ぼくらが旅にでない理由
「そんな昔でもないんだが、俺には昔の話をしようと思う。」こういう始まりをもって、男は私に色々な話をしてくれた。色々っていうのは細かく説明しようとすると恐ろしくてしょうがなくなるくらい色々で、だから私は話の内容なんて忘れてしまって、ただ男は男だということと、そしていつも歩きながらお話を考えていること、年に一回私に話をするためだけにこの町に帰ってきていること、そのついでに子供達を集めて旅の話をしている事。それだけを、覚えることにしていた。
ある日、この町の掲示板に「『僕らが旅に出ない理由』というお題で何か書きなさい」という宿題が出され、町人達は皆、頭を悩ませた。ある人は図書館でそれらしい言葉を改変してそれらしく一つの作品に仕上げて王様の元へ献上したそうだが、なんと翌日の朝、首をはねられたらしく、そのせいで町人達はものすごく慌てた。その時、私に一人の少年がやってきて、花束をくれたんだけれども、私は首を傾げるほか、どうすることも出来なかった。少年は帽子を深くかぶり直してその場を走り去った。
提出期限は今日の24時までだった。だから、昨日一日がかりでこんなものを書いた。
*
ぼくが旅にでないのは退屈することがないからだ。ほらそこら中でいろんなものが眠っている。ぼくはそれらを叩き起こしては朝ですよ、といって近くのコンビニへいって新しい漫画を発掘したり、2ちゃんで釣りをしたり、ゲームで女の子と色々ぶっころしたり、誰かと恋しちゃう映画をみたりしている間に夜になる。あれ、なんか接続がおかしいなぁと、望遠鏡で家に中に張り巡らされた天井裏を見れば、多分そこにはきっとなんかいるんでしょうね。ぼくにはわからないや。
僕が旅に出ないのは色々と忙しいからだ。僕にはやることがたくさんある。そしてそれらはとても近いところにある。遠くの物ばかり見たってしょうがないじゃないか。ほら、ここにも、あそこにも、色々な顔をした草花が固いアスファルトの殻を破って命を咲かせているよ、
少なくとも僕よりはね。わらっちまうだろ。僕ら、クーラーねぇとしんじゃうんだぜ?
ぼくが旅にでないのは、いえがとてもすきだからだ。いえには、快適に過ごす為の、必要なものが、全て揃っている。まずはパソコン。テレビ。ゲーム。カップラーメン。焼きそば。ブタメン。冷蔵庫。電子レンジ。椅子。クッション。猫。コタツ。ティッシュ。それからトイレ。色んなものがあるね。ああ、最後にヘッドホンも欠かせない。そしたら音楽も必要だし、そうだコンセントも、漫画もある。本だって、光もある。火だって。料理も出来る。色々ある。だから楽しい。それ以外になにかあるんだろうか。友達にもすぐあえるしさ。先生はこれをからっぽな生活だとかいうけれど、どこがそうなんだろうか。ぼく達の日常は生活によって祝福されている。
僕が旅にでないのは、僕がどれだけ恵まれているかよく分かっていないからだと思う。僕はいつも駅前のアーケードを通り抜けなきゃならねぇんだけど、それがくるしくてさぁ、だって毎日あんなにゴミがでんだぜぇ、雨の日も風の日も、うずたかく積まれる段ボールと燃えるゴミの袋の数は変わらねぇ、ハンバーガーがすげぇまずいのに、僕は百円で皆買っちまうんだよなぁ。でも僕はまだ、働いてないからそんなことおもうのかなぁ。はたらいたら、そんこと考えるのって、クソみたいなことになるのかなぁ、だってこんなこと考えてたってどうにかなるわけじゃないし、他にもっとやることあるんだろうって、なんか思うから。だから僕はまだ旅に出る訳にはいかないようなきがする。
ぼくが旅にでない理由は。雨と気まぐれのせいだ。理由なんてどうでもいいんだ。ぼくはかっこつけたいたらいろいろごちゃごちゃいってきたけど、単純に天気が悪ければ外にでたくない。雪が降れば寒いといって部屋にいればいい。
*
ここで筆が止まった。何かが違うような気がした。私の住む王国の国民達は、この国から殆ど一歩も出たことがなかった。その間にも多くの人が殺されていった。
ドアを叩く音がしたので「どなた?」と私はいった。ドアは「わたしだ」といった。「どなた」もう一度いうとドアは開いた。「私だ」この国の人達の半分は一日で旅人になり、残りの半分は一日旅人嫌いになった。私はその内のきっと後者にあたる人間で、花束を渡してくれた少年は前者に当たる人間だった。私はヘッドホンを外した後、聞いていた音楽を止めた。少年は言った。「一緒に逃げよう」「どうして?」と私は聞き返した。「どうしてじゃない、君の命があぶないんだ、いまならまにあう」「どうして?」「さぁ、急いで、早くしないと憲兵隊が見回りにきてしまう、さぁ、早く」「どうして、あなたは旅人になったの?」
私はついになにも書くことができなかった。夢の中でなら、何かかけるかしら、と一時間だけ眠ってみたけど、なにも思い浮かべることができなかった。私は私の本棚をひっくり返して、今まで読んできた本ぱらぱらとめくってみた。そこには、旅にでた人達が様々な出会いをしながら、現実に打ちのめされて、冷たくなっていく過程が描かれていた。不意に男の顔と言葉を思い出した。
朝きて、いつも通り顔を洗って、歯を磨いた。朝ごはんはいらなかった。
化粧の過程は男にはどう形容していいかわからないくらい複雑で、だから毎年私に話しをするためにやってくる男は「なぜそこまでして顔を隠すのか」と毎年会うたびに尋ねてくる。男は「私の顔を見ながらすればいい」といった。「私がどこまで化粧したらどれくらいが丁度いいのか教えてあげるから。」男は、人の気持ちがわからない男だった。けれど私も、男が何を考えているのか、わからなかった。それからまもなくして、男は町から出て山を登っている最中に崖から落ちて死んだ。そういう知らせがなんとなく届いた。
それから、今度は私がみんなの前で話をする番になった。私は男が一年かけて集めてくる旅の話と同じみたいな架空の旅話を小さな子供達の前で代わりにすることになった。それでも私はうまく話すことはできても、子供達から細かいを聞かれた時には、なにも答えられなかった。私は些細な質問が一番嫌いだった。なんでその時林檎を買って食べたのかなんてしらない、私は林檎しかしらない。私がしっていることなんてそんなにないの、なんていえるわけがなかった。
兵隊がドアのノックを叩き、私はそれに応じ、兵隊は私を車に乗せて、私は黙って窓を外を見て、旅に出ない人間になった。途中まで書いた話を完成させれば、私は首をはねられずに済んだのだろうか。そうしたら、こんなに長く言葉をめぐらさなくても、理由が生まれたのだろうか。私は少年についていって。物語の続きを考えるべきだったのだろうか。もしそうなら、どうだったのだというのだろうか。
今になって眠くなってきた、私の意識は車のエンジン音に包まれながら、でもやっぱり、私は、私は、もうちょっと前にこの宿題がでてればよかったな、っておもうよ。
即興ゴルコンダ(http://golconda.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=4861030#10692805)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます