脅威! 青天の霹靂作戦⑮

マーシャル諸島:メジュロ環礁



「アメ公のこん畜生ども、いきなり横須賀を空襲たァ舐めた真似してくれる」


「もう一度米本土空襲はやらんか? 奴等に落とし前をつけさせてやりてえ」


 待機所で昼食の南洋チラシ寿司など食いながら、空の命知らずどもが鼻息を荒くする。

 それでも彼等の台詞には心的余裕が滲んでもいた。先週、来寇せる米機動部隊に対する先制攻撃を成功させ、エセックス級航空母艦に魚雷3発を命中させるなどしたからだ。いきなりの大損害に臆してか、敵指揮官は早々に退却を決断したようで、以降のマーシャル諸島方面はB-29の偵察型が時折飛来するといった程度だった。


 しかも敵艦左舷に水柱が高々と立ち上る決定的瞬間を、偶然にも航空写真機が捉えていた。

 航空戦で散華した仲間は少なくはない。しかし犠牲に見合うだけの戦果を挙げ、その事実を明白に示す証拠まで得られたのだ。搭乗員達は現像されたうちの1枚をもって戦死者の御霊を慰撫し、また横須賀の仇も取ってやろうと息巻いていたのである。


「とはいえ……考えるまでもなく俺等、基地航空隊なんだよな」


 若いが経験豊富な二飛曹が首を傾げて呟き、


「仮に米本土空襲があるとしても、やるのは他の隊だ。どうにも面白くない」


「おう、もしかするとそれも解決するかもしれんそうだぞ」


 ラムネやら菓子やらを手に戻ってきた大ベテランの特務中尉が、何とも嬉しそうに披露した。

 下士官達の顏がパッと明るんだ。それは本当ですか、どういうことですかと問う声多数。


「いやな、硫黄島沖におった『天鷹』が米機動部隊と交戦、何とか生き残ったらしいのだ。ただそのお陰で艦載機にかなりの損害が出たらしい。ならば俺達の中から転属する者が出るかもしれん」


「ええッ、『天鷹』ですか。あまりいい噂を聞かんですね」


「おう、贅沢は敵だ。それに味方の航空隊が突っ込めたのも、あのフネが戦力5倍超の敵に食らい付いたからだろう」


 特務中尉はそう諭した後、まあ俺も食中毒は御免だと付け加える。

 ともかくもそんな調子で場は盛り上がった。発表によれば内地の航空隊は空母4隻を撃沈破したとのことで、米機動部隊とて暫くは動けまい。であれば真珠湾攻撃が再び発起されるはずだから、まずそれに参加したいものだと言い合ったりする。


 ただ彼等の大それた夢は、直後にぶち壊されることとなった。

 突然に空襲を報せるサイレンが鳴り響き――慌てて駆け出した時には既に、恐るべき米軍機の群れが指呼の先にまで迫っていたのである。


「なッ、馬鹿な……」


 誰もが唖然とした。それから胸が誘爆しそうなくらいの悔しさを堪え、退避壕へと駆け込む。

 直後、空襲が始まった。電探を躱すべく低空より襲来した何十という米艦載機は、次から次へと爆弾やロケット弾を放ち、零戦や天山をジュラルミンの塊へと変えていく。





太平洋:トラック諸島沖



「おおッ、こいつは大当たりだ。大金星間違いなしだ」


 潜望鏡が捉えた目標を目にするや、潜水艦『ツナ』艦長のステファニデス少佐は狂喜した。

 紛れもなくそれは『赤城』だったためだ。細かいところが幾らか変わっているようではあるが、海軍軍人であれば間違えようのない艦影で、真珠湾以来の仇敵と巡り合えたことを誰もが神に感謝した。


 実際、僥倖と言えそうな展開だった。

 哨戒任務の最中、水上レーダーが複数の反応を捉えたので、位置と速度、針路などを得てすぐに潜航した。そうしてジッと耐え忍んだ後、潜望鏡深度まで浮上して海面を覗いてみたら、まさにドンピシャリだった。日本海軍でも最強と目される航空母艦が、眼前を大した警戒もなしに進んでいる。


「奴の運命も今日ここで尽きる。魚雷戦用意。一番から六番、発射準備」


「アイサー!」


 ステファニデスは命じ、すぐさま乗組員が動き出す。

 その間、彼は魚雷の諸元を算出しつつ、ツナのサンドイッチをパクリと頬張った。それを食することで艦との精神的一体性が高まって戦果が挙がるという、よくわからないゲン担ぎであるが、先々代の艦長より受け継がれている伝統だ。


「魚雷戦用意よしッ。何時でもいけます」


「よし、奴を仕留めるぞ」


 再び潜望鏡を覗き込み、ステファニデスは大いに意気込む。

 精神を研ぎ澄ませてタイミングを計り……遂に絶好の瞬間を捉えた。


「一番から六番、発射」


 発令。魚雷は圧搾空気によって連続射出され、『ツナ』の艦体が歓喜に震えた。

 間を置くことなく急速潜航。気持ちとしては命中の瞬間を目撃したくとも、それを優先しては乗組員の生命に責任が持てない。ここ最近の日本海軍は、対潜戦闘能力をそれなりに高めているようだから、気を緩めてはならぬのである。


