第4話

レイコは、今なら文化財に指定されそうな日本家屋から池のある見事な日本庭園を眺めていた。


すぐ外が駅の近くで大通りの傍とは思えない。


掛け軸が三幅の床の間がある二間続きの和室にノブとツネオが祖父とメイコと向き合って緊張気味に座っている。

「ツネオ、ノブ、お前たちは今日からわしの子どもになった。養子にした。安心してこのうちに居ればよろしい。このメイコは継母や。お前たちのお母さんのジュリと歳は同じやから、お母さんと思っていなさい。」

「2人とも、よろしくね、どうぞ仲良くしてください」

「このメイコは見てのとおり脚が悪い。指の関節も大きく腫れて動かんし力が入らん。箸も旨いこと持てん。なんで、家のことは女中らにしてもらうから、細かいことはさせんようにな」

「おじいちゃん、俺は、お医者になれる?」

「お前次第やな、今日から若い先生たちの手伝いをしなさい」

「はい!」

「ノブは、嫁入りまでは習い事と家のことをやるようにしなさい」

「はい」




それから一年もしないうちに、メイコが風邪をひいて寝込み高熱が出たあとあっけなく死んでしまった。

「松井センセ、メイコの実家から財産を要求されとるのか?」

「そうです、訴訟をかけてきました」

「米一年分くらいの金銭を与えてやってもダメか?」

「あちらの弁護士の意図はわかりますが、無茶です。メイコさんの兄が借金まみれのようですね」

「未亡人のメイコを捨てるようにここに捨てておいて…。なら、長崎の一番古い借家を一軒くれてやってください、その後はきっちり縁を切れるように、確実に頼みます」

「承知しました。証文を用意して片付けます」

レイコは小説を読むようにカラダ全体でノブの生きてきたこの時代の流れを感じていく。



また、香の匂いがする。


キクエとヤマニシが喪服で並んで座っている。2人はずいぶん疲れた様子で、レイコには何年も過ぎたのがわかる。

「お父さんの残した家は誰のもんになるんかね?」

「長崎と山口と愛媛にも別荘やら借家がぎょうさんあるし」

「キクエらはジュリさんともらった料亭、潰してしもたんやし、もう、無しやろ」

「男の子はツネオだけで、あとはノブとハツエとヨリコが独身の娘や」

「ツネオはまだ23歳やし。あんな大きな財産、一人で?!」

「なんとでもなるし」

「ええ弁護士のセンセ探さんと…」

隣のツネオはもう20歳を過ぎて立派な青年になっているが、泣いているのが伝わってくるほど触れている右腕が震えている。

「お兄ちゃん、どうなるんやろ、これから…」

「さっき松井センセが言ってたとおりや…」



手描きの襖を閉めて古い屏風をたてた和室の奥。空気がひんやりしている。

「ツネオさん、大先生が亡くなったんで、診療所は遺言のとおりに、このまんま他の先生たち4人と奉公人達で続けられます」

「…」

「医者の代表は里中先生になりました。ツネオさんは、診療所に、残ることはかないません…」

「俺は、薬やったら誰より旨いこと調合できます!」

「ツネオさん。酔っぱらいに絡まれて人を刺しましたやろ。殺さんかったとはいえ、表には出んかったけんどみんな知ってます。忘れることもないんです」

「…!あれは、相手が他の人を殴ったり蹴ったりしてたからで…」

「貧しいもんや親に恵まれないもんからの妬みやそねみです。ツネオさんが悪い、というのが、皆の心に一番心地良いのでしょう」

「そんな…」

「お兄ちゃんは悪くありません!」

「ノブさんも。お稽古先でいろんなもんを盗まれましたよね?誰かがやって、皆が知ってて隠しているんです。着物が切られていたこともありましたよね?」

「…」

「遺言では、診療所を大きく近代的にするためにこの広い自宅は無くなりますが、遺された他のすべての財産は男の子のツネオさんが相続するのです」

「!」

「けど、ほかの娘の周りの人間らから、遺留分訴訟が起こると思われます。結果的に半分はツネオさんに残るようにしていきます」

「松井センセ、俺は何もわかりません。よろしくお願いします」

「お願いします…」




狭くて小さい小屋の中で弁護士の松井らしき人物が若い男と話をしている。

「カツヤ、君は戦災孤児としてよく生きてる。じつは、子どもを失くした陸軍関係夫婦のとこに養子縁組を決めようと思う。その前に、金持ちの孤児2人の面倒をみてくれるなら、家五軒分くらいの財産を管理できるようにするから、ろくに金にならなさそうな田舎の三軒分の財産だけは私に手数料として戻してもらいたい」

「その子らは、小さい子どもですか?」

「24歳の男と20歳の娘や。娘の方はすぐ誰かと結婚させたらよろしい。すぐにアカの他人になれる」

「男の方は?」

「東京の大学に入れることにする。カツヤには家一軒分のお金が入るな」

「どうすれば?」

「仲良くなって信用を勝ち取って見守ってやってくれたら、それでよろしい」

「どんな家の子どもですか?」

「お金持ちの大棚やのに、家を継げない訳ありでな。家を出されていく子らや。あんまり事情は口にしてやらんといて欲しい。どうや、やるか?」

「松井先生のところを辞めてからは闇市しか仕事もありませんでした。もう、ツラいです、やらせてください」

「君は利発で明るいし男前や、心配ない」

「そのお金で大学に行ってもよろしいですか?」

「今からか?」

「賢いもんしか幸せに生きていくことは出来んとわかったんです」

「飲み食いで金を使うより良いことやないか、君は、ほんまに流石やね」

「まあ、財産分与がかたづいたら何でも好きにしなさい」

「ありがとうございます」

「孤児の2人と仲良くなってから、の話やから。忘れんように」

「はい」

「妹は嫁に出して誰かに押し付けて。兄は勉強が苦手の頭が悪いすぐにキレるような男やから、なんとでもなる。その子らの財産も君のもんやね」

「それは…気の毒です…」

「君ならそう考えると思ったから頼むんやで。その子らの父親には随分信頼されて儲けさせてもらっていたんで、恩もある」

「わかりました」

「そのうち紹介するから、まともな服と靴をこのお金で揃えなさい」

「ありがとうございます…」








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