第16話 最低③
相模を取り巻く状況は悪化の一途を辿っていく。
カリスマ的生徒の醜聞は、週明けには学年中を駆け巡っていた。
「相模の愛人すげえ可愛くね?」「
教室中から、フロア中から、耳を澄まさなくても相模の名が届く。
それは入学直後の光景に似ているようで、その実まったく正反対のもの。相模真成という男を賞賛し持て囃したかつてと同じ速度、同じ熱量で、今度は追い詰められていく。
ふと、誰かが今思い出したというように声を上げた。
「そういえば相模って一学期に一年の女子と揉めてなかった?」
それは、私と彼のはじまり。
「あった! 一年女子妊娠させたってやつ」「あれ結局嘘だったんでしょ?」「みたいだけど……え、実はマジだったとかってない?」「ありそー!」「前は絶対嘘だと思ったけど、今聞いちゃうとマジだと思っちゃうよねえ」
相模にまつわる悪評がこれほどまでに浸透したのには、明確な理由がある。
火のない所に煙の立った私と違い、相模には元々火種があった。それも複数。
今まで燻っていた無数の火種が、一斉に息を吹き込まれ、大きく燃え上がり始めたのだ。
……けれど、一学期の一件は無実だと既に証明されている。
元々学年の隔たりを超えて大きな影響力を持つ人物だった。
常に耳目を集め、憧憬や羨望の眼差しを注がれ、誰からも慕われる。瑕疵のない、人間離れしたような、まさにフィクションの登場人物のように潔白な美青年。
だけどそれは、あんたらが勝手に押し付けたイメージじゃない。
相模ときちんと向き合おうともせず、身勝手な願望を押し付けた。そうして期待に応えてくれなかったら一斉に非難するなんて、ふざけるな。
お前らに相模のなにがわかる。
相模がどれほど人のために心を砕けるか、誰かを思いやろうとして、不器用で失敗して、その度に自分を責めているか。
どうして誰も、きちんと彼を見ようとしないの。
「相模ー、今日お昼一緒に食べよ」
後ろの席から身を乗り出すようにして須藤さんが相模に呼びかける。
相模は一瞬首だけで振り向いて、ぼそりと覇気のない声で答えた。
「ごめん、俺行くとこあるから」
それきり二人の会話が途切れる。
須藤さんは特に気にした様子もなく「ふうん」と吐息を漏らして身を引いた。
当人たちの間ではそれで完結したというのに、一部始終を傍観していた外野が口元を寄せ合う。
「冷たくね?」「やっぱクズだわ」「調子乗ってる」
私はただ自分の席で強く拳を握りこんで怒りを抑えつけることしかできない。
違うのに。相模は違うのに。
今や完全に信用を失った私がここでなにを叫ぼうと、相模の嫌疑が晴れることはない。
私だってこの件の当事者だ。目立った動きを見せれば、むしろ相模を追い詰めるゴシップの一部となりかねない。
私が向き合うべきは無責任に妄言を撒き散らす外野ではない。はっきりと理解していた。
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