奇想! 天麩羅機動部隊⑦

太平洋:択捉島南東沖



 半ば衝突事故のように始まった夜戦は、早々に決着しようとしていた。

 真っ先に集中砲火を浴びせかけたアイオワ級戦艦は、第一砲塔の誘爆で艦首が捥ぎ取られたようである。その僚艦と思しきは相当に手強かったものの、こちらも38㎝砲弾を雨霰と浴びせて沈黙させた。先に索敵に成功した側が圧倒的有利を得るというのは、如何なる戦場にも通ずる原則に他ならぬが――裸眼視力が決定打となった海戦は、恐らくこれが最後だろう。


 ともかくもそうした訳で、あとは敵空母の成敗を残すのみとなった。

 全速力でもって遁走するそれらを追撃するは、最上型重巡洋艦の姉妹と陽炎型駆逐艦3隻。米水雷戦隊との交戦で相当に被害を受けたと見える艦も混ざってはいるが、いずれも機関の全力運転に問題はない。既に1隻、幾分小型の航空母艦が20.3㎝砲弾多数を受けて炎上しており、エセックス級と思しき2隻についても、じきに討ち取れるだろうと当然に予想された。


「まあ、勝ったな」


 航空戦艦『伊予』の長官席にて、遠藤中将は安堵の声をそっと漏らす。

 機動部隊を指揮していたはずが、まったく機動部隊らしくない海戦だった。だが逆にそれが幸いした。艦載機の不足を補うために、航空戦艦だの航空巡洋艦だのを搔き集めていたら、その砲戦能力が見事活かされた訳である。


「払った犠牲も、決して少なくはないとはいえだ」


「建艦能力の差を踏まえて尚、十分に割に合った勝利と言えるかと」


 参謀長がすかさず補足し、


「戦艦1隻と巡洋艦2隻、駆逐艦4隻の損害で、新戦艦を含む米空母1個群を撃滅する運びとなった訳ですから」


「米空母撃滅はまだ途上、油断は禁物だ。しかし……やはり『扶桑』は厳しそうか?」


「ええ。流石に航行不能ともなると」


「ふむ……」


 遠藤は未だ痛ましく明るんだ辺りを一瞥し、艦の復旧に当たっているであろう将兵を慮った。

 日本初の超弩級戦艦たる『扶桑』は熾烈なる砲戦の最中、探照灯照射を敢行し、その報復として16インチ超重砲弾3発を含む乱打を浴びたのである。結果、彼女はあっという間に火達磨となり、戦闘航行能力を喪失。前甲板の主砲塔2基は爆裂し、特徴的なる艦橋も上半分が崩れ落ちてしまっていた。


 元々戦力的には相当に分が悪く、薄氷の勝利だったのは紛うことなき事実。

 となれば戦艦1隻の喪失で済むなら御の字となりそうではあるが――それでも歴戦の『扶桑』をどうにか帰投させてやりたいと、遠藤は切に願った。


「可能なら曳航したいところだが、難しいようなら乗組員全員の救助を徹底しろ。ネズミ捕りの猫の子1匹に至るまで助け出し、来るべきマリアナ決戦に送り出してやらんといかん」


「長官、猫が乗っとるのは何処ぞの動物運搬艦くらいかと」


「ん……おい、それだよ。『天鷹』はどうした?」


 投じられた一石に、居合わせた誰もがハッとなった。

 それから間もなく場が凍り付く。退避を命じて暫くした頃、"ワレ敵駆逐艦ノ追撃ヲ受ク"と打電してきていたことを、その場の誰もがすっかり忘却してしまっていたのだ。しかも七航戦直衛の駆逐艦『樺』が敵弾多数を受けて大破炎上との報まで、追い打ちをかけるかの如く齎される。





「ぬうッ、この状況で艦載機を放ってきおったか」


 追い詰めつつある敵艦の離れ業に、バーク大佐も思わず舌を巻く。

 彼はジャップ野郎など大嫌いであるし、艦影からして食中毒空母らしいと判明したから尚更だった。だが彼等は真夜中、それも砲撃を受けながらの発艦をやってのけたのだ。敵ながら天晴。煙幕やチャフを展張しつつ、巧みな射撃と操艦で『アーウィン』と相打った敵直衛艦といい、侮り難しと認識を改めざるを得ぬ。


「だが、所詮は1機」


 狂気的なる月を背に迫る敵機を睨み、バークは唸る。

 追加発艦の気配は未だなかった。もしかすると数発与えた命中弾が上手く作用したのかもしれず、だとすると僥倖という他ない。


「あれを躱せば終いのようだ」


「そのようですね」


 駆逐艦『ジャービス』の頂点たるエルズワース中佐が、月光の似合う笑顔で返答する。


「もっとも敵は夜間飛行をこなす腕利き。念のため、ご覚悟を」


「何、皆いつか死ぬ。だが今じゃない」


 心底楽しげな具合に、バークは相好を崩す。

 死ぬのは今でなくとも、今日ではあるかもしれないとは思えた。突然の夜戦となったせいで、味方は散り散りになってしまっており、自分達は孤立無援の四面楚歌となりそうな雰囲気が濃厚だった。


