奇想! 天麩羅機動部隊⑧

太平洋:択捉島南東沖



「ぐぬぬ、何たる無様か」


 焦燥に苛まれつつ、五里守大尉は流星を駆る。

 命令通り目標を敵二番艦に変更し、更に数度襲撃を試みたが、やはり愛機の投弾機構は故障したまま。しかも爆弾を落とせぬことを悟られたようで、還るべき母艦と敵艦との距離は縮まるばかりである。


「このざまでは、おめおめ生きては帰れぬぞ……」


「というより爆弾を落とさぬ限り着艦もできません」


「ボノ、まさしくその通りだ。どうにも如何ともし難くある」


 二進も三進もいかぬ現状に、五里守大尉は歯をギリリと軋ませる。

 彼は万力の籠ったゴリラ拳でもって、まるで言うことを聞かぬ機械をガツンと殴ってやりたくなった。とはいえ拳骨を振るったところでさっぱり意味がないか、あるいは不良品から廃品に早変わりしたラジオと同じ運命を愛機が辿るだけなので、ひとまずはグッと堪えて操縦に集中する。


 ただ両翼の20㎜機関砲だけでは、敵駆逐艦を阻止できそうにない。

 更に言うならば、そろそろ弾が切れてしまいそうだ。当たりどころさえよければ、魚雷の誘爆を狙えはするものの、次の一連射で決めなければ後がない状況だった。無論、成算はさっぱり高そうではない。


「こうなっては致し方あるまい」


 五里守はフットバーを蹴りつつ、壮絶なる覚悟をあまりにあっさりと決めた。

 爆弾が落ちないなら当てに行くだけ、そう思うと焦りも消え失せた。流石に信管まで故障はしていないだろうし、最悪そうでも6トンもの航空機が突入すれば、駆逐艦など一撃必殺で大爆沈と相場は決まっている。


「ボノ、次の航過で駄目なら体当たりする。何ならお前だけ落下傘で降りろ」


「えっと……ここはひとつ、お供しますよ」


 僅かな躊躇の後、後席から朗らかな応答。


「どうせこんな真っ暗闇じゃ、降りたところで助かりませんしね」


「その心意気やよし。キングコング精神、全力全開だ」


 五里守はそんな調子で獅子吼し、例によって己が胸をドカンと叩きつつ、流星を鋭く旋回させる。

 海と空のどちらもが溶け合いたる闇の世界に、射撃するべき目標をサッと見出し、スロットルを開いて動力降下。六時方向からの殴り込みだ。白波を蹴立てて驀進する朧気なるフレッチャー級の艦影は、徐々に大きく浮かび上がってきた。


 そうして艦中央に聳えたる煙突の、僅かに後ろを睨みつける。

 射爆照準器に光学表示されたる円環をそこへと合わせ、敵の運動に追従して三舵を巧みに微修正し、彼我の距離が十分縮まったところで射撃を開始。野太い光弾は面白いように吸い込まれ、弾着と同時にパッと爆裂。しかしいずれも幸運なる一撃とはならぬか。そう感じた直後、上向きの力が身体に降りかかる。


「うおッ!?」


 照準は思い切り狂い、残り十数発だった20㎜機関砲弾が悉く徒となった。

 故障していた機械が、どうしてか今になって機能を取り戻したのだ。抱えられていた爆弾は大気中へと放り出され、もしや直撃ではと思えるほど綺麗な軌跡を描き――最後の最後で海面を叩いた。やはり射撃の姿勢と爆撃の姿勢では、微妙に異なるところがあるのである。


 だが結果的には、それで十分と言えそうだった。

 一切緩まる気配のなかったフレッチャー級駆逐艦の速力が、太平洋の波濤によって急激に減殺され始めた。50番爆弾の炸裂が猛烈なる水中衝撃波を生み、それが彼女のスクリューを弾き飛ばしたのである。





「敵二番艦、行き足止まりつつあり!」


「おおッ! ゴリラの奴、上手くやってくれたか」


 何よりの朗報に、高谷少将も莞爾と微笑む。

 五里守機からようやく転げ落ちた爆弾が、上手いこと至近弾となり、それが敵艦の航行能力に打撃を与えたようである。当面は5インチ砲弾をぶっ放してくるかもしれないが、魚雷戦は金輪際できぬ訳だから、まあ無力化したと言い張れる状況だ。先程は六分四分だか五分五分だか言った気がするが、これなら八割がた大丈夫だろう。


 ならば――今こそ好機、勝負に打って出る時に他ならぬ。

 秘策を伝えただけあって、かくなる状況判断については以心伝心。実のところ言葉にするまでもない。航空母艦『天鷹』の艦長がそれなりに板についてきた陸奥大佐を一瞥し、僅かな視線の交錯をもって最終確認を終える。


