脅威! 青天の霹靂作戦⑫

硫黄島:摺鉢山上空



 蒼穹には日米両海軍の戦闘機が入り乱れ、大空の侍と翼の騎士が鍔迫り合いを繰り広げていた。

 零戦が鋭利な縦旋回でもって敵の背後を取らんと試み、F6Fが大馬力を利して離脱を図る。野太く連射される20㎜機関砲弾とシャワーの如き50口径機銃弾が交錯し、武運拙き機が黒煙を吹いて墜落していく。当初は両者とも編隊戦闘を心掛けていたはずだが、既に無秩序もいいところで、誰も彼もが手当たり次第に戦っているといった状況だった。


 だが真に腕の良い飛行機乗りは、まずかような混戦からサラリと抜け出すものである。

 第341海軍航空隊のデストロイ様こと菅野中尉は、第一関門を突破し得た数少ない1人だった。周辺を厳に警戒しつつ高度を取り、眼下にゴルディアスの結び目めいて描かれる飛行機雲を臨む。そうして自分が狙うべき機を迅速に見定め、位置エネルギーを速度に変換し、アレクサンダー大王よろしく一刀両断してしまうのだ。


「ふむ、ふむふむ……」


 愛機紫電改の翼を翻させ、己が首を縦横に振って索敵する。

 すると600メートルほど下方に、F4Uの綺麗な4機編隊が目に留まった。硫黄島に一直線に向かっていくそれらは、よく見るまでもなく爆装している。元山飛行場の焼き討ちを目論んでいるに違いない。


「デストロイ対象はお前等だ、シコルスキー!」


 菅野はそう絶叫し、強烈なる左降下旋回に突入した。

 凄まじい加速度に視界が眩む。しかし紫電改の速度はグングン増していき、彼我の距離は見る見るうちに縮まっていく。


 一方、照準を定められたるF4Uは、依然として編隊飛行を崩さない。

 爆撃に無我夢中となっているのか、機体構造からして後方視界が不良であるのか、あるいはその両方か。何にせよ後上方から奇襲でもって撃墜し、投弾を不可能にしてやるのだ。


「ふむふむ……」


 菅野は未だ勘付かぬ編隊長機に狙いを定め、


「デストローイ!」


 と大音声を張り上げながら引き金を絞る。

 両翼に据えられた2号銃が瞬き、20㎜機関砲弾が怒涛となって襲い掛かる。次々と被弾。敵はようやくそこで気付いたようだが、主翼がもぎ取られてはできることなどありはせず、そのまま炎と黒煙を纏って墜ちていく。


 それから再上昇に転じつつ、後方をサッと確認する。

 一番機を突如として喪ったF4Uは、揃って爆装を投棄して追い縋ってきていた。それが有効なやり方でないことも瞬時に察せぬような、頭に血を昇らせた若輩どもに違いなく、ともかくも元山飛行場を指向した爆弾はこれで4機分減った。


「とはいえ……流石にこれではデストロイしきれんぞ」


 改めて周辺の様子を俯瞰しつつ、菅野はほぞを噛む。

 既に何機かのF4Uが元山飛行場に爆弾を見舞わんとしており、更に多くの機体が硫黄島の西へと突破していた。特に後者に関しては、艦隊の直掩機に頑張ってもらうしかなさそうだ。





太平洋:硫黄島西方沖



「軽巡洋艦『十勝』、対空射撃開始しました!」


 見張り員の切迫した声は、航空母艦『天鷹』艦長たる陸奥大佐の耳にも届く。

 事実、眼前では瀑布のような対空砲火が繰り広げられていた。輪形陣の先駆けを務める『十勝』は、合計8門の長10㎝砲を搭載している。毎分当たりの射撃速度から考えれば、秒に2発は撃っている計算で、まったく頼もしく感じられる。


 とはいえそれは、敵機が10海里以内に侵入したことをも意味していた。

 元山飛行場の分を合わせれば、50機超の直掩機が上がっていたはずだが、ほぼ同数のF6Fを相手するのに手いっぱいであるようだ。爆装したF4Uはその間隙を突いて硫黄島を襲撃し、また対艦攻撃を実施せんと迫ってくる。軽快な爆戦でもってこちらの対空火力を減殺し、その後に艦爆や艦攻を送り込む手堅い戦法に違いない。

 程なくして『天鷹』左舷の高角砲もまた射撃を始めた。とはいえ旧式の砲だからか弾幕は案外薄く、何をやっているのかと言いたくなる。高谷少将の新発明は未だ形になっていなかった。


「敵機8、『十勝』に向かうッ!」


「むうッ……」


 新たなる報告に、陸奥は歯を軋ませる。

 狙われたのが『天鷹』でないという、大変に短絡的な安堵感は確かにあった。だが将を射んと欲すれば先ず馬を射よという諺もある。実際自分も嫁を口説き落とす際、まずその親友に接触したもので……あまりにも場違いな思考が脳裏を過っていることに、流石の彼も苦笑した。


「いいぞ、やっちまえ」


「まだまだ先は長い、ここでやられてなどくれるな」


 奮戦ぶりを見せつける『十勝』に向け、次々と声援が送られる。

 彼女はそれに応えるかのように、主武装たる長10㎝高角砲に加え、就役当初より据えられたままの7.5㎝単装高角砲をも撃ちまくる。熾烈な対空砲火の甲斐あって1機が落伍し、その報に短い歓声が沸き起こる。


