第14話 負けたくない⑥


 学年首席の才女が放った一言に、雷に打たれたような衝撃に襲われた。


 優等生特権。


 要は、普段いい子にしていれば一時のわがままくらいは許されるということ。

 あまりに強引にも思えるその理論は、一見すると納得の余地などないように思える。しかし実際にそれを目の前で実行してみせた学年首席の才女に言われると、その説得力は絶大であった。


「ごめんなさい。本当はもっと早くに助けられたのだけど、証拠が必要だと思って」


 応接室には私と鹿島かしまさんしかいない。

 血相を変えて飛び込んできた学年主任に連れられて、針谷はりや先生は校長室へと消えていった。


 やけに座り心地のいいソファーに、私たちはすっかり脱力しきって体重を預けている。


 血流とともに全身を巡っていた怒りやら混乱やらが一気に抜け落ちた。軽くなった分、ぽっかりと心に穴が空いたみたいな無力感に襲われる。

 膝の上に投げ出した手はお行儀よく揃える気力もない。だらしなく開かれたままだ。

 手の甲にミミズが這ったように赤い線がいくつも走っている。今になって鋭い痛みがじわじわと広がり始めた。


 赤と白のコントラストを無気力に見つめながら、独り言みたいにぽつりと尋ねる。


「……どうしてわかったの」

「あなたの忠犬がわたしの周りを嗅ぎ回っているから、おかしいと思ったの。生憎噂話には疎くてね。自分の体で確かめたことにしか興味がないから、なにがあったのか調べてみたのよ」


 つまり先日、階段で私にぶつけられた問いかけは、そのまんまの意味だったのだ。

 勝手に重く受け止めて、おかしな妄想に取り憑かれて、心の奥底で彼女を恨みかけた。

 あまりの愚かさに喉の奥から乾いた笑いが込み上げる。


「窓から落とすなんて……スマホ壊れたらどうするつもりだったの」

「そうね。進路指導室が二階で助かったわ」


 そういう問題じゃないと思うけど。


 鹿島さんは独自の調査を進める中で、おそらく私と同じ思考を辿り、一連の事件が針谷先生の犯行であることに辿り着いた。

 そして今日、私が進路指導室へ向かうのを見て、慌てて先生を配備してくれたらしい──優等生特権を使って。


 控えめなノックの直後、応接室のドアが開かれる。疲労の色濃く滲んだ顔で学年主任が首を巡らせた。


「金森だけ残ってくれ」

「……はい」


 学年主任は私を視界に捉えると、ぐっといかつい顔つきを歪めた。体の横で両の拳をきつく握りこんで、唇を噛み締めながら頭を下げる。


「……すまない、金森」

「……いえ」


 ゆるやかに首を振る。

 もうなにかを言い返す気力も残っていなかった。


 ソファーから腰を持ち上げた鹿島さんが学年主任と入れ替わりでドアの前に立つ。そのまま出ていくかと思いきや半身で振り返って私を視界に収める。

 そうしてやはり感情の読めない凪いだ声で、淡々と言い渡した。


「それじゃあ金森さん。また今度」



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