水溶性キネマ

●か行の女の子のために



旅の扉



〇かこ



東京の映画館だからといって、年がら年中人が入っているわけではないと知ったあれは、小さなタワーの地下であまりにも有名な映画を何度も作り直した映画。僕はその顛末を既に知っていたし、多分他の人も知っていたから、その日、土曜日の、春の日差しが、冬の作られた、暖かさを温め直すような、薄着で出かけたあの日、その日、誰もいない映画館のホールの真ん中に座って、分かりきったサスペンスを、ジュースを飲みながら眺めていた。女の子が水に落ちれば良かったのに、落ちなかった。男は水に浮かんでいた。女の子は発砲音を戸棚に突き刺したまま、警察だ。女の身体は血でまみれていた。警察が駆けつけた頃には女は首を吊っていた。ヨレヨレのコートを着た若い警部補が、何も溜まっていない腹の中から胃液を一頻り出した後、庭に出て発砲すると、女はもう一度胸に弾丸を刺した。男は再び床に頭蓋を、打つ、足音は上の階を歩く人達の雑多な銃声が悲鳴の幕を開ける。問題はここからだ



〇希子


紫色のカーディガンを着た、水色の髪の少女は、褐色の肌で、趣味はクラゲの観察。クラゲを見ていると慌ただしい毎日も中にゆとりができるとか、本当にゆとりのない人ならクラゲをみるゆとりある生活も、クラゲの世話をするためのお金もないはずなんじゃね?と、つかかってみたら、私の髪の毛って何色ですか?って返された。僕は鼻にストローを指してあぶくをオレンジジュースにプクプクを浮かべた。つまりそういうことだった。


アパートの解約をした後、有り金全部溶かし尽くした挙句に、会社を辞め、公園の一角にカーペットを引き、家電や家具を元の場所に設置するという引越しをした。電気はついていたソファーには水色の彼女と、水色のクラゲが座っていて、殆どコーヒーで出来たプランクトンを彼女らに飲ませた途端、砂場は真っ黒になった。冷えた電子レンジのタイマーだけが作動するキッチンで、水で溶かしたココアを咳き込みながら飲み干し、テレビの笑いは作られた笑いだと、分かっていながら画面を凝視するも、映るのは俺の顔とお前の顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔砂場はデロデロ潰れてゆくばかりで、吐く息は地上に届く前に次々と海に紛れた。


雨は降ってくる。



〇久子


幼馴染という隣は、アパートにおいては短い付き合いの連続であり、その年は僕の周りから四人の幼馴染が一挙に転校してしまうという、悲惨な年であり、ついでに周りには僕より年上の男の先輩がいなかったから、運動会の日、僕はクラス最下位の足を持って、地区リレーのアンカーを、五年生にして務めることになった。誰か助けてください。


一番目の幼馴染はピアノが好きだった。僕には姉がいた。姉もまたピアノを習っていたから、家にはちょっとしたキーボードがあった。姉の弾く、下手くそなバイエルに比べ、幼馴染の弾く名前の知らない曲の調べは、、、どっちもどっちではあった。僕はキーボードの設定をUFOの音に切り替えて幼馴染の演奏を邪魔したりするのだが、その度に幼馴染は曲を変え、僕は設定を変えた。最後にはいつも喧嘩した。


二番目の幼馴染とはカードゲームをよくした。遊戯王とデジモンカード、ポケモンカード。当時流行っていたカードには、これに加えてデュエルマスターズもあったが、登校時間の影響でその関連アニメを見れなかった僕らにとっては、やる意味がなかった。僕は足繁く幼馴染の家に通い、幼馴染は日々様々なカードを買っては僕を満足させる為にデッキを強くしてくれた。


三番目の幼馴染は、実はあまり接点がなかった。ただ一度だけ、喧嘩に負けて泣きべそをかきながら僕の家の前で体育座りをしていたので、家に入れたことがある、くらいのような、お土産を買って渡す。それ以外にあまり接点のないような関係しかなかったのだが、この前久しぶりにあって、そしたら、同じ思い出を沢山持っていて、沢山の思い出を同じくらい持ってたんだ、ってつい口にした途端、互いに




〇K子


こんにちは、私の名前はゴキブリです。という、とびきりの笑顔とセットの自己紹介と、手作りだという得体のしれないブラックサンドとブラックペッパーにコーヒーの香りを添えたような、異物を僕の元へ真っ先に持ってきた彼女のことなんて僕しらないんですけどねぇ。爪を調子こいて切ってしまった罰なのか、はたまた、飲みきれなかった牛乳を水道に流してしまったことが原因なのか、読みきれなかった本を紐で縛って燃えるゴミの火に掛けてしまったことが原因なのか。そもそも原因ってなんだ?原因がないことが原因?たんぽぽと向日葵が同居してしまったような違和感に包まれたシェアハウスの始まりはとてつもなく怖い。


