どんなときでも剣士だけど

「あのー……道城さん?」

「なんだ?」

 なぜか再び敬語俺。

「ここは……どちら様のお宅で?」

「私の家だが」

 白い壁に紺色の屋根。濃い赤紫色のカーポートは現在空き。黒い門扉。紺色の表札には白い文字で『道城』。ドア付近にオレンジのプランター。青い……何の花だかわかんないけど。


「道城さん?」

「スリッパはこれでいいか?」

 ベージュスリッパ召喚の儀。ちょっともこもこ系。


「道城さん?」

石鹸せっけんはここ。タオルはそこ。コップは……私のでいいか?」

「道城さん!?」

 コップはピンクでイルカ柄だった。


「道城さん?」

「りんごのジュースがあったな。これでいいか?」

 大きいテーブルは木な感じ。

「道城さん」

「さっきからなんだ、その道城さんというのは」

「あぁいやっ」

 ガラスのコップだが、波打ち際の様子が描かれていた。そこに大きめなビンのりんごジュースが道城のしっかりとしたおててによりとぽとぽ。みるみるりんご色がつがれていく。道城のは雲と太陽のだった。


「はい」

 白色ベースに青色のお花の装飾がされた皿に乗ってやってきたのは、まごうことなき茶色のチョコレートケーキ。

 断面からして中にもチョコレートなクリームが入っている模様。上にもなんかチーズみたいな感覚でチョコレートがまぶされている。

 大きさは……八等分くらいだろうか?

「え、これ道城が作ったのか!?」

「ああ。母さんと一緒に。昨日は父さんの誕生日だったんだ」

「ひょー……」

 まさか道城、将来はケーキ屋さん!?

(…………似合う)

 金色でこっちもお花の装飾が付いたフォークが、チローンと皿の上に乗せられた。道城も自分の分の準備が整った模様。

 俺の右隣にある木のイスを引いて、スタンバイ。

「いただきます」

「いただきまー……す」


 ……なあ。俺さ。今。右隣に道城がいて。道城のおうちで。道城が作ったケーキを食べて、うま~ってしてるんだけどさ。

 なんで急にこんなことになってんだろう?

 あまりに憧れ続けていたことが、一気に隕石のごとく降り注いできやがると、まったく実感がないというかなんというか。でもちょーうれしい感じなのは確かにあるわけで。もちろん私服道城はそこにいるわけで。

(まさかドッキリ!?)

 どこかに定点カメラ仕掛けてないか!? しかし室内を見回したところで、自分んとはまったく違ったレイアウトのお宅を眺めているだけだった。あ、水色の電話発見。

「父さんは甘い物が好きなんだ。だから甘めに作ったんだが、古樫はどうだ?」

「んまい!」

「そうか」

 好きな食べ物欄に甘い物も追加することになった。

「他の男子にも、甘い物アンケート取ってんのか?」

「いいや。古樫が初めてだ」

「ふぉ~」

 甘い物アンケート初めていただきました!

「じゃ男子にクッキーやケーキを食べさせたことは?」

「古樫が初めてだ」

「ふぉぉ~」

 クッキーケーキ初めていただきました!

「男子も、思っていたより甘い物を食べるのだな」

「おうよ!」

 そら道城が作ったとなりゃあね!!

「また作ったら、食べたいか?」

「もち!!」

 道城がついたもちも食べたい。

(絶対きね振り下ろすのうまいやろ)

「そうか」

 くぁ~……どこまでズバズブシュ笑顔レーザービームを貫かせてくるんじゃぁ~!

「古樫は、女子と甘い物を食べることは、よくあるのか?」

「あるわけねぇよ!」

 んなの男子友達からも聞いたことねぇよ!

「でも、好きなのだろう?」

「好きさ!!」

 ……道城優歌のことがね!!

「なら、一緒に食べようとはならないのか?」

「ならねぇだろおぉぉぉ……」

 道城にとって、俺のキャラってどんな設定なんだ?

