桑港某重大事件①

ワシントンD.C.:ホワイトハウス



「本日、私の四度目の勝利が確実となりました。そして世界大戦における連合国の勝利もまた、確実となったのです」


「勇猛果敢なる合衆国軍は、自由を愛する同盟国の陸海軍とともに、欧州と太平洋の2つの正面において一大反攻を成し遂げました。遂に私達は戦争の主導権を握り返し、偉大なる歴史的使命に向けて邁進できるようになりました。皆様、穏やかなる時は間近にあります。最後まで油断せず、怠りなく努力をしていけば、神の意志の如く地上に平和を齎すことができるでしょう」


 対抗馬のデューイ候補を破ったルーズベルト大統領は、投票の翌々日に朗々と演説した。

 実のところそれは薄氷の勝利ではあった。戦争への協力を約束した共和党であったが、北フランスの遅々として進まぬ戦線と死傷者の増大をネチネチと責め立ててきて、幾つかの信頼できる調査機関からは民主党劣勢が伝えられていたほどだ。結果、獲得選挙人数は273対258という僅差で、本当に危ないところだったとしか言いようがない。


 そんな中で最後の決め手となったのは、太平洋で大暴れした機動部隊に他ならなかった。

 平和の十二使徒などと喧伝されたる航空母艦群は、横須賀軍港を完膚なきまでに叩き潰し、マーシャル諸島侵攻作戦を成功させ、1隻として欠けることなく真珠湾に帰還したのである。一連の朗報が現政権の戦争指導に対する疑念をある程度払拭し、選挙戦終盤の情勢を覆すに至った。長らく続けていた海軍力拡張に対する努力が遂に結実した、そう評することもできる状況だろう。

 海軍作戦部長を務めるキングと太平洋艦隊司令長官たるニミッツの両大将が、揃ってホワイトハウスの昼食会に呼ばれたのも、そうした事情があったが故だった。


「いやはやキング長官、君の貢献するところは非常に大であったよ」


 ルーズベルトは好々爺めいて絶賛した。

 このところ健康不安が囁かれまくっていた人物だが、今日は飯が美味くて仕方ないといった雰囲気である。


「それからニミッツ提督、誰よりも素晴らしいのが君だ。太平洋において初めて忌々しい日本海軍を叩き潰し、その実績を実に大変上手く国民に伝えてくれたのだからな。まさしくヒーローと呼ぶに相応しい、大変感動したよ」


「大統領閣下、お褒めに与り光栄です」


 痩身のニミッツは大いに恐縮し、


「しかしながら真に頑張ったのはハルゼーやミッチャーといった現場指揮官、それからその下で力戦奮闘した将兵達です。自分はその足許にも及びませんし、及ぶべきでもありません」


「確かに。常に褒むべきは、自由と民主主義のために戦い、時として敵弾に斃れる最前線の将兵だ」


 静かで深い肯き。彼等が献身に対し、改めて讃辞が送られる。

 そうした中、ローストビーフのサンドイッチをパクパクと食べていたキングが唐突に口を開く。


「しかし大統領閣下。大勢の将兵を救ったのは、最終的には閣下の賢明なる判断です」


「ほう、そうなのかね」


「間違いありません。昨年や一昨年の海軍が一番苦しかった時期に、反攻はまだ始まらぬかとお叱りをいただきましたが……ともかくも十分な戦力が揃うまで、閣下には随分とお待ちいただきました。有権者の辛辣なる批判に耐えていただきました。それが先の赫々たる勝利に繋がったのです」


「ふん、なるほどな」


 例によって傲慢不遜なキングの言葉に、ルーズベルトは少し不機嫌になる。

 つまるところ「自分に従ってよかっただろう。戦争は専門家に任せ、その舞台を整えるのに専念してくれればいいのだ」と放言しているように聞こえたし、恐らくそういう意図であろうからだ。とはいえ事実ではあるし、もし海軍に唯々諾々と指示に従うだけの人間しかいなかったら、今頃太平洋艦隊は軒並み海底に沈んでしまっていたかもしれない。そうであったら自分は四選を果たせず、下野していただろうと痛感しもした。