彼女の名前は略称も塊なのでK子。彼女には料理当番は巡ってこない。代わりに彼女は面白い話をハウスの皆に、週二回もしなければならなかった。そんな彼女の話は、色々とオカルトめいていていた。サボテンと会話するサラリーマンの話。闘病生活を乗り越えた女の子の先に待っていた空っぽの話。身体が燃えている夫婦の間に生まれた息子が、車に乗っている間に焼け死んでしまった。という夢の話。猟師に黒くて長い尻尾を切り取られた腹いせとして、飼い犬を三匹沼に沈め、周到に猟師の精神を奈落の底に突き落とした後で、布団の中から猟師を丸呑みにする紙芝居の上演。などなど、彼女の部屋には一度だって入りたくなかった。


そんなある日、彼女がある漫画を皆の前に紹介した。その漫画はこういうものだった。「一日を何度も繰り返すことの出来る少年が努力を武器に運命に挑んでいく物語」彼女はこういった。「ああすれば良かった、が実現してしまう世界で、ああすれば良かったが言い訳として成立しない世界に、落ちこぼれが閉じ込められ、ああすればよかったを封じられら時、少年の前には繰り返すことの出来るという、ひたすらな可能性だけが提示だれる。努力を繰り返せば、その内「そうすればいいんだ」を見つけることができるが「そうすればいいんだ」はそう簡単に見つからない。だが少年は見つけなければならない。繰り返す権利が無限にある以上、言い訳はどこにもない。努力が運命と同じ土俵に立っている以上。繰り返すことを辞めた途端、努力は運命に屈する。屈するとどうなるか、努力は運命に劣る、ということが少年の中に位置づけられる。少年には努力の才能しかないのにね。これほどの地獄はないとおもうよ」




〇ココ


「寒いね」

「そこまで寒くはないな」

「さむいね」

「さむいね。」

「ワンワン」

「こいつは犬だった」


しかし、犬でありながら、犬ではなかった。

私は物を書くことが好きではない。本当は音楽とかアニメとかやってみたいのだが、しかし、私には絵を書く才能も、ギターを弾く才能もない、、という仮定が正しいと思っているので仕方なく、文字を書いている。キーボードを打つことなら今すぐにでも、誰にもできるからだ。しかし、問題はそこからだ、ということに気づくのに半年かかったのだった。文字を書くことが誰にでもできるなら、文字で誰にもできないことをするには、相当な苦労が必要だ、という当たり前のことに、漸く気づいたのだった。プロゲーマーがプロ足り得ることがどれだけ過酷なことなのか、以前何処かのインタビューで読んだ記事が、朝目覚める度に私を襲った。頭が痛い。ココは私の布団の上で小さく包まっていた。くるまっていたから、抱きしめてしまった。これは犬ではなくただのぬいぐるみだった。本当のココは紙の上にいた。ココは不器用な会話で不器用な言葉を話す怪物だった。俺だ




●かきくけここ


アンケートに答えようとしたが、質問が一切書かれていなかった。白紙を折りたたんで飛行機にすると腰が痛くなった。東北から九州まで二時間しかないなんて。離陸の際の鼓膜の痛みが、まだ尾を引いていた。尾は地上の噴水から黒いガソリンを海に吐き出していた。砂浜に打ち上げられた少女の上に空から少女が被さり、傘を回しながら不時着する言葉は女の子の皮膚を剥いで男にした。男の名前を持った女は、いつしか子供を産み、子供は瘡蓋から剥がれ落ちる膿に涙を落とし、浮かべ、水たまりに貼る虹色の油を反射する太陽光が門を閉ざし、女は旅を続け、僕はそれを眺め、誰もいない飛行場に不時着した綿毛から芽が生え顔を出し、潰され、裏庭で射殺された女の唇から溢れた弾丸が僕の足首を映写機の光を空に歪めた。歪めた。歪めた。観何処にもいない。観客は僕なのか。主演は、東京の春は暑い。日差しは眩しい。焼けたコンクリートの熱をさらうように落ち葉が駆けていった。その後を追う主役は、足跡は、小さく何処かに、どこにも、いない。


水溶性キネマ。

カ行だけが、庭に鼻を咲かせる、






即興ゴルコンダ(http://golconda.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=4984940#10920415)

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