第1章 其ノ壱

20XX年、現代の日本や世界では《夢の世界》へ行くことが禁忌とされている。夢は心を閉ざした者が見る幻であり、その世界にいようと無意識にしてしまうという《夢世界病インサイド・ドリーム》という病名が発見され、現在研究者の中で話題となり問題視されている。《夢世界病インサイド・ドリーム》の最大の問題は夢から意図的に覚めることができないのだ。つまり、夢を見る行為をしてしまうことは実質現実世界での死を意味するのだ。

ぽよん。

設定した音楽が携帯から流れてくる。

うんざりしながらベッドから起き上がって携帯を見る。

「母さん……。またか……。」

携帯の通知を見ると母親からのメールだった。

『受験に関する話と来年再婚する相手と食事会があるから参加するように』、という現実を見せてくる鬱陶しいそのメールを消し、俺はまた自分のベッドへと帰る。

俺の両親は3年前離婚した。離婚した、というより父が交通事故に遭い、植物人間状態になってしまったのだ。俺は定期的に会いに行っていた。そう、会いに行って『いた』のだ。

父が植物人間状態になってから数ヶ月後、母が身長の高い男を連れてきたのだ。あの人曰く付き合いの長い上司らしい。俺にとってみればどうでもよかったし、父が回復することだけ願っていた。

1年経ったある日、母親から喫茶店に呼び出された。1年前に会った上司も一緒にいることに最悪な考えが浮かんだが「母さんは違う。」と思って話を聞いた。その話は俺の想像する最悪な話だった。

父と離婚した後、俺は父に会いに行けなかった。両親の離婚を俺は止めることができなかった。母の再婚を了承してしまった事実のせいで父に会っては行けないと思い、そこから部屋に籠り今に至るのだ。

そう考えると《夢の世界》に行くことが禁忌なんて馬鹿げている。俺にとってみれば《現実の世界》の方が生きている心地がしない。

「いっそのこと……、《夢の世界》が本当の世界だったらどれほど楽か……。」

そう呟きながら俺は目を閉じた────


目を覚ますと俺は広い草原にいた。青々とした緑が目の前に広がっており、心地よい風も吹いている。周りにはモンスターやそれを狩る狩人ハンターが戦っている。パッと見、ゲームの世界にでも入ってしまったのだろうかと錯覚するほどだった。

「俺……、なんでここにいるんだ……?」

記憶がない、というよりも日本に住んでいた俺が、どうして異世界とも言えるファンタジー世界にいるのだろう。携帯を探すが、周りには何もなく代わりにゲーム世界で見るような剣と、軽食のような果物が置いてあった。

「ここはもしかして《夢の世界》なのか……?どうして……。」

考えてみてもどうしてここにいるのか、全くもってわからない。このままウロウロしていても周りにはモンスターがたくさんリスポーンしている。このままだと襲われて余計に危ない。

「町…、それか人のいる集会場へ行くしかないのか……。」

考えていてもここがどこなのか理解できなければ何もできない。それなら人のいる場所に行くしかない。俺は、モンスターに襲われないように駆け足で人のいそうな場所へ移動した。

しばらく走っていると、町のようなものが見えてきた。もう大丈夫だろうと安堵し、緊張が緩いだ瞬間、俺の目の前に何かが出て衝突の衝撃で吹き飛ばされてしまった。

「いってぇ……、……っ!」

痛みに我慢しながらも起き上がって目の前をみると、大型のモンスターがそこにはいた。狼の姿をしているが鼻は象のように長く、体長は3mもあるようにみえる。息を荒くして口から涎が垂れて興奮した状態なのは一目瞭然だった。

ぐぅぅぅ……と唸るモンスターをみて逃げなければ死ぬと頭で理解しているが、脚を痛めたのがそれとも恐怖なのか動くことができなかった。

モンスターは俺に狙いを定めてジリジリと近付いてき、いつ仕留めるか見極めている。

このままだと確実に死ぬ────、最悪の考えが浮かんだ瞬間にモンスターは俺に目掛けて突進してきた。

もう終わりだ。そう思い目をつぶった瞬間、風を切る音とモンスターのぎぇぇぇ!!と苦悶の悲鳴が響く。

精霊聖剣スピリッツ・ソード……っ!」

目を開けると、そこにはモンスターを倒したであろう少女の姿があり、モンスターが光の破片へと変わって消えていっていたのだ。

黒髪の長髪、色白で少し頬が赤く火照っている。いかにもどこかの偉いところの令嬢のような容姿と立ち振る舞いで、俺は目を奪われていた。

その視線に気付いたのか少女は俺の方をキッと睨んでズカズカと俺の方に寄ってくる。

彼女は睨みながら棘のある言葉で話しかけてきた。

「あなた……、死にたいの?」

その言葉に俺はハッとし、助けてくれた彼女へ照れたように話す。

「助けてくれてありがとう。……死にたいわけじゃなかったんだけど、まあ、体が動かなくて……。」

「……助けてあげたわけじゃないわ。私の目の前で人が襲われているのを見るのが嫌なだけよ。」

彼女はふんっとそっぽを向いて俺の顔を見ようとしなかった。

「そうか……。どのみち俺はお前に命を救われたから感謝するよ。お礼はどうしたらいい?」

「お礼なんていらないわ。……少なくともこの世界で助け合う必要なんかないんですもの。」

《この世界で助け合う必要がない?》

その言葉に疑問を持ちつつも、この世界で初めて人と話せたのだ。何とか情報を聞こうと彼女に声をかけ続けるも、無視されたり棘のある言葉で返事がくる。そのことに段々俺もイライラし始めていた。

「……なあ。なんでそんな冷たいんだよ。初対面の人にそこまで冷たくするか?」

「……冷たくしてるつもりはないけど、そう感じさせているならごめんなさい。でも初対面の人にあれこれ聞くなんてそれこそ非常識よ。あなたの言葉でいう『助けただけ』なのだから、もう行っていい?」

「……さすがにひねくれ過ぎだろ。」

「これが私よ。……あなたにとやかく言われたくないわ。」

そう発した彼女の悲しげな顔と俺を見る軽蔑した目が、気になってしまい俺は余計な事を言ってしまった。

「どうしてそこまで俺を軽蔑するんだよ。……令嬢並みに綺麗なのに勿体ないな。」

その言葉を聞いた瞬間、パァァンッという音が草原に響いた。俺は少女に頬を平手打ちされていたらしい。一瞬のことで気付かなかったが、後から痛みがじわぁっと広がり、苦痛の声が出る。その様子を見た少女は涙目になりながら、下唇を血が出るほど噛み、先程よりもキッと睨んでいる。

「最低。……あなたに言われたくなかったわ。叩いてしまったのはごめんなさい。」

そう発した彼女の声は震えており、今にも泣き出しそうで、俺が声をかけようとしたがその前に一礼し、走って行ってしまった。その走り姿がすら美しいと感じる一方、その状況に俺は呆然とするしかなかった。

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インサイド・ドリーム 紫花 @smile_nikosaku

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