「まあ、最低でも2発は当たるだろう」


 ステファニデスは耳抜きしつつ断じた。

 実際それは精確だった。1マイルほどの距離を駛走した魚雷のうち、2発が『赤城』の右舷に見事命中した。


 ただ惜しむらくは――どちらも命中しかしなかったことだろう。





柱島泊地:戦艦『信濃』



 マーシャル諸島沖に米機動部隊現る。寝耳に水の報告に、聯合艦隊司令部は震撼した。

 同方面の島嶼に対する空襲の熾烈さからするに、その規模は航空母艦7、8隻と推定され、決死の出撃をした偵察機によってもそれは裏付けられてしまった。更にその直後、標準戦艦と特設空母によって護衛されたる揚陸船団まで確認される始末。米軍が太平洋において本格的な反攻を始めたことは、もはや明白という他なかった。


 であれば新Z作戦がただちに発動され、全力での迎撃に当たるべき状況に違いない。

 とはいえ本来の計画は完全に崩れていた。機動部隊の中核となるべき航空母艦は横須賀で大損害を負い、残余の艦隊戦力は分散したままというあり様だった。ならばトラックを中心に展開していた基地航空隊をもって迎撃となりそうだが、こちらも主力がサイパンやテニアンに移動してしまっており、まるで即応体制を取れていなかったのである。


「つまりは……見事にしてやられたという訳か」


 古賀司令長官は陰鬱極まりない口調で、現状を端的に言い表した。

 司令長官公室に集いし参謀達も沈黙せざるを得ない。特に参謀長の福留などは、ものの見事にアーパーな面となっていた。横須賀を奇襲した米機動部隊には相当の損害を負わせたから、真珠湾に引き揚げざるを得ないと、彼は先刻まで主張していたためである。


「航空参謀、どんなもんだろうかな?」


「大変に遺憾ではありますが……我が航空隊は、硫黄島沖では大した戦果を挙げられなかったと見るべきでしょう」


 樋端中佐が辛うじて冷静さを保ちながら述べた。

 本土とマリアナを合わせて300機超の航空戦力を投じ、概ねその半数が会敵に成功。凄まじい迎撃を掻い潜り、航空母艦2隻および重巡洋艦1隻を沈めた。少なくともそう分析され、堂々と大本営発表してしまったのだが――これがまったくの誤認の可能性が高いということで、悲痛な呻きがあちこちで漏れる。


 尚、実のところを言うならば、第38任務部隊もかなり際どいところではあった。

 例えば航空母艦『ホーネット』は被弾した銀河に衝突された際、蒸気管の破裂によって一時航行不能に陥った。姉妹艦の『レキシントン』も飛行甲板中央に大穴を穿たれ、航空機運用能力を喪失するなどした。もっともそんな事情を聯合艦隊の面々が知るはずもないし、的確なるダメージコントロールで早々に復旧されてしまった訳なので、まったく慰めになりはしない。


「その上で、マーシャル救援に関してですが」


 樋端は苦しい間を置き、


「従来の計画では米揚陸船団の出港を確認した時点で我が方も艦隊戦力を結集させ、上陸が開始された2日後を目途に同海域へと展開、残存する基地航空隊との有機的連携をもって敵機動部隊を痛撃する手筈となっておりましたが……もはやこの破綻は明白かと」


「要するに、マーシャルは見捨てよということか?」


「いえ。攻撃目標を揚陸船団に変更し、あくまで遂行するべきです。我が方が投じられる戦力は現状、正規空母3隻に改装空母2隻といった程度ですが、一撃離脱的に揚陸船団を襲撃することは不可能ではありません」


「だが、今回の二の舞にならんかね」


 福留がいまいち意図の分からぬ横槍を入れ、


「加えて、それでは敵空母に一方的に叩かれんか」


「ですので一撃離脱、特に敵の射程圏外からの攻撃を想定しております。ともかくも敵の上陸が間近と見られる以上、早期に空母を集めないことには反撃の機を逃すばかりです」


「なるほどな」


 古賀は静かな肯き、暫し沈思黙考。

 それから機動部隊再編に必要な時間やその間の米軍の動向、メジュロやエニウェトクといった島々の防備などに関する質疑応答が始まる。何らかの形で作戦は実施に移される、そう実感し得る雰囲気だった。


 たがその直後に飛び込んできた緊急電が、全てを一変してしまった。

 『赤城』被雷。古賀は用紙に刻まれたる内容を一瞥して真っ青になり、居並ぶ参謀達にも恐慌が伝搬。先程のそれとは毛色の異なる沈黙ばかりが室内に充満し、誰もがカチンコチンに硬直する。


「駄目だ、これでは勝負にならん……」


 消え入るような声が漏れ、マーシャル救援の中止は事実上ここに決まった。

 まったく不運だったのは、緊急電が限りなく誤報に近い性質を帯びていたことだろう。確かに『赤城』は被雷しはしたが、弾頭が不発だったため一切の損害を受けていなかった。そのため元々は無事を報せる内容だったのだが、肝心かなめの部分が転送中の何処かで削れて大騒動になり、遂には聯合艦隊司令長官の誤断を誘発せしめてしまったのである。

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