 とはいえそうした運命が訪れる前に、食中毒空母のどてっ腹に魚雷を叩き込むことはできそうだ。

 それなら帳尻は合うではないか。華々しい戦果を挙げ、行き着く場所まで全速力で走ってしまおうではないか。その先は神のみぞ知るところだが、悔いの残らぬ戦いをやりたいと、乗組員全員が望んでいた。仮に自分達が爆撃で沈むとしても、後ろには僚艦の『カッシング』が控えているから、彼女が仇を務めを果たしてくれるに違いない。


「では艦長、頼む」


「お任せを」


 エルズワースの意気軒高なる声色が、大変に心地よく響いた。

 間もなく『ジャービス』は面舵、ほぼ同時に敵機の逆ガルが瞬く。野太い20㎜機関砲弾の連射だ。そのうちの何発かは艦体に命中して火花を散らし、恐るべき機影が急接近。


(こりゃ、もしかすると当たるかな?)


 技量優秀なる敵機を凝視しつつ、バークは臆面もなく思った。

 それから運命の瞬間に向き合い――致死的なるもののまるで襲ってこぬことに、この上ない喜びを実感した。自分達に恩寵を齎した神に、彼は感謝の祈りを素早く捧げ、沸き返った乗組員達の歓声を噛み締める。


 ただ直後、違和感が脳裏を過った。

 その正体はすぐに判明した。爆弾が命中しなかったとしても、これまた厄介な水中衝撃波がやってくるはずだが、それすらもさっぱり感じられなかったのだ。この類稀なる現実から導き出される結論は、当然ひとつしかあり得ない。


「やられたな、どうやら敵機は爆装しておらんようだぞ」





「何ィ、爆弾が落ちんだと!?」


 報告を受けるや否や、高谷少将の顎が外れた。

 臨機応変に発艦していった五里守機だが、懸架装置の不具合のため投弾できぬとのこと。小艦艇相手ならば一撃必殺の威力を秘めたる爆弾は、重量500キログラムの巨大分銅と化したのである。


 しかも泣きっ面に蜂なことに、肝心かなめの三式射出機がここにきて不調。

 お陰で飛行甲板上に並べられたる5機の流星は、著しく邪魔な置物も同然となってしまった。無論、後列の紫電改であれば自力での発艦も理屈の上では可能だが、回避運動をしながらではそれもまた困難。正直に言って八方塞がりでの状況で、何故かくも不運が重なるのかと癇癪を起しそうになる。

 ついでに駆逐艦『樺』を撃破した敵駆逐艦群は、ピタリと艦尾に取り付いており、一方で機動部隊指揮官の遠藤中将は、先程ようやく援軍を送ると打電してきた。これが間に合うなら奇跡であろう。


「うぬぬ……」


 高谷は頭に血を昇らせ唸りつつも、どうにか知恵を巡らせた。

 大東亜戦争が勃発してからこの方、ほぼ航空というか『天鷹』にばかり関わってきたが、曲がりなりにも自分は水雷科の出身である。駆逐艦に乗っていた時間が海軍人生で一番長いのだから、何か思い当たるところはあるはずだ。その一心で頭を酷使し、打開策らしきものを即興で捻り出す。


「よし、こうなりゃ一か八かだ」


 高谷は猛獣的に宣言し、


「ゴリラに敵二番艦を機銃掃射しろと伝えろ。一番艦はこちらで仕留めてくれる。それから飛行甲板に上げた機は全部海に捨てろ、もったいないが誘爆されてはたまらん」


「ええっと、少将……」


 艦長たる陸奥大佐の、青褪め切った表情が視界に飛び込む。

 更には鳴門中佐の声にならぬ声。彼は航海参謀であるが、これでは後悔惨亡だと言わんばかりの面持ちだ。


「その、15.2㎝砲は降ろしてしまいましたし、流石に無謀では。下手すると一気に距離を詰められます」


「放っておいても詰められる。メイロ、援軍が到着するまでどれだけだ?」


「お、恐らく1時間半程度かと」


「うむ。一方こちらはあと30分もせぬうちに、敵駆逐艦の魚雷の射程に入ってしまうだろう。そうなってからでは何もかも遅い、ジリ貧の状況では打って出るのが吉ってもんだ」


「まかり間違ってドカ貧に……」


 尚も何か発音しようとする口を、有無を言わせぬ形相で沈黙させる。

 それから赫々たる真珠湾攻撃精神を奮い立たせた。まあ大変けしからんことに、南雲機動部隊に『天鷹』は加われなかった訳ではあるが――かの一大作戦を成功に導いた山本元帥の如く、時には博打も重要だ。


 加えてバンカラで鳴らす高谷とて、短気を起こしたという訳でもなかった。

 脳裏に浮かんだ策を寸秒のうちに再検討し、その妥当性を強引に認めた後、昂然たる音吐で断じた。


「まあ成算は六分四分……いや五分五分かもしれんが、この苦境を切り抜ける妙案がある。敵艦に体当たりとか接舷斬り込みとかではないから、ここは俺を信じて舵を取れ」

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