第13話 真実の在り処④
相模と結城くんには放課後になって状況を説明した。
今日は天文部の活動は休みの日だ。結城くんに鍵を借りてきてもらって天文部の部室に集まっている。
ここなら信頼できる人だけに打ち明けることができる。
まずは発端となった昨日の校内放送から、時系列に沿って私の経験したすべてをなぞっていく。
なるべく感情を押し殺し冷静に努めたつもりだった。だけど私が言葉を募らせるごとに、男子二人の顔つきは険しいものとなっていく。たぶん失敗しているんだろうな、と他人事みたいに思った。
そうやって気持ちを遠くに投げておかないと、とてもじゃないけど平静じゃいられないから。
「……それ、去年のひなちゃんと同じってこと?」
一通りの説明を終えて、結城くんが重々しく声を落とす。
私とひなは互いの顔を見合わせて同時に首肯した。
「つまり、誰かが悪意をもって二人を陥れた。去年はひなちゃん、今年は……金森さん」
「私はそういうことだと思ってる。ちょうど一年前に同じことが起こってるっていうのが引っ掛かってね」
「しかもひなと深琴ちゃん。かなり狭い範囲で。偶然だとは思えないの」
「……そうだね」
ひなの言葉に、結城くんも静かに頷く。
やけに重い沈黙が落ちて、やがてひなが深く項垂れたままぽつりと呟いた。
「……ごめんなさい。ひなのせいだと思う」
「どうして」
「だって、去年のがひなを狙った悪戯なら、誰かがひなに恨みを持ってるってことでしょ? ひなが深琴ちゃんと仲良くなったせいで、深琴ちゃんが巻き込まれたんだと思う」
「違うわひな」
「違うよひなちゃん」
私と結城くんが同時に否定して、私たちは顔を見合わせた。
ひなの言葉を断じる明確な根拠はない。けれど、私の身にどんな火の粉が降りかかったとしても、それはひなの責任ではない。ひなの責任なんかには絶対にさせない。
しかし一方で、ひなに恨みを持つ人物が存在するというのもまた、おそらく事実なのだ。
去年のひなはその可憐な見目故に、惚れた腫れたといった類のいざこざも多かった。恋愛沙汰とは縁遠い生き方をしていた私とは違い、そうした事情でひなに恨みを抱く生徒がいたとしても、なんら違和感はない。
……けれどその特定までは難しいだろう。
「その、金森さんの机からカンニングペーパーを見つけたっていうのは誰かわかってるの?」
結城くんの問いかけにはゆるやかに首を横に振って答えた。
テスト最終日ともなれば、部活動のために校舎に居残る生徒も多い。試験時間中は不正行為防止のため机の中身を空にするが、全日程が終了すれば元に戻せる。おそらくロッカーに詰めていたものを机に戻そうとした誰かが、ちょうど私の机からそれが覗いていたのを発見したのだろう。
机の位置関係を考えれば『女子生徒二名』に該当する生徒はおおよその当たりがつく。しかし、いずれも憶測に過ぎない。
「確実な証拠もないのに誰かを疑いたくないの」
自分でも甘い言い分であることは理解している。
けれど、ここで無暗矢鱈に犯人捜しという大義名分の下、誰かを疑うような真似をするのは、相手を今私が置かれている状況に追い込むのと同義だ。
そんな不義は許せない。
「……そうだね」
私のこの厄介な性を理解してくれている結城くんは静かに頷いてくれる。けれど、様子の違う男が一人だけいた。
「……宇梶さん。去年の成績って覚えてる?」
まんじりともせずに口元を覆っていた相模が、そこでようやく口を開く。
私が説明している最中も、相模は恐ろしいほどの無言を貫いていた。
今もじっと机上の一点に視線を落としたまま、感情の読めない瞳が長い前髪の隙間から覗いている。
「成績っていうか、テストの順位。事件が起きる前の」
「えっと、毎回少しずつ変動はあったけど……でも、大体一桁前半とか」
「マジ?」
「マジよ」
目を瞠った相模に、ひなの代わりに首肯を返す。
ひなは元々学年でもトップの成績だった。
それが現在の成績まで落ちてしまったのは、言わずもがなちょうど一年前に、今と同じ状況が彼女を襲ったせいだ。
「成績がどうかした?」
「……いや。こんな真似して、誰が得するんだろうって考えてたんだ」
つまり、誰が犯行可能かという手段から探ろうとしている私たちに対し、相模は動機面から探ろうとしているのだ。
動機のある人物。有り体に言ってしまえば、私とひなに恨みを持つ、誰か。
「嫌がらせするなら他にいくらでも方法はあるでしょ。こんな回りくどいやり方する理由は、犯人にとってテストの結果が重要な意味を持つからなんじゃないかな」
「……つまり、誰かが私たちの成績を下げようとして仕掛けたってこと?」
恐る恐る問えば、相模は首肯を返す。
私は誰かが私を陥れるために不正行為の偽装という手法を用いたのだと推測していた。けれど、相模は目的と手段は一体だと説く。
不正行為により私の点数が無効になる。それこそが手段であり、究極の目的。
そんなバカな。それこそ、そんな真似をして一体誰が得をするというのだ。
「一人だけ心当たりがいるんだ」
「……誰」
ひなが控えめに尋ねる。相模が逡巡するような間を置くと、部室にはわずかな時間だけ静寂が満ちる。
相模の瞳が伏し目がちに私を映した。そうして覚悟を決めたように短く息を吸い込み、その名を鮮やかに紡ぎ出す。
「
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