銃声

干からびた皮膚には、

抜け落ちた雨の手紙が磔にされていて、




浴槽から顔を出した、顔には、いくつかの顔が張り付き、張り付いた顔には、((おびただしい比喩のように抜け落ちた髪が張り付いて))、張り付いた陽は浅い影を落とし、産み落とされた影は、差し込まれた軟腕に包まれながら、力強く引き抜かれてしまい、引き抜かれた貝殻の中身は、引き抜かれるように肩を掴まれる。掴まれた肩は、深い森のように濡れた影で覆われ、覆われた影は乾かされる陽のようにふき取られる。ふき取られた影は、濡れたままである事を尋ねるように((おはよう))といってくれる。((まってください))と静かに下げた頭上に降り注ぐ雨は、まだ濡れたままの大地へ幾度も降り注ぎ、降り注いだ雨はいつまでも乾く事ができないまま、濡れ切った麻布は切り裂かれるように、血が滲むように掴まれた足は、鋏を踏みぬいてしまう。踏み抜いた足には、おびただしい数の鎖が繋がれ、繋がれた鎖は次第に熱を帯び、熱を帯びた文鳥の死骸は、((死骸ではなく))、空に降り注いでいた事を、忘れないように、両腕に抱えたまま、ここから動けなくなってしまった、という幻想を振り払うように、((覚えたての観念で))、硬い比喩を貫くように、((印象を歌ってしまうのね))、やすらかに満たされた肺は、満たされた煙でむせてしまい、むせてしまった息は苦しさを覚え、覚える事を知ってしまった息は、胸の肉から吐かれた、((隣には、右手を繋がれた人が、人が歩いているけれど))、人だと思っていないのだから、お前は人間じゃないよねと、野ざらしの浴槽で、何度も浴びていた、ビデオレターを、((名前を呼ばれるように))何度も繰り返してみる度に、また腕を引かれてしまう、この場所には、最初から直喩なんて物は必要なかった、直喩なんて場所はどこにもいくつかないのだから、どうでもいいよねと、いいから眠らせてくれればいいのに、浴槽から再び陽が昇り始める




最初から長い手紙を書くつもりだったけれど、書いている内に長い手紙を読もうとしてしまったから、少しだけ休ませてくれないかなと思ったんだけど、意図的に買い付けたテーブルを注文した事を忘れてしまっていたから、受け取りも忘れてしまっていることにいつまでも気が付かない。配達員は坂の上にあるこの場所まで、何度も長い坂を乗り降りしなければならず、上り下りした所で配達員のする仕事というのは、汗で萎れた不在伝票を手書きすることでしかなく、もう一度両手で抱えたテーブルを抱えてこの坂を降りなければいけないというのに、また同じように簡単な手続きで再配達を頼んでしまうから、やはり少しだけでも書こうと思うのだけれど、この国の言葉に詳しくないわたしには、やはり書くべき事がないのかもしれないと思いながら、しかし、何かあったかもしれないと思い直している最中に眠ってしまっていた、眠ってしまっていた意識を取り戻し、取り戻した意識は震えた指先を思い出し、思い出した震えは、払い忘れたガス代の事を思い出す。思い出した所で止まらない震えは、寒さを忘れたふりを演じる事で生き始めてしまう、だから、それでも長い手紙を書こうとして、いつも以上に体力を費やしている事に気が付いてしまい、寒くなった部屋の中で、誰に、何を、書いているのか分からなくなってしまった、けれども、鏡に映った私の手が、震えていて、気が付いたら震えが止まったみたいに、書き始めてしまったら、あとは終わるだけだわと、思い出すことができたので、これで終わることができるだろうと思いながら、まだ、受け取る事を思い出せていない、思いだせていないのであれば、語る事もできない、出来ないのであれば、繰り返される思い出は、書いている内に忘れてしまうまえに、書き留めていたのか、




ゆるやかに 今 ゆっくりと浮き上がる うすれゆくもの

つまり ヒカリゴケ たちは 感覚に ふくまれていない ようだから 

けれども いま しずかに うみなりのきこえた とおくの灯台に 

ひかっていた 水にぬれていた はんとうめいのくらげが

さいしょから やわらかな ひふにつつまれているから

やすらかなねむりを いだいているように

演じていますか とうめいであることを と描写することを

こころみますように 

  

 あめにかこまれることは必然であるかのようにまぼろしでした

 

