第5話 春、再び


 大学の入学式というのは案外機械的で、下を向いていたらいつの間にか終了していた。慣れていない靴のせいで踵が痛い。ガイダンスを終えたら真っ直ぐ家に帰ろうかな。

 校門に向かう道には、強い春風に攫われ散ってしまった桜たちが地面に落ちて彩を与えていた。レッドカーペットさながら、ピンクの絨毯の上を私は歩いた。

 スーツを着た多くの学生が校門前で写真撮影に勤しんでいる。もう既に友人関係が形成されているのかと思うと焦りを覚えたが、これから四年間、じっかり築いていければそれでいい。そう思った私は、少し眩しい彼らの横を通って大学を後にした。

 最寄駅から下宿先まで歩いて数十分。若干の距離の遠さの代わりにオートロックの機能を得ていたので、いい運動と思って一歩一歩噛み締めて歩いていた。

 踵の痛みに耐えられなくて私は近くのコンビニで絆創膏と、軽く食べられるものを適当に買った。昼前だったということもあり、一応昼でも夜でも食べられるものを買っておいた。

 コンビニから出ると絆創膏を貼るために、小さな公園に立ち寄った。

 近所の子供たちが遊ぶには少し物足りなさを感じる程の大きさで、ブランコと滑り台、そして砂場という、役目の果たせてなさそうな公園のベンチに腰掛けた。

「にゃー」

「……!」

 足元で鳴き声がしたので急いでそちらを見る。

 人慣れした雑種の猫が私の足元でウロウロとしていたので、猫の首に付いていた首輪を確認する。

「SAKURA」

 この季節にぴったりな名前の猫の背中には桜の花びらのような模様があった。

「私たち、春の訪れにぴったりだね」

 そう言って頭を撫でるとにゃーと、低めに鳴いた。私の言葉を理解している、そんな気がした。

 会えなくてもいい。

 会えなくても貴女が元気ならそれで。

「ホームシックになってるかと思ったけど……あれ、まさか浮気?」

 今度は確かに彼女の声がした。

 春が訪れていたはずなのに夏が急にやって来てしまったみたい。私の目からは涙が零れ、その黒猫の姿がぼやけていった。

「ただいま、春花」

「……おかえり、ナツキ」

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私と猫のキミと 香椎 柊 @kac_shu

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