第19話 誠実になりたい③

 だから彼女に相応しい人間になろうと思った。


 利用するのではない。金森さんが差し出してくれた心に報いることができるように。せめて心の片隅に置いてもらえるよう、誠実な人間になりたい。


「結城くん。俺に誠実のやり方を教えてほしい」


 俺が至って真剣な声と眼差しで乞うと、結城くんは虚を突かれたように瞠目した。


「……なんでオレ?」

「俺の周りで一番誠実な人だから。あと金森さんに信頼されてるから」

「なら亮司でもいいだろ」

「絶対嫌!」反射的に反駁して、ぷいと首ごと顔を逸らす。「だってあの人、俺にいじわるしてくるじゃん」


 はっきり言って、聖山ひじりやま亮司りょうじは俺にとって愉快な存在ではない。

 金森さんと過去になにがあったか知らないけど、口を開けばマウントを取る態度が鼻につく。

 金森さんから強固な信頼を勝ち取っているのも、二人にしかわからない絆があるのも気に食わない。


「ぷっ」


 結城くんが短く吹き出して口元を覆った。必死に堪えてはいるが、喉の奥からくつくつと至極楽しげな吐息が漏れている。

 わかりやすく拗ねてみせたけど、そんな風に笑わなくたっていいじゃん。


「俺は真剣なんだけど」

「あいつも不器用なだけだよ。相模と同じで。まあでも、相模の方が生きづらそうか」


 一人で納得したみたいに呟いて、結城くんは神妙に頷いた。


「わかった。協力するよ」

「聖山くんの味方しないの」

「亮司にはもう彼女いるだろ」

「だけど、中学から二人のこと見てきたんでしょ? あの二人絶対なにかあったよ。普通の友達なんかじゃない」


 胸に積もった懸念を払拭したくて、矢継ぎ早に言い募る。


「普通、付き合いが長い方を応援するものじゃないの?」

「……確かに二人のことはずっと見てきたよ。なにがあったかも知ってるし」目を伏せた結城くんが静かに語る。「だけど、相模が金森さんを大切にしようって頑張ってるところも近くで見てきた」


 真っ直ぐに俺を見据えた眼差しは柔らかかった。それは金森さんや宇梶さんに向けられるものと同じ、慈しむような淡い温もりを宿している。


「喜ぶことをしようなんて思わなくてもいい。傷つけない、悲しませない、心を慈しむことが、誠実ってものじゃないのかな。今の相模ならきっとできるよ。大丈夫、オレが保証する。なんたって金森さんに信頼されてる男だからね」


 ぱちんとウインクを添えられた。

 顔の内側に熱が集中していくのがわかる。

 耐えられなくて、つい、茶化すような言葉が口をついた。


「さっすが結城くん、誠実の申し子。まーくんって呼んでいい? 俺のこともマサって呼んでいいから」

「いやオレは相模でいいや」

「やだまーくんたらそういうドライなところも好き」

「金森さんより?」

「……」

「冗談だよ」


 如才なく微笑まれて、声が喉に詰まる。

 ……実は結城くんのことも少しだけ苦手だった。俺より何枚も上手で、いつも金森さんの周囲を飛び回る俺のことをそれとなく監視してくる。俺では御することの叶わない人物。

 けれど、ようやく今日対等に認めてもらえた気がする。


 そのとき、教室前方のドアから二人分の足音がやってくる。


「え、なに。喧嘩でもした?」


 俺と結城くんの間を漂う異様な空気に金森さんが目を眇める。


「なんでもないよ」


 軽く手を振って答えると、金森さんは「ふうん」と興味を失ったみたいに頷いた。


 宇梶さんの迎えが到着したらしい。そのまま四人揃って下校する運びとなった。

 女子二人が荷物を拾い上げるのに合わせて俺と結城くんも立ち上がる。

 ふと、傍らでしゃがんだ金森さんに問いかけた。


「荷物もったげよっか」

「いらん」


 そっけなく一蹴して、金森さんがスクールバッグを肩にかける。

 ですよね、知ってました。

 

 この人本当に他人の手を借りるの嫌いだなーと呆れる。同時に、自分が『誠実』のやり方を見誤っていたことも悟る。


 廊下に出て、スクールバッグが掛かっていない方を選んで金森さんに並ぶ。

 背後からは結城くんと宇梶さん、二人分の足音が着いてくる。彼らに聞かれないよう、俺はできるだけ静かに口を開いた。


「金森さん、俺ね、ホントは猫派なんだ」

「は? ごめんなんの話?」

「今度二人で猫カフェ行こっか」


 俺がそう言うと、金森さんが「猫……!」と一瞬にして瞳を輝かせる。

 ほのかに頬を蒸気させたあどけない表情が愛らしい。好きだな、と思った。


 ぜんぶを晒すことはできなくても、絡まった糸を一つずつ解すように、少しずつ打ち明けるくらいはできる。

 今まで隠してきたものを、些細なものから解いていこう。

 それが誠実に彼女を想うことに繋がると信じて。


 ブーッ。

 ブレザーのポケットでスマホが震えた。取り出して画面を開いてみると、LINEの通知が一件入っている。


『今日来て』


 端的で見慣れたメッセージ。

 スタンプで返信しようか迷って『わかった』と短く文字を打ち込んだ。


「猫?」金森さんがひょいと手元を覗き込んでくる。


「猫じゃないよ」


 彼女の視線を遮るように画面を閉じて、ポケットに再び捩じ込んだ。



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