「そういうものか」

 俺は右手をおでこに当てた。別にきぃーんときたわけではない。


 ケーキは食べ終わりごちそうさました俺たち。一緒に食器を洗った。俺ゆすいでラックに立てる係。超近かった。


 りんごジュースのコップとビンをおぼんに乗せて、二階へ。道城さんは結構先導するタイプの模様。

(ん? 二階?)


 その扉が開かれた瞬間。今まで触れたことのない風が、一気に駆け抜けていった。

「そこに座っていいぞ」

 大きめな白いクッションのことを指しているようだ。小さくて茶色いテーブル。白いカーペット。薄いピンクの布団がある木のベッド。白いカーテン。木の勉強机。

 教科書と……剣道の本だよなあれ。が並んだ棚。あ、俺の部屋にもあるスポーツ少年団での努力賞の楯。竹刀が入っているであろう存在感ありありな縦長紺色袋。制服がクローゼットの前に掛けられてある。

 うん。まさにここは。

(女子剣道部員の部屋!!)

 道城は薄ピンクなクッションが配備されたテーブルの右側に座った。斜めにこっちを見てきていうはぁ~道城がこっち見てるぅ~!

 てか正座じゃなく、ちょっと脚を横に崩したお姉さん座り! いい。

「夢では、古樫はあの棚の前に立っていたんだぞ」

「一体何をしてやがる夢の中の俺っ」

 なんで俺よりも先に道城の部屋へ入ってんだよ夢の中の俺。

「その後はどうなったんだ?」

「振り返って見てきたのだが、そこで目が覚めた」

「ますます謎深まる夢の中の俺」

 てことは道城の中では、俺って棚物色系キャラ?

「……古樫の夢の中では、私は笑顔だったと言っていたな」

「ぅお!? あーあれだぞ! 夢の中だからな! マンガみたいなアニメみたいなめっちゃはっちゃけた道城がいたが、現実の道城もいいやつだからな! ほんとだからな!!」

 なんのフォローになってんのかわからんが、とりあえず言えるだけ言っといた。

「そんなに笑顔だったのか?」

「おう。じゃなくて! 今の道城の笑顔も……ええで!!」

 右手親指立ててぐぅっ!

「そうか」

 ああほんともう最高ですその笑顔。

「んむ?」

 と、ここでおもむろに左手を出してきた道城。

(しっぺ?)

 いやいやあっちむいてホイすらまだ始まっていないんだが。

(って!)

 えっ、ちょい待ち! え、えっ、若干上目遣いな道城とか、えっ、えっ?!

「……夢の中の私は、手をつないでいたらしい、から……」

(あああ~っ……そこでさらにほんのちょこっとだけ向こう向く道城あぁぁぁ~……)

「ぉ、お願いします!!」

 俺は勢いよく両手で道城の左手をがっちりほわぁ~……

(こ、これが道城の手!)

 細くて軟らかい道城の手。まめはなさそうだ。

「……恥ずかしいな」

「声にすな……」

 あーあ右手が口元にいっちゃってテレ度フルコース状態。

「ほ、本当に笑顔だったのか?」

 さらにちら見まで重ねてくるなんて!

「ゆ、夢の中だからな! そりゃ、現実とはちゃうことも……さ?」

 事実、夢の中ではこんな両手でつかみにいく感じではなく、もっと腕組んでの接近戦だったからなっ。

「そうか……」

 すべすべしとこ。やっぱやめとこ。

「この左手で、多くの剣士たちが道城の前に敗れていき……」

 ちょっと冗談っぽいセリフを言ってみたが、あんまり変化はなかった。

「……まだ続けるのか?」

「あ、すまん」

 俺がちょっと手の力を弱めると、道城の左手は、ゆっくり道城の方へ帰っていって

(なあああ~)

 そこにそっと右手を重ねるという、もう、もう、もうおぉ~!!

(剣道部主将キャプテン道城優歌だぞ!? 強いのは当たり前なキャプテンが、そんなテレッテレを全身で表現してくるとかよぉ!?)

 もはや反則っすよ反則!! おう反則や!!

「古樫……ちょっといいか?」

「んな? なんだっ」

 でさらにそこから指もじもじに移行するとかぬおおおおーーー!!