「飛行甲板の飛行機は全部どけたな?」


「はい。間違いなく」


「よろしい。ならば野郎ども、待ちに待った果し合いだ」


 海神も照覧あれとばかりに、高谷は大音声で宣う。


「砲戦でもって、あの駆逐艦を撃沈する」


「面舵、戦闘。右砲戦用意」


 陸奥もすかさず命令し、復唱が実に頼もしく木霊した。

 程なくして『天鷹』は回頭を始め、右舷を目標へと指向させていく。高射装置がその未来位置を急ぎ算出し、更に諸々の修正要素を加えて発砲諸元を導出。連装4基の12.7㎝高角砲が旋回し、勇猛果敢なる敵艦を迎撃せんと鎌首を擡げる。距離は10キロを割っているから、ほぼ水平射撃も同然だ。


 だが今回の主役たるは、高射装置の上にチョコンと据えられているパラボラアンテナだった。

 測距を目的とせぬそれは電源に接続され、ただ盛んに電磁波を輻射し続ける。空中線電力の微調整がなされ、爬虫人類が云々という意味不明な内容とともに、佃少佐が準備完了を報告してきた。


「よし、撃ち方始め」


「撃てッ!」


 発令と同時に、『天鷹』右舷の高角砲が一斉に火を吹いた。

 8門合計での射撃速度は、平均すれば1秒に1発の割合。初速700メートル超の砲弾が唸りを上げて空を切り裂き、迫るフレッチャー級駆逐艦を包み込まんと飛翔する。





 駆逐艦『ジャービス』にはもはや、単騎突撃する以外の選択肢などありはしなかった。

 僚艦はいずれも脱落し、周囲には高角砲弾が次々と降り注ぎ始めている。ジグザグ航法が奏功して未だ被害は僅少であるも、生きて真珠湾に戻れそうな気配は絶無という他なさそうだ。


 それでも討ち取るべき食中毒空母まで、あと少しといったところ。

 敵の指揮官が果敢にも砲戦を挑んできたが故、距離は急速に縮まりつつあった。しかも追加で何発か命中させた5インチ砲弾が、艦橋構造物の後部に僅かながら火災を発生せしめ、憎たらしき輪郭が仄かに描き出されている。見事その直下に魚雷を叩き込めば、紛うことなき大勝利となるだろう。


「距離、7000ヤード」


「5000で仕掛ける。それまで何とか持たせろ」


 バーク大佐は微動だにせず、ただ前方を凝視しながら命じた。

 禍々しき流星の如き火炎弾が次から次へと発射され、そのうちの幾つかが『ジャービス』のすぐ脇を掠める。中には1秒転舵が遅ければ命中していたであろうものも存在し、ここから先は被弾もまた不可避だった。


(まあ、致命傷を負わなければよいだけだ)


 心中でそう嘯いた直後、凶悪なる敵弾が艦橋を擦過する。

 とはいえ艦の戦闘航行にまったく支障はない。お返しとばかりに主砲が吼え、5インチ砲弾が見事敵艦を捉えた。


「命中、命中」


「いい調子だ。撃ちまくれ」


 艦内がドッと沸き、バークも僅かに口許を緩める。

 だが直後、また幾許か明るんだ敵艦より放射されたる、魔性の如きものに彼は勘付いた。合理性をまったく欠いたそれは、しかし確かに存在しているようで、次の瞬間にあらぬところより報が飛び込んできた。


「敵艦より再び電波照射」


「何ッ」


 バークは名状し難き悪寒を覚え、ゴクリと唾液を飲み込んだ。

 敵艦が砲戦直後に照射してきて、直後に何故かパタリと止まっていた不審な指向性電磁波。それが無意味なものであるとは当然思えず――戦場において冴え渡った思考は、幾つかの過程をすっ飛ばし、欧州戦線での事例と瞬発的に結び付く。


「まさか……」


 何か口にするより先に、目の前の世界が爆ぜた。

 撒き散らされた弾片が『ジャービス』の艦橋構造物を襲い、前甲板に据えられたる主砲塔を強かに打擲する。続けてもう何発かが艦にまとわり付く。爆風によって壁面に叩きつけられたバークは激痛に呻吟しつつ、それらが齎した惨劇を目の当たりにし、また駆逐艦の装甲があってないようなものだと思い出した。


 これが高角砲弾起爆装置を用いた曳火射撃であったことは、もはや記すまでもないだろう。

 パリ開囲を目論む米英の砲兵隊が、近接信管付きの砲弾をドイツ軍部隊に見舞っていたのとちょうど同じ頃。太平洋戦線においても類似の原理で動作する砲弾が炸裂し、駆逐艦『ジャービス』の突撃を打ち砕いていたのである。

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