第20話 独白②
もう一つだけ打ち明けなければならない真実がある。
それは俺と金森さんが出会った日。
俺が金森深琴を風よけに選んだ、もう一つの理由。
「なら私が証明してやるわよ」
神様みたいに鮮烈に突き付けて、瞬く間に俺を絶望の淵から掬い上げた金森深琴の圧倒的な強さは、同時に俺へ自身の弱さを突きつけるものでもあった。
中学二年、俺の心に消えない傷が刻まれたあの日。
俺は絶望に屈した。
一瞬だった。ほんの一瞬たりとも抗おうとはせず、花弁が強風に押し流されるように、いとも容易く踏み潰された。
窮境においても折れない金森深琴の圧倒的な力は、俺を救うと同時に、絶望に屈服した過去の俺を責め立てた。
金森さんといると、己の弱さ矮小さに打ちのめされる。
だからその高潔な心を折れば、自分は弱くないのだと証明できる。安堵が手に入るのだと思っていたのに。
どれほど爪を立てようと、彼女の心を手折ることは叶わなかった。その気高さに、俺の方が胸を描き毟られるような痛みに襲われる。それは劣等感だった。
そうして傍らで見つめる中で知ってしまう。
金森深琴はその信条と共感性の高さ故に、誰よりも深く傷ついて、挫けそうになって、それでも奥歯を噛み締めて前を向く。そんな泥臭い人間だった。
それは星が自らの命を燃やして光り輝くような美しさ。同時に危うさを孕んだものだと気づいて、どうにかその心を守ってやりたいと願ったときには、彼女はもう俺ではない男に傷つけられた後だった。
そうして俺もまた、彼女を傷つけたのだった。
「相模くんのせいだよ」
それは文化祭の出し物を決めるための会議で、俺たちの関係が冷やかされたことに対する糾弾。今は交際しているのだから構わないだろうなんてみっともない言い逃れで誤魔化して、それで解決した気になっていた言葉が、今になって俺の眼前に罪を明かす。
ようやく気付いた。
中学二年のあの日。誰にも俺の言葉が届かない絶望。
高校二年の春。「彼氏じゃない」と声を張り上げた彼女の隣で、余裕綽綽といった様子で笑みを浮かべていた俺。
そうして今、誰の目にも触れない場所で、ひっそりとその高潔な心を手折ろうとしている彼女。
三つの光景が重なって、己の罪が明瞭に浮かび上がる。
俺はずっと、俺自身がそうされて心を傷つけたのと同じ行為を、金森さんに強いていたのだ。
俺が彼女の声が誰にも届かないように仕組んだ。
俺の心を守るための鎧に利用したことで、彼女の名声を傷つけた。
一体いつから、美しい彼女の傍で過ごすことで、自分も同じような尊い存在へ昇華できると思い違っていたのだろう。
学年一位の優等生に「あなたは金森さんにはなれないわ」と突きつけられて、俺はようやく本来の居場所を思い出すのだった。
どれほど美しい星を見上げてその光に目を焼かれても、底辺に蹲った現実は変わらないのに。
はじめての恋に溺れて自分の罪を見失っていた。そうして彼女を大切だと、守りたいと思った心が、真っ暗な泥の底から俺の足首を乱暴に掴む。
お前も同じだろう、と。
そうして秋の深まったある日、ムギちゃんの写真が流出した。
今まで幾度も彼女に報いるチャンスが訪れたと察知して、そのたびに誤ってきたように、今度こそ最後なのだろうと思った。
俺が金森さんを傷つけた罪は消えない。
これ以上俺の罪で彼女を穢してしまう前に、離れる決断をした。
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