第10話 あるんじゃない?
「ここがアキトくんの部屋かあ……なんていうか、男の子の部屋って感じがする」
俺の部屋に入るなり、間宮はぐるりと見渡しつつ言った。
部屋にあるのは机とベッドと家庭用ゲーム機の一式があるくらいで、そこまで珍しいものではない。
「それは片付けが雑とか散らかってるとか、そういう意味?」
「違うよ。女の子の部屋とは毛色が違うなあって。置いてあるものとか、匂いとか……あ、いや、これは別にそういうのじゃなくてね?」
「………………」
疑わしいものを見るような目を間宮に送れば、数秒ほど沈黙が続いて、先に根負けしたのは意外にも間宮の方だった。
若干泣きそうな雰囲気を漂わせつつ「……私、匂いフェチとかじゃないから」とズレた発言をしている。
「つまり?」
「…………落ち着く匂い、ということです」
かなりの抵抗感があったように思われたが、間宮はそう部屋の匂いを評価した。
なにもわからないけど……ずっといる場所だからそうなのだろう。
俺も間宮の家に行ったときは妙に甘い匂いがしていたように思ったし――って、これ、変態性が高い発言では?
アウトな気がする。
なんとなく考えるのはやめた方がいい気がして思考を打ち切ると、間宮も同じことを思ったのかこほんと咳払いを挟めた。
「……それに、匂いどうこうはともかく、どう見ても散らかってはいないでしょ。私が来る前に片付けたの?」
「一応人が来るわけだからな」
「そっかそっか。見られたら困るものとかあるもんね」
「ないけど??」
「怪しいね。ベッドの下とか、机の引き出しの奥底とか……あるんじゃない?」
にたり、と口角を上げつつ含みのある視線を投げられる。
しかし、直接探すような真似はせず、間宮は迷いなく俺のベッドに腰を落ち着けた。
あまりに自然なそれに戸惑い、さっきの話を思い出してしまう。
「……間宮」
「ユウって呼んで」
「……………………ユウさん。どうしてベッドに座ったのでしょうか?」
「ここなら二人並んで座れるでしょ?」
悪気なく言って、間宮は自分の隣をポンポンと叩いている。
俺にも座れと言いたいんだろうけど……それは流石に厳しいのではないでしょうか。
「……喉乾いただろ。お茶持ってくるから」
「あ、逃げた」
うるさいこれは戦略的撤退だ。
間宮の視線を背に受けつつキッチンに向かい、二人分の冷たい麦茶をコップに注いで部屋まで持っていく。
変わらずベッドに陣取っていた間宮に思うところがないでもなかったが、あえてそれを無視して先に麦茶で喉を潤す。
「……で、いつになったら下りるんだ?」
「アキトくんこそいつになったら私の隣に座ってくれるの?」
「いや、俺まで座る必要は――」
ない、と言おうとしたのだが、間宮が不満げに口先を尖らせつつ俺を見ているのがわかって思いとどまる。
今日、間宮は『おうちデート』なんて名称を使ってまで来ている。
俺と間宮は付き合っていないけれど、その想いを無碍にするのは気が引けてしまう。
それに、隣にいるのは学校で慣れている――それが俺のベッドなのは何かの冗談だろうと思いたいけれど――から、大丈夫だと信じたい。
返事はせず、呼吸を整え、間宮の隣に恐る恐る座った。
間には一人分の距離。
学校よりは近く、手を繋ぐよりは遠い空間。
「やっと来てくれたんだ」
安心したように間宮が微笑んで、その距離を半分縮めてくる。
体重の移動に伴ってベッドが僅かに軋み、揺れた長い髪が肩にそっと触れた。
強くなった存在感に押されるように縮まった距離感を再び広げようとして――多分無駄だろうとため息を吐きだす。
どうせ移動した傍から間宮の方が近付いてくるに違いない。
一度やったのなら、きっと二度目も三度めも、何度だってするはず。
自分の好意が真実なのだと俺に伝えようとするために。
そんな間宮ユウという少女の在り方が、どうしようもなく眩しく感じてしまう。
「……逃げ場もないからな」
「逃がす気もないからね」
「いきなりヤンデレみたいになってない?」
「なってない。けど、いつまでもはぐらかされたままだとわからないかなあ。背中、気を付けたほうがいいよ?」
「流石に冗談だよな」
「……実はね、最近料理に力を入れてて、新しい包丁を買ったんだけど――」
淡々と語る様子に若干の震えが走るも、間宮はそんな俺を見てくすりと笑う。
……本当に勘弁してほしい。
間宮の表も裏も知っている俺としてはそんなことをしないと、するはずがないと信じてはいるけれど、実際に本人の口から告げられると考えこんでしまう。
失礼な話、心のどこかでは「やりかねない」と思っているのかもしれない。
女性不信が残っている俺にできるのは、間宮がヤンデレ化しないように適切な距離感を見極めつつ一緒にいることだけ。
答え自体は伝えてあるのだから、優柔不断とか彼女候補をストックしてるダメ男とかは言われない……はず。
自分で言ってて結構ヤバくないか? この状況。
「てか、二人で家にいて何するんだ? 勉強ってわけでもないだろうし」
「……好きな人と二人でいられるんだから、それだけで幸せなのに」
………………、…………、……。
「アキトくん、顔赤くなった」
「……悪いか」
「ううん、全然。ちゃんと意識してくれてて嬉しい」
だからさ、と。
「
照れつつも、間宮は真っすぐに伝えてくる。
「……それはどの程度のことを想定してらっしゃるのでしょうか?」
「何を考えてるのか丸わかりだけど、健全な範囲での話だよ。おしゃべりしたり、一緒にゲームしたり、意味もなく触れ合ったり……そういう恋人っぽいこと」
それはきっと、世の中の恋人と呼ばれる人たちはみんな経験しているような、とても健全で慎ましくも幸せを感じる時間なのだろう。
間宮は以前、恋愛なんて出来るはずがないと言っていた。
優等生と裏アカ女子なんて二面性をもった間宮は、常に誰かに嘘をついている。
けれど、その秘密と過去を知る俺だけは、間宮の中で扱いが違うのだろう。
こんな関係になったのは偶然。
俺じゃなくてもよかったのかもしれない。
でも、今、間宮が好きだと思ってくれているのは俺なんだ。
「…………わかった。ただ、俺もわかんないからさ。お互い、嫌だと思ったらすぐに言う。それでいいよな」
「うん。そうじゃないと楽しくないから」
同時に――こんなにも優しい少女の
まだ大きく踏み出すのは怖いけど、俺も間宮と同じ景色を見たいから。
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