 だがそれが限界かもしれぬ。敵編隊は尚も接近し、機関砲群が撃ち方を始めた。

 もはや敵弾が反れることを祈るのみか。そう思った矢先、唐突に『十勝』の後部甲板に突如として閃光が走る。


「おおッ!?」


 轟然と白煙を吹いて龍が如く進む火箭が、矢継ぎ早に何十発も放たれたのだ。

 今回がほぼ初お目見えの噴進砲の射撃である。群れをなして飛翔するロケットの何割かが、緩降下で迫ってきていた逆ガル翼の敵機を捉える。しかもちょうどその近傍で炸裂し、ばら撒かれた焼霰弾によってあっという間に2機が墜落した。当然、効果はそれだけに留まらず、操縦ミスからかもう1機が海面に突っ込む。


「す、すげえ威力だ!」


「何だあれは、新兵器なのか!?」


 敵編隊を一撃で切り崩し、空襲を頓挫せしめた対空攻撃に、大絶賛の声が多数上がる。

 信じ難い命中率で――実のところを言うならば、発射されたロケット弾は高射装置連動の電波照射器によって起爆管制されていた。『天鷹』の乗組員がその事実を知るのは、もう少し後になってからである。





「あいつは対空ビックリ箱か、畜生ッ!」


 ブレイズ少佐は惨劇を目の当たりにし、思わず口汚く罵った。

 同じくF4Uを乗りこなし、一応はライバルであった『レキシントン』のマディソン少佐。敵防空巡洋艦を撃破せんとしていた彼の編隊が、突然ロケット弾の集中砲火を浴びせられ、寸秒のうちに吹き飛んでしまったのだ。奴は確かにいけ好かない人間ではあったが、ここまでされるいわれはない。


 それにしても、何と恐るべき敵艦であろうか。

 フランスのデュゲイ・トルーアン級軽巡洋艦を、日本人は滅茶苦茶に改造したようだ。その結果、早朝の出撃ではいきなり真下から高角砲で撃ちまくられ、今度は対空ロケット弾の一斉射撃。こんな疫病神めいた艦が浮かんでいては、食中毒空母への攻撃もままならなくなりそうだから、最優先で排除すべき目標と断じられたのも肯ける。


(だが……俺は、果たしてやれるのか?)


 普段は自然発散されているブレイズの自信。それが僅かに揺らいだ。

 500ポンド爆弾に8発の5インチロケット弾という重武装は、間違いなく眼前の敵艦を無力化するためのものではあるが――その艦影を照準器に捉えている間に撃ちまくられ、撃墜されてしまうかもしれない。そうなったら任務は失敗、つまるところ敗北だ。戦死するのはまだよしとしても、命も戦果もないのだけは絶対にごめんだ。


「糞ッ、どうする……?」


「エッジ、今がチャンスです」


 最年少のミラー中尉の整然とした声が、航空無線より飛んでくる。


「敵艦のロケット兵器は恐らく、再装填に時間がかかります。要するに今なら敵は撃ってきません」


「おッ、感謝するぞマイケル」


 ブレイズは持ち前の自信を一気に取り戻した。

 なるほど確かに、ミラーの分析は正しいだろう。仮に間違っていたとしても、マディソン達とは異なり、自分達はかの対空兵器の存在を知っている。突っ込む覚悟と操縦の技量があれば、恐れるに足らぬ存在に違いなく、ならばあと数分だけ勇者でいればいいのだと己を諭す。


「よゥし、俺がチャンピオンだ。全機続け」


「了解」


 異口同音に発せられたそれに触発されながら、ブレイズは巧みに僚機を誘導していく。

 右舷前方からの緩降下攻撃だ。命中率は多少低下してしまうが、その分は腕前で補ってしまえばよい。フランスの面影が明瞭に分かるほどに艦影は急拡大し、その未来位置に向けて愛機を疾駆させていく。


 刹那。敵艦の艦橋付近がチカチカと光り、幾筋かの火線が指向される。

 何を小癪なとブレイズも機銃を撃ち返した。同時にシャワーの如き曳光弾を目視で追跡し、その軌跡に合わせて針路を修正。何の因果かフロントガラスに敵弾が命中し、軽い衝撃とともに蜘蛛の巣を張らせたが、そんな程度で怖気づくようなら戦闘機乗り失格というものだ。


「このまま、このまま……」


 最終航程。遂に敵艦が必中界に納まった。


「くたばれッ!」


 絶叫とともに5インチロケット弾を発射し、また500ポンド爆弾を投下する。

 前者は少なくとも2発が、続けざまに煙突付近に命中した。この上ない満足感とともに機体を引き起こし、緩やかな右旋回で離脱していく。暫くした後に後ろを振り返ると、まず凛々しい僚機の姿があった。それから――松明の如く燃え上がる敵艦の姿もまた、間違いなくそこに存在しており、ブレイズは己が戦果に破顏した。


「やったぞ、後は食中毒空母を撃沈するだけだ! 攻撃隊、頼んだぞッ!」

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