 とすればやはり――各々がその職掌において、なし得る最善を尽くすことこそ最重要に違いない。

 自分は政治家であり、合衆国の最高指導者たる大統領だ。有権者によって託されたるその重みを噛み締め、キングやニミッツを見やりつつ、祖国と有権者のために何をなすべきかを考えた。そしてこんがりチーズとハムのサンドイッチを齧りながら熟慮を重ね、遂に結論らしきものの断片を得る。


「ニミッツ提督、確か『ラファイエット』は年末に西海岸に戻るという話だったな?」


「大統領閣下、その通りです。多少ドイツに後れを取りましたが、我等が合衆国でもジェット戦闘機の開発が進んでおり、量産されるうちの一部は艦載型となります。恐るべきゼロファイターの脅威を永久に除去し得るそれらを運用できるよう、サンフランシスコの乾ドックで彼女を改修し、それでもって日本海軍を叩き潰す段取りとなるかと」


「よし、ならば私が直々に出迎え、乗組員を激励しようではないか。太平洋の英雄たるハルゼー大将に、直々に金星勲章を授けようではないか」


 ルーズベルトは意を決し、大層明るんだ顔を浮かべた。

 それを聞きたる両提督は一瞬唖然とし、キングの方は比較的早期にむべなるかなという顔となる。


「いや、少しばかり海軍に迷惑をかけることとなるやもしれん。しかし有権者は勝利と英雄譚に飢えておるし、とかく男らしくないと感じるかもしれないが、宣伝と国民の精神的動員もまた戦争に他ならぬ」


 モーゲンソー財務長官の小言を思い出しつつ、ルーズベルト滔々と続ける。

 潮目が変わったとはいえ、また原子力兵器の開発も極秘裏に進んでいるとはいえ、枢軸国を打倒するまで早くともあと2年はかかると予想されている。その間に戦時国債の売れ行きが鈍るようなことがあったら、最前線の兵隊に武器弾薬を届けられなくなるなど、戦争遂行そのものに重大な支障が出てしまうのだ。


「人生が山あり谷ありであるように、人類の歴史もまた山あり谷ありなのは間違いない」


「しかし何世紀にも及ぶ山と谷の中心を通る線は、常に上を向いている。文明自体は永久に上昇する傾向にあるという純然たる事実を、これから生きていく諸君は決して忘れてはならない」


 これらはつい先日亡くなられた恩師ピーボディ博士の、疑いを差し挟む余地などない言葉だった。

 それでもここで戦争が停滞し、ナチズムやファシズム、ショーグニズムの類が世界に残ったままとなってしまえば、恒久平和の理想郷を築くという人類の夢は儚くも潰えてしまうだろう。それは人類史における谷としてあまりにも深く、絶望的かつ暗黒時代的で、決して許容できるものではない――ルーズベルトは改めてそう確信し、勝利を渇望する断固たる意志を研ぎ澄ませる。


「ともかくもそういう訳だ。横須賀空襲部隊の旗艦であった『ラファイエット』は、国内外を問わぬ宣伝戦の文脈においても、最高級の戦力だと言えるのではないかね? 元はフランスの豪華客船であるから、今もナチの軍勢やその手先と戦っている、自由を愛するフランス人の希望にもなるはずだ」


「なるほど……大統領閣下、了解いたしました。予定を調整いたします。海軍将兵の士気も高まるでしょう」


「でしたらいっそ、通信社やハリウッドの連中でも連れていったらいいではありませんか」


 キングがコーヒーを片手に追加の提案をし、


「作戦を終えて戻ってきた『ラファイエット』が金門橋を潜り、港に降り立った兵士が閣下と固い握手を交わすまでを、例えばジョン・フォードのチームとかに撮ってもらうとか。時期が時期だけに、最高のクリスマスプレゼントになりましょう」


「おおッ、実に素晴らしいアイデアじゃないか」


 かような具合にキングの献策は容れられ、物事はその通りに動き出す。

 実戦派のニミッツはこの瞬間、少しばかり嫌な予感を抱いてはいたという。ただダッチハーバーやミッドウェーを奪還した甲斐あってか、東部太平洋はこのところほぼ安泰で、時折ハワイ沖に敵性潜水艦が現れるという程度。であれば単に自分が古風な感性の持ち主で、こうしたやり方を好んでいないだけかもしれない。彼はそんな風に思ったらしかった。

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