第6話
「お兄ちゃん、キクエさん、坂道の崖を滑り落ちて死なはったんやて…」
「警察が言うてたんか?」
「キクエさん、なんで長崎にいはったのかな?」
「弁護士の松井先生のとこのキムラ君から聞いたんやけど、長崎に家を2軒、おじいちゃんからもらってたんやて」
「こないだハツエさんも電車に轢かれて死なはったばっかりやのに、何でこんなことばっかり続くんやろ…」
「大丈夫や、しっかりせい」
「お兄ちゃん、死んでばっかりやん…、なんで人はこんな簡単に死んで居なくなってしまうん?!お母さんも49歳で。早死に家系、て、言うんやて…」
「誰でもそういうもんや。ほら、駅の子かて、毎日何十人もゴミみたいに集められて棄てられとったやろ?世の中のせいや!」
「意地悪やったけど、ハツエさんもキクエさんも家族やったし…なんか嫌や…」
「なんも心配せんで、お腹の子供のことだけ考えとき。」
「トミオは夜遅くしか帰ってきいひん、あちこちで派手な女と飲んでから、へべれけで。そのまま昼まで寝てるだけなんよ。」
「子供の父親なんや、仕方ない…」
「酒の臭いが気持ち悪いし、吐いてしまう…」
「…お金をあんなに渡してるのが、酒と女に使われてるんか…」
「え?」
「ノブ、お前もお前の子も一生お金には困らさへんようにおじいちゃんが守ってくれとるから、なんも心配すんな」
「トミオさんは、もうちっとも優しい人ではないわ。子供のことも楽しみになんかしてはらへん」
「そのようやな…。キムラ君の、出番かもわからんな…」
「キムラ君て。誰やったっけ…?」
「ああ、俺が一番信用してる友や。今度会わせる、心配すんな」
「カツヤ兄さんには言わんといて、トミオさんを勧めてくれはったし、大事にしろ、ばっかり言われる…」
「?」
「トミオさんのことを悪く言うと機嫌悪くならはって、嫌な顔しはって、怖くなる…」
「カツヤ兄さんかて、アカの他人や、信用すんのは俺だけでええんやからな」
「そうなん?」
「そもそも俺らがこんな狭いボロアパートをあてがわれるようなのは、どうもおかしい。」
「でも、毎日一円も稼がんでも生きていけてるし…」
「おじいちゃんが俺らに家を何軒か遺してはったとか、キムラ君は言ってた…」
「キムラ君て、おじいちゃんの、外の女の人の子?血が繋がってたりするん?」
「…」
「どういう人なん?」
「そうか…、それも無いことないな…」
「お兄ちゃん、ここはカツヤ兄さんの大学が近いだけの町やし、おじいちゃんとこに戻りたい…」
「ノブ、カツヤ兄さんの卒業まで、もちょっと頑張れるか?キムラ君は、小さい頃うちのおじいちゃんに胸の病気を治してもろて生き延びられた、て、お礼言われたんや。それしか聴いてなかったけどな…、ちゃんと信用できるヤツや」
「もう、トミオさんとは暮らしたくない…」
「そうか、わかった。働かないトミオは一旦実家に帰ってもらうように明日、話す」
「大丈夫?トミオさんとこは家が小さいの。前のうちらの家の玄関のことだけくらいの広さに家がちょこんと建ってて、窓硝子も割れたとこ板張りで…。7人家族みんなで住んではるんや…」
「カツヤ兄さんの話ではトミオは元小学校の校長先生の子どもやていうことや。真面目な家庭らしい。家の大きさは、ああ、焼け出されてひとまず臨時に借りて住んではるのやろう」
「トミオさんは、なんか、違う。思ってたよりだらしないしすぐにキレて怒鳴らはる…」
「男前やからモテるからな、ノブのお腹の子も綺麗な顔して出てくるて。楽しみにしとけ」
「それでも…」
「松井先生にも確認したいことあるねん、今は駅前に立派なでかいビル建ててはって、飲み屋やら洋食屋やらたくさん経営したはるんや。」
「カツヤ兄さんと行くの?」
「いや、ひとりで行ってくる。カツヤ兄さんには何にも言わんといてくれるか?」
「松井先生、こちらです」
「ああ、署長さん、こんばんわ」
「突然こんな夜遅くにお世話さんです。犯人がしつこく先生を知ってる、呼んでくれ、と言いまして…」
「あ、はい、多少は知っております」
「大通りの病院の、ずっと前に亡くなった大先生の子どもやとか孫やとかいうとるんですけど、どっちやねんて話ですわ。喧嘩で人を刺して、かなり混乱しとります」
「そうでしたか」
「会われますか?」
「あ、いや、育てたい新入りが2人おりますんで、彼らのどちらかに弁護を担当させたい思います。初めから、とおしで事件を担当させたいので、私は今夜はあえて犯人とは会わなくても、よろしいでしょうか?」
「ああ、承知しました、それで結構です」
「相手は重傷ですか?」
「本人も殴られてはおりますが、相手は腹を刺されてまして、失血ショックとかを起こしとりまして。手術中らしいですが、今夜がヤマとか。そいつも家族もおらん、孤児のようですが…」
「状況は?過剰防衛でしょうか?」
「犯人の身なりからは想像できんのですが、この町の五本の指に入る金持ちの一族やとか嘘を言うとこから、気に入らんと言い合いが始まったようや、と、店のもんは申してました。飲み過ぎて飲み屋でからまれたあげくの喧嘩で、しかし、刺すことは無いんです。すぐ出せるように包丁持っとったのも妙です、我慢の無い狂暴な男です。そもそも誰かを刺す気やったか、脅す気やったとも推察できます」
「そうですな…」
「では署長さん、明日一番に担当の弁護士を寄こしますので、よろしくお願いいたします」
「わかりました、まあ、形だけの弁護でよろしいですわ」
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