「古樫の夢の中の私は、もっと笑顔だったのかもしれないが……」

 ああもうそのテレ顔でいいっスよ!

「…………今、すごく楽しい」

 面ありぃ! 勝負ありぃ!!

「あっ、こ、古樫っ」

 白いクッションくん、蹴っ飛ばす感じになってごめちょ。

「道城のこと好きすぎ。付き合ってくれ!」

 剣道部で鍛えられし怒涛の踏み込みを炸裂させ、思いっきり道城を抱きしめた。あ、髪さらっさら。

「ひゃあっ、古樫っ……」

 だからそのひゃあも反則じゃー!! かわいすぎるやろー!!

「そんなっ、急に……」

 もうドッキドキ最高潮。ああ。フラれたっていいや………………うそですフラれたくありません。

「お、俺弱いけど付き合ってくれ!」

「こっ、古樫ぃっ……」

 まさか道城は近接戦闘に弱いとは。剣道してるはずなのに。

「よ、弱くない、強すぎる……苦しいっ……」

「ぇあ、すまんっ」

 いやさすがに苦しいとか言われたら力緩めるしかないっしょうぉーーー!!

 そこにはなんともテレッテレで口元ゆるゆるな道城優歌さんが! あなたほんとに道城優歌さんですか!?

「その……苦しいけど、苦しくないっていうか……って苦しいってばぁ!」

 もっかい抱きしめてやった。やば、おもろ。

「じゃあ付き合ってくれるんだな?」

「うぅっ」

 ここでフラれたら、道城をぎゅっとするなんて人生最後の瞬間だからな! 思いっきりぎゅってさせてもらうぞ!

「…………きゅ、急すぎて、よく、わからないよ……」

「俺もよくわからん」

「ええっ?」

 もうすっかり声変わりしてしまっている道城さん。女子の声変わりって一瞬なんだな。

「でも道城のこと好き」

「こ、こらぁ……」

 ぷるっぷるしてる道城。あのピシッはいずこへ!

「……苦しいけど、でも……楽しいのとうれしいのと、恥ずかしいのも混ざって…………私、なに、これ……ひゃっ」

 ここで道城の両肩を持って、俺の顔の前に持ってきた。かわいい。

「剣道部主将たる者! 決断力に迷いを生じていてどうするのだ! さあさっさと腹をくくれ!」

「それとこれとはぁ……」

 ここは押すのがよいのか!? それとも引くのがよいのか!? 俺自身にも決断が迫る!

(フッ……愚問!!)

「きゃっ、こがむっ」

 俺様は剣道部二年! 古樫定雪! その唇、頂戴する!!


(……えと。そろそろいいのかな?)

 ちょっとだけ顔を離した。あぁ道城ちょーかわい。

 ぷるぷるまぶたから、ようやく道城のキリッじゃないおめめが開かれて。

「…………さ、定雪、さん」

「ぷは! 急になんだ?!」

 まさかすぎる不意打ち!!

「さっき、古樫も道城さんと言っていた」

「あれは~……じょ、冗談というか、照れというか、思考が追いついていないというか?」

 あーずっと見てられるわーこのお顔。

「……お、お付き合いって、したら……ずっと、一緒……だよな……?」

 ほんのちょこっとキリッが戻っ……いや全然かも。

「もちろん」

 ゆっくりまばたきしている道城。

「こ、古樫、さんも、意を決して、申し出ているの……だよ、な……?」

「優歌さんが好きだから勇気振りしぼった」

 なぜかさん付け。

(さあどうか!? いいのか!? だめなのか!? 俺の人生ここで終了してしまうのか!?)

 道城がずっと組んでいた手を解いたようだ。そしてその両手はゆっくりゆーっくり……

「…………つ、尽くします」

 俺の背中に到達した瞬間、もっかい強烈な踏み込みを披露した。



「そういやさ。なんであの時、一緒に帰るんじゃなく、今日会うことを選んだんだ?」

「……汗……」

「やっぱかわいいな道城。いえ優歌さん」

「うぅっ」

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短編59話  数ある剣士の踏み込み 帝王Tsuyamasama @TeiohAoyamacho

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