奇想! 天麩羅機動部隊⑥
太平洋:択捉島南東沖
「ううむ、俺等も敵艦隊に斬り込みたくなってくるじゃないか……」
「その、『天鷹』は航空母艦です。戦艦じゃありませんから」
猛烈なる戦意を滾らせる高谷少将の呟きに、現艦長の陸奥大佐が即応した。
戦場から退避するよう命じられはしたものの、敵に背を見せるのはまったく腹立たしい。実に蛮的な雰囲気がどうにも醸成されてしまっていて、それに当てられてトチ狂いでもしたら、取り返しのつかぬことになりかねない。
実際、日米両海軍の偶発的夜戦はたけなわで、取っ組み合いも同然になっているようだ。
状況はとにかく把握し難いが、先手を取れただけあって、全体としては友軍優勢なのは間違いなさそうだ。既に最新鋭のアイオワ級戦艦が1隻、集中砲火を浴びて大破炎上しており、最大戦速で突っ込んでいった『最上』や『三隈』もまた、20.3㎝砲弾でエセックス級航空母艦を痛撃しているようである。
それでも米海軍の立ち直りも決して遅くはなかった。アラスカ級と思しき大型巡洋艦が盛んに火を吹き、重巡洋艦『鳥海』が12インチ砲弾複数を浴びて脱落する。かくの如き修羅場に、『天鷹』が割り込む訳にいくはずもない。
「だがこのままでは何もできんだろう」
「こんなこともあろうかと!」
突然、度し難い音吐が艦橋に木霊した。
ドカンと開かれた扉より飛び込んできたのは……第666海軍航空隊の司令にして、超絶暴れん坊の打井中佐である。
「攻撃隊の準備をしておきました」
「おおッ、本当か!? ダツオ、よくやったぞ」
「はい。あとはエレベータで上げるだけです」
打井は固く握った拳で意気込みを表し、高谷もまた破顔一笑。
出撃可能なのは紫電改と流星が6機ずつで、いずれも爆装だ。それでも五里守大尉や秋元中尉など、癖はあるが技量優秀なる搭乗員が夜間攻撃を行う訳であるから、今度こそ敵空母に致命傷を負わせられるのではと思う。
なお何が何でも出しゃばりそうな博田少佐は、今回に限ってはお役御免である。
指揮戦闘機の運用に絡むあれこれで、流星への機種転換が遅れたのが第一に挙がる理由だ。それだけなら喧嘩してでも乗り込みそうだが、つい先程から急な腹痛を訴え出してもいた。バクチなんて渾名の割に下手の横好きだが、名物の鉱油天麩羅にだけはよく当たるらしい。
「あと少将、自分も紫電改で25番を抱いて出ようかと。爆撃訓練なんてあまりやっておりませんが、自分は空の上では古今無双の英傑ですし、従うツワモノ共も剽悍決死の士ですんんで、真夜中でも何とかなるでしょう」
「ダツオな、それじゃ賊軍だぞ」
「あッ……まあ細かいことはいいではありませんか。征って参ります」
「うむ、くれぐれも味方の艦を誤爆するなよ」
「合点承知の助」
打井は満面に殺意を溢れさせて咆哮し、疾風の如く飛行甲板へと駆け降りていく。
出撃する勇者達に向けて司令官自ら訓示としたいところだが、流石にこの状況ではそうもいくまい。とにかく逃げる一方でないというだけでも十分、そう納得すべきなのだと高谷は己に言い聞かせる。
そして艦載機が飛行甲板に持ち上げられ、三式射出機が準備され始めた時、通信室の佃少佐の切迫した声が飛び込んだ。
「で、電波照射を受けとります。恐らく水上射撃用電探!」
「な、何だって!?」
佃の電磁気学に基づく警告は、間もなく運動力学的脅威となった。
精度はまったく褒められたものではないとはいえ……5インチ級の砲弾と思しきものが『天鷹』左舷の数百メートルほど先に落下し、小ぶりな水柱を立たしめたのである。
「最大戦速、全艦36ノット……いや、41ノットだ!」
活火山のような闘志で麾下の戦隊を激励するは、駆逐艦『ジャービス』に仁王立ちしたるバーク大佐。
フレッチャー級の最高速力は36.5ノットであるから、流石にその1割増し以上を出すことなどできない。だが不可能を可能に変えてしまわんばかりの熱量に、6万馬力の機関も全力で応えているかのよう。後続する同型艦の『カッシング』、『アーウィン』もまた、不可視の糸で繋がれているかのような操艦でもって追随してきており、まったく船乗り冥利に尽きるというものである。
「今の駆逐艦は凄いぞ。最高だ!」
「戦艦だってぶちのめす殺戮機械だ!」
異常な熱気に包まれたる中、バークは尚も獅子吼する。
もっとも目標としたるは8マイル彼方にある大型艦で、直衛の1隻とともに25ノットで戦場からの離脱を図っているそれは、絶対に戦艦ではあり得ない。恐らくは客船改装の隼鷹型航空母艦と予想され、位置関係が随分とおかしな話ともなるが、もしかすると太平洋の疫病神などと呼ばれたる食中毒空母なのかもしれなかった。