 うまれ おちた 影を あやつり 顔を むき出しに して 

 氷の みずうみ から たちあがる こと を 恐れていた

 あした から また あした がはじまって しまうことは

 おそれる こと と おなじように ときおり 

 きこえてきてしまう から かよわく やせほそった 獣の寝息 が

 雷鳴 よりも やさしく ろめん でんしゃの 戸が しまる 時の ように

 次の駅は どこにあるのですか なんて わから ないんですけど

 うしなって しまいました あの おしゃべりなくちばし

 は くりかえしうたわれた ぶんれつ の なか で 滅びてしまえ




 こんな所に、蝉がいるんですね、と兄さんはいってくれた。けど、兄さんは僕のことをあいしていた? さぁ、といってみたけれど、何もわからないよ。

 

 こんなもの書いてみたんだけど、って二人だけの椅子が並んでいて、これはこの前買ったテーブルだから、傷がついているはずがないのに、傷だらけで、今日も兄さんは遅いって。


 だから、これは読むに堪えないことはきっとわかっていた。けれども、もう一度差し出して、声に出して読んでくれないかと、震えた手を膝の上に擦り付けたところで、兄さん、はあいしてくれていますか? さぁ、と。


 それよりも、停電してしまったから、本を燃やそう。それから、火を着けて、踊りましょう。と、かける音楽は? 別に、センスなんてなくていいよ、何も分からないんだから。


 何も、言葉にならないまま、何も刷られていない、白紙に火を付けて、さぁ、今日の日を忘れないようにしなきゃ。今日は、初めて兄さんと話した日だから。さぁ、そんなことよりも、お前の事、なんか最初から愛してたし、これからも愛してるよ。


 だから遊ぼうぜ、って、遊び方すら知らない、安らかな生活。吐息も忘れてしまったようにね。




初めにいいますよ、負荷なく進めて行くことの全てが、読み方だというのならば、最後まで行き着く事のない場所で、果物ナイフを持ち、浅緑の外壁の、安アパートの台所に立ち、あなたの帰りを待ちながら、空想のリンゴを剥いているよ。


やさしいオルゴールが流れているね。1mmのケント、オレンジ味の煙、味を思い出すために、久しぶりに一人で吸ってしまったよ。やさしい包丁で、水をはじくキャベツの茎を、落としていくようにね。クリニカの歯磨き粉で、ドーナツの甘さが張り付いた奥歯を磨きながら、流れだす液晶テレビの漫才を聞きながす。歌のこぼれたヘッドホンの音楽と、開けた窓の先から聞こえてくる知らない人の話し。


電車が通り過ぎると、一斉に踏切が開いて、歩き出した人たちはそれぞれの欠伸をしながら、財布に入れた顔写真を思い出す。ゆっくりと開かれた窓から、100円のプラスチックで出来た鼠色のじょうろを伝って水があふれだし、植えられた金木犀の花から、なつかしい香りがあふれだす。


咲き乱れたいくつかの笑い声と、花びらと、秋月の落葉から、光が顔を出して、静かに受け止めた。人の気持ちなんて、誰かが好きだろうと思う事と、口の周りについた、ハイネケンの泡模様だけで、いいじゃないかと言ったら、電話が切れてしまう。




隠された隠し事が、

少しずつ電話ボックスの中に溢れて

ダストボックスの構えられた入り口から、

バスケットゴールの網目の隙間から、

車のドアを閉める時の手つきから、

打ちあがらない最後の花火、

痩せこけた狛犬を拝む背中、

コンビニから逃げ出して、

何も盗めなかった全て、


思い出した事の全ては、

思い出す前に終わっていたのだから、

隠す必要なんて最初からなかった、

隠される事実なんてどこにもなかった、


「だから、どうしたの」なんて言う前に、

ちゃんと引き金を引きなよ、

肩を掴んであげるから、

思い切り最後まで、

最後に思い出した遊び方で最後まで振り切りなさい、

だから、センスなんてなくていいよ

最初から感覚なんてどこにもないから、

直喩も切り捨てていいよ、

そそり立つなにもない場所、

こういえばいいよね、

ああいえばいいよね、

なにもせいかいなんてないよね、

なにもまちがいなんてないよね、

機能しないメタファなんかお別れして、

最後に挨拶しよ、


お前だよ、

お前のこと、

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