「動物の保険屋さん」

磨糠 羽丹王

「動物の保険屋さん」

「ええ、これが基本保険料になりまして。この金額に必須ひっす補償ほしょう分と、ご希望のオプション補償分の金額が加算されます」


 今日は動物園の保険の更新に合わせて、新商品の紹介で保険屋さんが来ている。

 私は今年入社したばかりの新人で、この保険の更新担当を命じられたのだ。


 これまでの保険に比べて基本保険料はとても安かった。

 担当して直ぐなのに良い結果が出せそうだ。


「では、必須の補償分のご説明を致します」


「はい。宜しくお願いします」


「先ずは、クマの冬眠中疾病しっぺい補償です」


「え? クマの冬眠ですか。うちの園は確か冬眠させない……」


「いえいえ、万が一冬眠してしまった時に、栄養失調や睡眠障害で体調を崩すことがあるのですよ」


「はぁ」


「その時の医療費が全額補償されます。これは動物園向けの全ての保険商品に必須で付加ふかされます」


「そうなのですね。知りませんでした」


「よろしいですか? では、続きましてナマケモノの移動時傷害しょうがい補償です」


「移動時傷害ですか?」


「ええ、ナマケモノが移動の最中に他の動物にぶつかって怪我をさせてしまった場合。相手方の治療費ちりょうひ等が全て補償されます」


「え? もう一度お願いします」


「ええ、ですから全国的に多発しているナマケモノの衝突事故を補償する為の必須の付加分になります」


「……あ、あの、他には?」


「ええ、必須分は次が最後になりますが、ペンギンの飛行時危険割増分になります」


「飛行時ですか?」


「ええ、鳥類は飛行時に怪我をする事が多いので全ての鳥類に付加されるのですが、ペンギンは特に飛ぶのが下手なので特別に割増になります」


「……」


 私はだまされているのではないかと不安になり、振り向いて後ろで聞いている園長を確認した。

 園長はうなずきながら真剣に聴いている。


「次は今回の目玉補償です」


「はぁ」


「偽パンダ補償です!」


「え? 偽パンダですか?」


「はい。最近全国的にパンダと思って飼育していたら、途中でがらが無くなってしまい、実は只のクマでしたという『偽パンダ』が横行していまして」


「え、ええ」


「クマには悪気はないのですが、動物園側の損害額が大きいので、その損害を補償するオプションになります」


「あの、そんな事有るのですか?」


「良いですか! 今の世の中は本当に驚く様なリスクがいっぱいなのですよ」


「は、はぁ」


「こんな話を知っていますか?」


 私の友人の知人の従妹の友達のサルがですね、『見ザル聞かザル言わザル』オーディションに行った時の話です。


 『見ザル』のオーディションで、「では注目して下さ~い!」と言われて、見たら即落選にされたそうです。


 続いて『聞かザル』のオーディションでは、「今からの説明をちゃんと聞いて下さい」と言われたから『見ザル』の経験を活かして無視していたら、「真面目に聞け!」と言われて落選にされたそうです。


 で、最後の『言わザル』オーディションで「では、自己PRをお願いします」と言われて、足が震えたと言っていました……。


「お分かり頂けましたか? 世の中にはどんなリスクが潜んでいるのか分からないのですよ!」


 私は何が何だか分からなくなり、園長に意見を求めた。


「うーん。彼の言う通りだね」


「え?」


「偽パンダ補償も含めてで、良いんじゃないか」


 ――――


 こうして、私の初仕事は完了した。

 昨年より保険料が上がってしまい不安だったが、園長が満足そうだったから、レッサーパンダのお世話に戻る事にした。


 来年あたり「腹黒いレッサーパンダが、人をだました時の賠償ばいしょう補償」とかで、必須の保証料が増えそうで、ちょっと怖い……。

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「動物の保険屋さん」 磨糠 羽丹王 @manukahanio

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