だとすれば並の戦艦以上の獲物で、是が非でも今この場で仕留めてしまわねばならない。
戦艦『ミズーリ』がいきなり集中砲火を食らい、第一砲塔から先が消失してしまったように、味方の損害は既に甚大。どうにか巻き返して勝利を捥ぎ取れるとしても、ピュロスのそれにしかならぬだろう。ならばせめて忌まわしきジャップ海軍の主力艦にも致命打を与え、僅かであれまともな結末となるよう奮闘努力する必要があった。
そうした確固たる義務感の下、砲術科員達は機械と一心同体であるかの如く動作する。5インチ主砲の最大射程ぎりぎりであるから、最新の水上射撃用レーダーを用いても命中はまず望めぬが、それでも火力を投射し続けることが肝心だ。
「そうだ、とにかく撃ちまくれ」
バークは弾撃つ響きに負けじと唸る。
「じきに当たる。それに照準がよくなれば、奴も被弾を避けるためジグザグ運動に移らざるを得ん」
「司令、レーダーに乱れが」
レーダー担当の士官が忌々しげに叫び、
「敵直衛艦が回頭、チャフおよび煙幕の展張を始めたようです」
「ふむ、一筋縄ではいかんか。ただちに光学照準に切り替え、今は射撃あるのみだ。それから『アーウィン』は邪魔な敵直衛艦を片付けろ」
断固たる口調で命じ、それから目標のある辺りを冴えた両眼で凝視する。
同航戦であるから距離は1分に1000フィート強しか縮まらず、時間経過が大変にもどかしい。とはいえ敵艦を追い詰めつつあるのは事実。その舷側に必殺の魚雷を叩き込む瞬間は必ずやってくるのだから、それまでの辛抱だ。
そして撃つこと十数発、遂に待ち望んだ瞬間は到来した。
「敵艦に命中、命中!」
砲声を押し退けて響く歓声に、バークは肉食獣めいて笑む。
航空母艦『天鷹』の被弾箇所は艦尾付近。対空機関砲が1基破壊されたが、戦闘航行ともに支障はない。
しかし猛追してきている敵駆逐艦は、とてつもなく厄介なことに、これで諸元を得てしまった。ここで雨霰と砲弾を浴びせられてはたまらぬから、間合いを詰められるのは明白としても、転舵して照準を外さなければならぬのだ。
出撃を間近に控えた搭乗員達にとって、それは死の宣告のように響く。
艦載機を空へと放つためには、航空母艦は直進し続ける必要があった。夜間かつ距離も十分であったから、被弾するまでの間に作業は完了するはずであったが、予想以上に米電探は高性能な模様。あるいは偶然のなせる業なのかもしれないが、何にせよ発艦作業の中止も止む無しだ。
だが――エンジン音の轟く流星のコクピットに座する五里守大尉は、かような見解に敢然と異を唱えた。
「おい、このままカタパルトで射出せんか」
迅速に計器類を確認しつつ、航空無線機越しに怒鳴る。
「俺があのやくざ駆逐艦を片付ける、ぼやぼやするな」
「大尉、今まさに取舵中ですし」
三式射出機の担当士官は困惑気味で、
「それに機体重量からして海にドボンですよ!?」
「俺の計算ならぎりぎり飛び立てる。いいから撃ち出せ、さもないと貴様だけ拳闘の追加特訓10時間だ」
「ひえッ……分かりました、どうなっても知りませんよ」
「俺は不死身のキングコング。それだけ知っておけ」
五里守は己が胸をドカンと叩いて豪語し、真っ直ぐ前を凝視する。
世界は相変わらず真っ暗闇で、横向きにかかる力も気味が悪い。だが今こそキングコング精神を存分に発揮するべき時。敵駆逐艦を50番爆弾をもって撃沈し、部下達の進む道を啓かん。そう思った刹那、機体に猛烈な加速度が加わった。
「よしッ!」
流星は飛行甲板を一気に駆け抜け、瞬く間に空中へと弾き出される。
速度は揚力飛行をするに足りない、しかしこの程度はとうに経験済みである。まあ訓練時より些か過重気味ではあるが問題ない。五里守はそう断じ、生物由来の恐怖心を強引に捻じ伏せ、機体が降下するに任せた。
あわや海面に衝突。そう直感された辺りで、ちょいと操縦桿を引き寄せた。
高度は僅か数メートル、しかし機体はフワリと浮く。海面付近では揚力が何割か増大するという現象があるのだ。五里守は実に野獣的に微笑み、十分に速度を稼いだ辺りで流星を上昇させ始める。ふと見れば漆黒の闇を悍ましき光弾が切り裂いており、彼は『天鷹』の至近を叩きしそれに激怒した。
「敵艦、一息に成敗してくれる。覚悟せいッ!」
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