僕及びheのHELLO!という挨拶




#     おはようございます。昨晩はよく眠れましたか?


  朝六時に起きて顔を洗う為に一階に下りたら、

  昨日までぴんぴんしていた金魚が死んでいた。

  彼は金魚鉢ではなく元は清涼飲料水が入った、

  2ℓ仕様のペットボトルの中で飼っていたのだけれども。

  あいにく彼は昨夜よく眠ることが出来なかったようで、

  目を虚ろにしたまま腹を浮かせて、ぽっくり町の何処か

  を、いや若しくは夢の中を彷徨っているのかも知れない


#     こんにちはこんにちは、お元気ですか?そして、彼も元気ですか?


  ペットボトルの蓋を開けたら息を吸うのが億劫になったんだ。

  さっきペットボトルを持ち上げた衝動で、中にいた金魚の体が

  赤と白に分解して、彼の体に蓄えられていた生き物の証が水に

  紛れたんだ。彼の体はたかがゆすった程度で溶けるのだろうと

  考え始めたら、ああそう言えば彼が死んでからもう数ヶ月経っ

  ていたんだっけ、ということを思い出した。

  そう、僕は彼がとうの昔に死んでいたことを知っていながら今

  日彼が死んでいることを初めて知ったのである。

  僕はそんな自分に嫌気がさしてペットボトルごと机の下に彼を

  隠してしまった。


#     こんばんは、どうも初めまして、僕は―


  僕はいつも同じ夢を見る。

  彼が机の下の水槽から、赤い水の水槽から魂だけ這い出てきて

  空間を泳ぎ、夜空が反転した窓の海で、銀河の海で

  泳いでいる姿をただ延々とベットの上から眺めている夢だ。

  その間僕は子守唄を歌いながら小さな空想に耽る。

  その空想はたいしたことじゃない。

  けれど大切なものであることは確かだ。

  それだけは言える。

  根拠はない。

  ただ、そういい切れる自信だけは何故かある、そんな感じだ


#     HELLO! HELLO!/ What is your name?


  朝、目が覚めると僕の目の前には金魚の入ったペットボトル

  が置いてあって、僕はいつも通り中の水を丸々取り替えて酸

  素を補充したり餌を中に入れるのだけれども、彼は一向に餌

  を食べようとしないんだ。だから僕は彼のことが急に心配に

  なってペットボトルを勢い良く振るんだ。起きろ!起きろ!

  朝ですよ!って。そしたら水がみるみる赤くなって、金魚は

  いつしか水面に浮かんでいるんだ。その姿はただただ気持ち

  悪くて仕方がない。だから僕はすぐさま彼を机の中にそいつ

  を押し込めてしまった。もうみなくていいように、彼が一刻

  も早くこの世界から消えてくれるようにって。そう願いなが

  ら。


#     こんばんは、今日はなんて素敵なお月様なんでしょうか。


  僕は何回も金魚にここから出て行ってくれって言ったんだ

  僕の好きなものも、大切な宝物もあげやしないけど

  早く出て行ってくれって、

  ここは僕の海だ

  君の海じゃない

  ここは僕の夢だ

  君の夢じゃないって

  でも

  君はいつまでも楽しそうに歌を歌っているんだ

  僕の子守唄とは違う、たのしそうな音楽を満月の下の

  湖の中央で、月光を透明な鱗で屈折させて

  歌っているんだ



#     おはようございます。昨夜はあまり、眠れなかったよ


  ある日の午後、偶然部屋の中に入ってきた親が

  お前の部屋は汚いと、ぶつぶついいながら入っ

  てきた所、机の下にあるペットボトルが目に入

  ったらしく、なんだこれと尋ねてきたから僕は

  正直になんだか良く分からない、と答えたら親

  がそれを持ち上げて捨ててこいと言ったんだ。

  僕は嫌だといったけれど、親はそれを許さなか

  った。なぜなら中に入っているものの正体が親

  には分かっていたからだ。この赤い水の成分が

  元々1つのいのちであったということ。そして

  中に住んでいた生物が死んだ理由が僕の不始末

  にあったことも


#     こんにちはこんにちは、今日の天気は、晴れ、です


  僕の家には広い庭があり、その庭の一角に

  は、父が丹精込めて種から育て上げたレモ

  ンの木があった。僕はその木の根元まで行

  き、そこでペットボトルのキャップを開け

  たのさ。中からは生きている物を拒むよう

  な匂いがしたけれども、僕は赤い水を我慢

  しながら放水を続けた。



#     さようならさようなら、挨拶を交わすのも今夜でおしまいだね



  レモンの木の下に蒔いている最中に、金魚が何かしらの言葉を吐いた

  のだとしたら、それはきっと幻聴であり僕が僕に対して問いた言葉で

  あり、それ以上でもなければ、それ以下でもないのだろう



#     太陽が全てを俯瞰する、世界の底の、庭の中で



  ―赤い液体は僕に匂いを突きつけて離さない


  ―レモンの木からは絶えず異臭が零れだして


  ―僕はこの現実こそが夢だと思った


  ―透明な鱗が太陽の光を鋭く反射して


  ―僕に投げかける


  ―1つの言葉を


  ―死を見つめる


  ―僕の瞳に向けて



    ただ



#     全ての終わりに、こんにちはの挨拶


  水は既にまき終えていたが

  僕の頭の中を巡る赤い水は

  未だ排泄し切れていないよ

  うだった


今夜、僕はまた同じ夢を見

るのだろうか、それとも目

を一度閉じて開いたら朝が

来るような、そんな夜を過

ごすのだろうか


  手に付きまとう死の香りを

  固形石鹸で洗い流しながら

  僕は生まれて初めて意識し

  た生物の根源に対し、


こんにちは


  と一言挨拶した後、

  そそくさと家の中に戻り

  玄関の鍵を閉めた。

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