送り狼となったことにある。当該の機体はマキン島上空で存在を察知され、空戦の末に被弾して離脱を余儀なくされたものの、帰投中の日本軍攻撃隊は東へと転針したと通報してきた。ならばおおよその位置は推測できるもので、実際それは当たっていた。


 そうして夜が明け始めた頃、海兵隊航空団のフリードマン少佐は、忌まわしき敵艦隊は間近と確信するに至った。

 彼が率いる索敵攻撃部隊の上空に、マートなる渾名で知られる高速偵察機が現れ、盛んに電信を打ち始めたためだ。となればすぐにジークだのジョージだのが駆けつけてくるに違いなく、それらの来襲する方角を見極めた上で見事捻り潰せば、後続部隊が進むべき道を啓くこととなるのである。


「そろそろ敵機が出てくる。恐らくかなりの腕利きが相手だ」


「とにかく油断大敵。死にたくなければ死ぬ気で見張れ」


 自分に付き従う11機に向け、フリードマンは航空無線越しに警戒を促した。

 それからフクロウの如く首を回して有言実行。手足より伝わってくる感覚に基づき、制御機械の如く機体を操りつつ、目を皿のようにして違和感のある空域を探し出す。


「ランスロット01、こちら05」


 5番機のハミル大尉からの呼びかけと、電波照射を意味する音響が同時に響く。


「対空捜索レーダーが動き出した」


「ああ、こちらでも確認した。恐らく針路上に敵艦隊がいる、とにかく警戒を厳となせ」


 空戦の時は近い。己が精神を引き締め、改めて部下に命じた。

 続けて航空無線の周波数を切り替え、レーダー照射を受けた旨を、マジュロの基地に向けて伝達する。無論、現在の緯度経度を添えての報告だ。


「よし」


 あとは全力で戦うだけ。そう意気込み索敵を再開せんとした直後、フリードマンは強烈な違和感を覚えた。

 しかもそれと同時に全身に染み渡ったのは、ジャップ戦闘機覆滅の沸々たる闘志ではなく、まるで得体の知れぬ悪寒だった。


(な、何だ……?)


 フリードマンは身体を震わせ、反射的に六時を振り向いた。

 幸いそこに敵機の姿はなかったが、彼の本能は必死に何かを訴えかけてきていた。目と喉の奥がチリチリと焦げるような感覚と、どうにも悍ましい皮膚の痒み。これまでの人生で経験したことのない、一切の機序の分からぬそれらによって、意識が徐々に搔き乱されていく。


「ランスロット01、一時方向に敵編隊」


 ハミルの切迫した声が耳朶を叩き、


「数7ないし8、距離およそ3マイル、ほぼ同高度」


「オーケー、手筈通りいくぞ」


 フリードマンはどうにか自我を保ち、気丈な声で交戦開始を宣言した。

 増槽をすぐさま切り離し、編隊の半分を上昇させる。心身に多少の不調があろうと、空の修羅場にいる以上、まず戦って勝たねばならぬのだ。





「シコルスキーか。どのように殺してやろうか」


 誉エンジンの猛烈なる轟音の中。秋元中尉は猛獣的な笑みを浮かべ、操縦桿を握る右手に力を籠める。

 空戦そのものの幸先は良さそうだった。まず真っ先に頭を押さえ、上方から一気に叩くべし。零戦から紫電改に乗り換えた後も、これは変わらぬ定石だ。


「敵は上下に分かれている。まず奇数番が上の方を叩け」


 更に高空に展開する彩雲より、戦術指南が飛んできた。


「偶数番は暫く待機。下の連中が上がってきたら、一気に殴りかかれ」


「了解」


 短く応答。列機に手信号で合図を送り、愛機の翼を翻させた。

 自分が巴戦をやる訳でもない癖に、頭ごなしに命令しやがって。当初はそんな反感を覚えもし、実のところ何度か殴り合いの大喧嘩になったりもしたものだが……今はこれが一番いい戦い方と体感的に理解していた。


 そうして秋元は眼下の敵を睨みつけ、襲うべき相手を見定める。

 彼が素早く照準したのは、先頭を進む派手な塗装の機体――恐らくは米航空部隊の長機で、かなりの熟練者だ。これを飛行空手でもって真っ先に撃滅すれば、配下のメリケンどもは混乱するに違いない。また最強の相手と戦って打ち勝たねば、自分は真の勝者とはなれぬのだ。


「よゥし……」


 愛機を敵に追随させ、緩やかに旋回降下させつつ頃合いを見計らう。

 付け入る隙は必ず何処かに生じる。それを見逃すことなく襲い掛かれ。心中でそう繰り返し、逸る心を抑制しながら目標を凝視し……直後、状況は急変した。

 

「は……?」


「な、何じゃこりゃあ」


 驚異の声が思わず漏れ、航空無線からも類似のものが混ざった。

 というのも敵機が見せた隙が信じられないくらい大きかった……というより自滅し始めたためだ。目標としていた派手なF4Uが突如としてふらつき、操縦技量のすべてを喪失したかのような飛行をした挙句、真っ逆さまに墜落し始めたのである。動揺のためかも分からぬが、心なしか他の機体までおかしくなっているようにも見える。


「勝手に墜ちやがった……まあいい、残りを叩くまでよ」


 秋元はひとまず気を取り直し、素早く目標を再選定した。

 そうして襲撃運動へと移行。明らかに挙動のおかしい敵機を射爆照準器の光環に捉え、ドッと20㎜機関砲弾を叩き込む。逆カモメ翼のちょうど折れ曲がる辺りに数発が命中し、そこから先が見事に吹き飛んだ。


「勝負あった」


 秋元は喝采し、しかし一抹の後ろめたさを覚えた。

 この時点の彼には知る由もないことではあるが……実のところF4Uを駆る米海兵隊のパイロット達は、まったく前触れのない視覚障害に襲われ、「目が、目がァ!」と絶叫しながら大混乱に陥っていた。しかもその原因が聞き耳爆弾唯一の戦果たる輸送船『ジョン・ハーヴェイ』にあるなど、まったく想像の埒外に違いない。

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